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『錫蒔くん、困るんだよ。きみがいると、騒動ばかり起こる。他のお客様の目もあるし、悪いけどさ……』


 店長は申し訳なさそうな表情と声を作り、言った。


 目を覚ました祈が、痛む頬もそのままに店長の所へいくと、表面上は申し訳なさそうに、けれども顔には別の文字を浮かべ言われたのだ。


 祈が出る日は、アタリが多すぎると。


 祈がシフトに入っている時に限って、こういった問題が起きる。

 いつぞやは、釣り銭泥棒で同じ時期に入ったバイトが警察の世話になり、その前は金があるのに万引きした老人、初犯を騙った常習の学生など……祈が採用になってから、祈がいるときに限り、問題が多発する。


 それを、お客さんや従業員が「彼がなにか工作しているのでは?」と噂しているというのだ。


 ただの、バカバカしい噂話だ。祈はそう言ったのだが。


『うちは、長く勤めてくれてるパートさんや、地域のお客様に支えられてやっていけてるんだよ。だから、ね、分かるだろう? 正直、変な噂が立つのは、さぁ? ほら、お互いに、嫌だろう?』


 店長の顔には、大きく〝うざったいガキ〟と書いてあった。

 

 ああ、なるほど。

 ソレが本音かと、祈は思った。


 万引きに困っていた店長だが、万引き犯を捕まえて騒ぎを起こされる方が嫌だったようだ。そう察した祈は、もうなにも言うことはなかった。気力が無かった。


『そうですか……分かりました。どうも、お世話になりました』


 望む一言を引き出せた店長は、目一杯申し訳なさそうな表情を作りながらも〝あ~勘違い正義感クンが消えてくれる〟と顔に書いていた。


 嫌われすぎだろうと苦笑いしたくなった祈だが――どこへ行ってもこういうことの繰り返しだったので、もう乾いた笑いも出そうになかった。


◆◆◆


 本当に、この世は生き辛い。

 見えなくてもいいものが、多すぎる。


(今度こそ、大人しく過ごそうと思ってたのに、俺って馬鹿じゃん……)


 クビ確定の状態で、祈はトボトボとスーパーを出る。

 新しいバイトを探さなければと思いながら数歩ほど行ったところで、ふと人影に気付いて足を止めた。


「やっ、勤労青年」


 祈の行く手を遮るように立っていたのは、先ほど仲裁に入ってくれたスーツ客だった。


「君に話があるから、ちょうど店に行くところだったんだ。今帰り? 行き違いにならなくてよかったよ」


 朗らかに笑う相手に対し、祈はぎこちない愛想笑いで答える。


「えっと、俺に話ですか? さっきのパンの件だったら、店長に……」

「ああ、そっちはどうでもいい」


 笑顔がすっと消えて、欠片も興味がなさそうに言い放つ相手に、祈は戸惑いを覚える。


(なんだろう、この人、妙にやりにくい……つーか、パン泥棒の件じゃなかったら、一体なんの用だ?)


 訝しむ祈だが、相手はお構いなしで、ぐいぐいと距離をつめてきた。


「言っただろう、僕は君に用事があるんだ。仕事が終わったのなら、少し時間をとれないかい?」


 その言葉に、祈は皮肉っぽい気持ちになる。


「仕事終わりって言うか、クビですけどね」

「……はぁ」


 相手がポカンと口を開けた。


(あー……しまった。これは八つ当たりだ)


 ましてや、相手は窮地に追い込まれた自分を助けてくれた人だ。

 こんな失礼な態度はないだろう。


「すみません、完全な八つ当たりでした」


 すぐさま、祈は頭を下げたのだが――相手の反応は、怒るでも受け流すでもなく……。


「それは好都合!」


 なぜか、大喜びだった。


「は? いてっ! ちょ、なんっすか!?」


 全開の笑顔で、バシバシと祈の背中を叩いてくる。


「いやぁ~めでたい! 実に好都合だよ、勤労青年! この正直者め!」

「人がクビになったのに、なにがめでたいんっすか! こっちは次のバイト探さなきゃいけなくてウンザリしてんのに……!」

「ウチで働きなよ」

「――は?」


 なんなんだ、この人――祈は、若干苛立った。

 背中を叩く無遠慮な手から逃れつつも、今しがた自分の耳が拾った言葉が信じられず、剣呑な声を上げる。


「……胡散臭い勧誘とか、お断りなんっすけど」


 それでも、相手は気を悪くした様子もなくニコニコと人好きのする笑顔を浮かべている。


「申し遅れました。僕、こういう者です」


 そして、差し出された名刺には――。


「え……えーと……探偵? 探偵さんっすか?」


 なんて読むのだろう。


 答えに窮する字面のなかで、かろうじて拾ったのが探偵事務所という文字。

 祈が思わず口に出すと、スーツ客、改め胡散臭い探偵は、ますます楽しげに笑みを深めて頷いた。


「そう。変わり種専門のね――どうだい? 君向きじゃないかい?」


 それは一体、どういう意味だ。

 そんな風に言い返すことも忘れて、祈は初めて見る業種の人間を見つめた。


 だいたいの人は、祈がじっと見るとにらまれていると思うのか、不快感をあらわにする。

 しかし、スーツ青年はなにひとつ表情が変わらない。


(……なんだ、この人)


 微動だにせず微笑んでいる相手が、祈には宇宙人かなにかのように思えた。

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