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「やぁ、どうもどうも。さっきから見学させてもらっていたけど。……そっちのお客さん? あなた、少しやりすぎだよね」
男の異様さに距離をとった見物客たちの中から、ひょいっと抜けて出てきたのは、スーツを着た青年だった。
祈は、自分より少し年上だろう青年の、あまりにも堂々とした様子に呆気にとられる。
――黒髪にスーツ姿の青年は、一種の異様さに包まれていた店内で、やけに落ち着いていた。
きちんとした身なりだが、この状況で平然としていられるのだ。会社勤めのサラリーマンには見えない。そのうえ、生活感すらも感じない。
どこか作り物めいた雰囲気すらあるのに、片手に持った店のロゴマーク入り買い物カゴがミスマッチだった。
「なんだよ、お前は!」
男が、威嚇するように叫ぶ。
それに頓着せず、スーツ青年は近づいてきた。
「一部始終を見ていた、ただの見学者。だけど、黙ってられなくなって出しゃばったから……今は、参加者かな?」
「はぁ? 関係ない奴が、しゃしゃって来るなよ!」
「まぁまぁ、そう邪険にするなよ。たしかに、僕はまったく関係ないけど……正直者が馬鹿を見る瞬間を、それこそ馬鹿みたいに見物してるのは違うなと思って――だって、盗ったでしょ」
スーツ青年の一言に、男の表情がぐにゃりと歪んだ。
「っはぁ~? いきなり割り込んできて、また人を泥棒扱い? お前、ちゃんと話の流れ見てた?」
「もちろん」
「だったら、こっちが理不尽な濡れ衣着せられた被害者だって分かるだろ!」
「理不尽でも濡れ衣でも、ましてや被害者でもないよね? だって君、盗ったし。加害者じゃないか。ははは」
「笑ってんじゃねぇよ!」
「おいおい、暴力はいけないよ?」
胸ぐらを掴まれたのに、余裕のある態度でその手を外すスーツの彼――どこか、のらりくらりとした様子は、ともすれば相手を煽っているようにも見える。
凄む程度では怯まないと思ったのか、男はスーツ青年が手にしていた買い物カゴを乱暴に蹴り飛ばした。
大きな音をたてて転がるカゴに、ビクッと身を竦ませた客が何人かいたが、スーツの彼はどこ吹く風。
薄く笑みを浮かべたまま、激昂する男の行動を観察している。
(いや、もう、これヤバいだろう)
客対客など、一大事だ。
祈は、これ以上はダメだと判断し、救世主なんだか場を悪化させているんだか分からないスーツ青年を見上げポカンとしていた店長に耳打ちする。
「店長、警察を呼んで下さい」
「い、いやでも、錫蒔くん、お客様なのに」
「他のお客さんを怖がらせてる、あれのどこが客ですか……!」
「被害者様を無視して、コソコソ話してるんじゃねぇ!」
男の矛先が再び祈の方を向く。
「人を悪者扱いして……、あ、あ~分かった。お前らグルなんだ! 善良なお客を捕まえて、そういうことしちゃうのか? あ~、あ~、分かっちゃったなぁ、傷ついちゃったなぁ~!」
「……なに言ってんだ。パン盗ったくせに」
「名誉毀損だぞ、バカバイト!」
――掴みかかろうとする男に。
「なるほど。証拠があればいいんだね。そんなに証拠が欲しいのなら、僕から言ってやろうか?」
場違いなほど落ち着いた、スーツ青年の声がかかる。
激昂し異様な雰囲気を出していた男の動きを止めるほどに、スーツの彼が発した声には、抗いがたい何かがあった。
ぎくしゃくと、神経質そうな男が振り返る。
祈も、店長も、周りの客も、皆が彼に注目する中。
「ジャケットの下」
スーツ客は、微笑を浮かべて男を――正確には、男の左胸を指さした。
「シャツの胸ポケット」
その時、祈は指摘された男の顔に浮かんだ文字が、恐れをなしたかのようにブルブルと震えるのを見た。
「ちょっと、失礼します」
「な、なんだよ、触るな!」
祈が動けば、男はハッと我に返り乱暴に腕を振る。
すると、追撃のようにスーツ客が淡々と続けた。
「ああ、ちなみに入っているのは、パンの空袋だ。だって、店内のトイレに持ち込んで、パンは食べちゃったからね」
「~~っ! なんだよお前、ずっと見てたのか! 気持ち悪い、ストーカーかよ!」
「よしてくれ。なにが悲しくて、つまらない人間をず~~っと見ていなくてはいけないのさ。……強いて言うなら、これはただの、勘だよ。やたら、そのあたりを庇っていたからね」
退屈そうに呟いて「でも……」とスーツ客は続ける。
「当たったね。君、今、自分で認めたじゃないか。ずっと見てたのかって」
指摘され、神経質そうだった男はブルブルと身震いをはじめる。
そして。
「馬鹿にするなぁぁ~~~~っ!!」
絶叫すると、スーツ客に殴りかかろうとした。
「危ない!」
祈が一歩早く間に入る。
そこで、腕を掴んで止められた――のならよかったが、祈はそのまま一撃食らって倒れた。
だから、この後のことは知らない。
祈がロッカールームの長椅子で目をさますと、全てが終わっていた。
あの神経質そうなパン泥棒は、結局スーツ客に取り押さえられた後、別人のように大人しくなり、そのまま警察に引き渡されたと聞いた。
それから、祈は店長に呼ばれて――。
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