6

 コーヒーショップはいつも変わらない。

 それなりに客が入って、賑わっている。

 本日も、やはり例外ではなかった。


 ノートパソコンやテキストを広げ作業している人。

 本を開いている人、友達や恋人で会話を楽しんでいる人。

 みんな、思い思いの時間を過ごしている。


 それは自分の向かい側にいる男も同じだろう――目一杯楽しんでいる、と祈は思った。


 テーブルにのせられた甘い物の数々。

 そして、デンッと主張してくる――コーヒーっぽい色をしている、なにか。

 既視感を覚える光景だ。


「……甘い物、好きなんすか?」

「ああ。意外に思うかも知れないが、大好物だ」

「いや、全然意外じゃないっす」


 前回といい今回といい、獏間が頼んだのはスイーツ系ばかりだ。これで「実は、甘い物全般は苦手なんだ」とか言われた方が困る。


「それにしても……ここまで歩いてきたのに、冷たいもの飲んで寒くないんですか?」

「特に感じないな」


 祈はホットのラテだったが、獏間はシャリシャリ冷たいフラペチーノを頼んでいた。なんとかかんとかと長い呪文が続いたので、正確な品名までは覚えていないが、上着が手放せなくなってきた、この時分にだ。


 外歩きの後でコレは……と心配したが、獏間は寒がる様子もなくズゴーッとストローで中身を吸っている。


 どんどん消えていく、コーヒーと氷となんとかシロップとホイップ、その他諸々が合わさった中身。


(さ、寒い……!)


 見ている方が冷えてくる。


「あの……獏間さん」

「どうした? あぁ、テーブルの上の物なら、君の分もある。遠慮せず、食べるといい」

「は? あ、どうも……」


 流されかけて、祈は「違う」と首を横に振る。


「なんか、今さらなんですけど、さっきは聞きそびれて……」

「ん?」

「えぇと、なんつーか……獏間さん、見える系の人、ですか?」


 その質問に、獏間は、今まさにかぶりつこうとしていたチョコレートドーナツを手にしたまま、止まった。


(あ、マズい。やっちまった)


 ――前回も、今回も、獏間の指摘はピンポイント過ぎた。


 だからこそ、初対面の時から頭をかすめていた疑問を、今改めてぶつけてみたのだが、祈は獏間が固まったことで、しまったと焦った。


 この状況で触れてしまった話題は、あきらかに選択ミスだと青くなる。


(だよな、そうだよな! こんなところで聞いたりしたら、困るよな! これってデリケートな話題だろ? 普通に嫌だし! 俺だって無理だ!)


 自分だって、根掘り葉掘り聞かれるのは、勘弁願いたい。

 仮に自分が聞かれたら……怒って席を立つだろう。


 面白がってのからかい目的であっても、そうでなくても――人の秘密を盗み見ている気がして、あまりいい気がしないから、積極的に明かしたいことではない。


 それなのに、先走って状況も考えずに聞いてしまった自分を、祈は恥じた。


「あ、すんません。あの、答えたくないとかなら、全然――」

「……きみって……」

「ですよね、無神経っすよね。本当、申し訳ない――」


 続く言葉は、きっとなんともいえない苦い気持ちの吐露だろう。

 そう思って、祈はバッと頭を下げた。


「面白いなぁ」

「マジで反省します、俺だってそんなん聞かれたら嫌だし――? え……面白い?」


 こちらは無理に聞くつもりはないとのアピールで、必死に言葉を並べていた祈は、妙な単語を聞いた気がして下げていた頭を持ち上げる。


「なんだろうなぁ~。このタイミングでそれ聞くか、みたいな? 外しまくっているところが、面白い」

「は、外す? え、なんっすか、空気読めてない、みたいな?」

「読めないというか、空回りしているんじゃないかなぁ? 面白いから、そんなに謝らなくてもいいよ。だいたい、僕は聞かれて困ることではないんだ。そもそも、事務所で聞いてくると思っていたのに、きみはあの時、物の見事にスルーしたから、てっきり分かったものだと納得していた」


 獏間は気を悪くした素振りすら見せない。

 朗らかに笑って、ドーナツにかぶりついている。

 それから、もぐもぐと咀嚼して飲み込んで、ポカンとしている祈を見て、目を眇めた。


「大まかに括れば、似たようなものだろうけれど、厳密に区分すれば、僕ときみは非なるものになるね」

「それは……見えるモノに違いがあるってことですか?」

「今は、そういう風に解釈してくれればいい――この先の話は、きみの叔母さんを見つけた後にでも、機会があれば話そう」

「あ~……分かりました」


 そんな機会があるのかは、祈には分からない。

 これっきりになる可能性もある。

 それくらい、獏間も分かっているだろう。


 ――仕事上の付き合いで終わる相手には、明かしたくない。


 そういうことだろうと、祈は解釈した。


(それもそうだよな。だって……すげー個人的なことだし)


 祈があっさり引き下がったことに、獏間はまた笑い出す。


「いや本当、意外な反応ばかりするな。面白い」


 ――作り物めいた雰囲気は消え失せて、笑い上戸な男がそこにいた。


(この人って、実は笑いのツボが浅いのか?)


 正直、祈には今のどこに笑い所があったのかも不明なのだが……。

 常に微笑を浮かべている姿より、こういう雰囲気の獏間なら、付き合いやすいと思ったのだった。

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