7

「――それじゃあ、行こうか」


 冷たいドリンクを飲み終え、甘ったるい菓子をペロリと平らげた後、獏間はそう言って席を立った。

 失踪現場に行こうというのだ。


 連れだって外に出たものの、快適な温度が保たれている店内との違いに、祈は小さく悲鳴をもらす。


「うぅ、寒っ」


 秋も深まり、空気もだいぶ冷たくなってきた町。

 時折びゅーっと吹く風に、祈が身をすくめる中、獏間は平然と先を歩く。


 珠緒の最後の行動――つまり、祈のアパートにカレーを作りに来た日のことを聞かれるがままに獏間に話しながら歩いていると、目的地に到着する。


 祈のアパートに近い一般道路だった。


「ここが、きみの叔母さんが通った道か」

「たぶん、ですけど」


 珠緒の行動記録を洗い出した結果、ここを通っただろうという祈の予想だった。


「俺のアパートから家に帰るってなったら、一番近いのはこの道っすから」


 なんの変哲もない通りだ。

 電柱に、民家。街灯だってある。


 もう少し歩けば車道に面した大きな通りに出るが、そこだって歩行者通路も確保されているし、この道よりも街灯の数も多い。

 なんなら24時間営業しているコンビニだってあるから、人通りが少なくて怖いということもない。


「ふ~む」


 獏間は目を細め、考え込むように先……車が行き交う大通りに目を向けた。


「……きみの叔母さんは、この道は通ってないな」

「――は? いや、でも一番近いし……」

「一番家に近くて、人の目が多い。夕方とはいえ、日が落ちるのも早くなったからな、普通の人間なら、人通りのある道を選ぶだろう。――無意識に、安心感を求めてな」


 だけど、と獏間は言葉を句切った。


「真逆の人間だったら?」

「真逆? え、人目を避けたいとかっすか? ……いや、叔母に限って言えばそういうのは……」

「本当に?」


 言いながら、獏間は距離を詰めてきた。

 ぐっと顔が近づいてきて、祈は思わず後ずさる。


「近い! 無意味に近い! なんなんっすか!」

「うん。適度な距離感というものは大事だね。話しにくいし、見えにくい」

「分かってんなら、やめて下さい」

「ははは、これは実演だよ。どうやら、理解してないみたいだったから」


 やれやれという風な獏間の言葉に、祈は動きを止めた。

 まるでお前のためだ、みたいな言い方をされたが、意図が読めない。


「おや、通じていなかったかな? ――近いと、話しにくいし見えにくい。そうだろう? だって、視界がぶれる」


 たしかに、あまりに対象と距離が近いとピントが合わないというのはあるだろう。

 だが、それがどうしたと祈が首を傾げると、獏間はニヤリと笑った。


「きみは今、叔母に限ってと言った。だけど、それは近しい者の意見だ」

「……それは……」

「近すぎると見えない――近しい相手だからこそ、見えないモノもあるんだよ、スズ君」

「いや、でも、叔母は裏表のない人っす。だって、叔母の顔には一度も――」


 悪意ある文字が浮かんだことがない。

 言いかけて、祈ははたと口をつぐんだ。

 獏間は、話の途中にも関わらず、あらぬ方向をじっと見ていた。

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