2
――祖父が押しかけて、近所迷惑も考えず怒鳴り散らした後。
駆け付けた警官に引き離され、双方別々に話を聞かれた祈と祖父だが、なぜかそのまま警察署に連れて行かれた。
さすがに寝起きの格好はまずいし、十月も半ばの今は肌寒い。
着替える時間だけはもらえたものの、祖父が往来で警察を怒鳴る声が聞こえて、気が気ではなかった祈は、慌てて上着を掴むと外に出た。
そして警察署に来たわけだが、祖父とは別々の部屋に通される。
(結局、珠ちゃんになにかあったのか? どうなんだ?)
身内同士の言い争いなら、民事不介入を理由に警察は口を出さないはずだ。
ご近所迷惑ですよ的な、釘はさされそうだが。
(こんな……わざわざ、警察署まで連れてくるって……)
祈がひとり、部屋の中で考え込んでいると、ドアが開いた。
ダークグレーのくたびれたスーツを着た強面の男が、中に入ってくる。
刑事だろうか、と祈は男を目で追う。
「おう、またせたな坊主」
「は……いや、別に……それより、俺はなんでここに?」
「まぁ、座れや」
ぞんざいな口調に促され、祈は椅子から浮かせた腰を再び落ち着けた。
「あの……刑事さん?」
「実はなぁ……お前のじーさんから、娘が行方不明だと言われてな」
「珠ちゃんが!? ……ぁ、いえ、叔母が、ですか?」
初対面の相手の前だからと、祈は慌てて口調を改めた。
「素直な反応だなぁ、坊主」
クツクツと笑って、刑事はたばこを取り出した……が、途中で〝失敗した〟という小さな文字が額に浮かび、バツが悪そうに箱に戻す。
「……そういや、禁煙だったな」
三十代だろう若白髪が混じった黒い髪を後ろに撫でつけた刑事は、たばこの箱にかわり、ある物を机の上にのせた。
「ほれ。現場に行ったやつから、お前の落とし物だって預かってる」
それは、掌におさまるサイズの長方形の紙……名刺だった。
「……あ」
もしやと思った祈は、自分の上着のポケットに手を突っ込む。
(ない……)
獏間からもらって、そのままにしておいた名刺がない。
慌てていたから家を出る時か、パトカーに乗ったときにか、落としたのだろう。
「どうも、ありがとうございます」
「おう。――ところで」
祈が手を伸ばすと、刑事はひょいっと名刺を遠ざけた。
「坊主、お前さん、コイツの知り合いか?」
指で挟んだ名刺をヒラヒラさせて問われ、祈は首を傾げた。
「コイツって……獏間さんのことっすか?」
「ああ。そうだ。この、けったいな探偵もどきと知り合いなのか?」
「この間、助けてもらいました」
スーパーでは相手を煽りに煽ってくれたが、あれは一応仲裁に入ってくれたはずと思い答えると、刑事はにわかに目をすがめ舌打ちした。
「あ~、なるほどなぁ。じゃあ、今回はアタリなわけか」
言葉と同様、顔にも同じく〝アタリ案件〟との文字が浮かぶ。
「アタリ?」
「ついてこい、坊主。迎えが来てるぞ」
意味が分からない祈をよそに、刑事はさっさと部屋を出た。
後を追った祈も部屋を出ると、そこにいたのは。
「やぁ、勤労青年!」
「なんで!?」
二度と会う機会はないと思っていた獏間 綴喜が、変わらぬ笑顔で立っており、祈に気付くと片手をあげて挨拶してきた。
驚いて刑事を見ると、なにが悪いんだとばかりに鼻を鳴らしている。
「お前ら知り合いなんだろ? あのじーさんは興奮してて面倒そうだから、コイツに連絡しただけだ」
ダークグレーのスーツを着た刑事は、かったるそうに頭をかいて言うが、そもそも到着が早すぎる。
どう考えても、自分の話を聞く前に連絡をしていただろうと思って祈が睨めば、相手は屁でもないとばかりに笑った。
「名刺持ってたっていうのは、アタリの知り合いってことだろう。この野郎は、名刺を渡す相手もえり好みしやがるからな」
「おいおい笹ヶ峰刑事、人聞きが悪いことをいわないでくれ。僕は、必要だろうと思う人に渡しているだけだよ」
「けっ。ともかく、獏間の知り合いなら、その手の話は獏間に相談しろ。じーさんも落ち着いたら帰してやるから、後で言っとけ」
なげやりに言われて、祈は「はぁ?」と不審な声を上げた。
「全然、話が見えないんっすけど?」
「あぁ? だって、お前……家族が行方不明なんだろ?」
「それは……! でも、警察だって対応してくれてもよくないっすか? いきなりいなくなるとか、事件性だって……」
祈が言い募ると、男……笹ヶ峰と呼ばれた刑事は、初めて真っ正面から祈を見て、意外そうに瞬きをする。
それから、途端に険しい顔をして獏間を見た。
「……おい、どういうことだ獏間。お前ら、知り合いなんだろう?」
「ああ、そうだよ」
「……坊主、お前は、この野郎に助けられたんだろう?」
「え、それは、もちろん。バイト中、ちょっとしたトラブルの仲裁に入ってもらいました」
祈は警察の適当な対応に怒りつつも、正直に答えた。
「はぁ!?」
しかし、その回答は予想外だったのか、笹ヶ峰は鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべ仰け反る。
(な、なんだ?)
ぐしゃぐしゃと自分の頭を掻きはじめる笹ヶ峰。どこをどう見ても苛々している。
「~~お前ら、ふたりとも、ちょっと来い!」
かと思ったら突然顔を上げた。
そして強引に祈と獏間の腕を掴むと、連行でもするかのように大股で歩き出し、元いた部屋に戻ったのだった。
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