第十話(前編)
翌日
美蘭はいつも通り瑞香と登校し、変わらぬ様子で学校生活を送る。学校は誘拐事件の被害が多くなったため早めに終わった。一斉に全校生徒が帰宅する。
「午前中で授業が終わるなんてラッキー!」
「なんのための短縮授業だと思ってるの」
「家で大人しくしないと」
「わかってるよ」
美蘭も瑞香と明乃と共に校舎を出る。校舎の外は騒がしくなっていた。
「誰?あの子」「小学生?」「結構可愛くない?」
生徒が注目していたのはケンヤだった。校門の外に立っていてじっと美蘭を待っている。
「誰かの妹?」「さあ……」
瑞香と明乃も気になっていた。背の低い可愛らしい見た目は誰かの妹と勘違いするだろう。だが彼は男だ。美蘭に気づいたケンヤが手を振る。
「手振ってるよ?」「誰に?」
美蘭が手を振り返す。
「えっ!?美蘭!?」
ケンヤの近くに歩み寄った。
「美蘭さん。お疲れ様です」
「お迎えありがとうございます」
「美蘭に妹っていたっけ?」
「親戚の子。今遊びに来てるの」
「でも今敬語使ってたよね?」
「えっ!?……まぁ……あはは……」
なんとか笑って誤魔化す。
「初めまして」
「初めまして。美蘭さんのお友達ですか?」
「そうだよ。お迎えなんて偉いね」
明乃がケンヤの頭を撫でる。完全に幼い少女と勘違いしているようだ。頭を撫でられてケンヤは照れている。
「でも最近誘拐事件が多いから気をつけてね」
「はい。気をつけます」
「親戚の子と帰るなら私たちは別で帰るね」
「また明日。二人も気をつけてね」
「うん」
瑞香と明乃は先に帰った。
「行きましょうか」
「はい」
・・・・・。
美蘭はケンヤとともに下校する。
「ケンヤさん、短縮授業だったのにどうして下校時間がわかったんですか?」
「一度道を確認するためにがっこうに行ったらたまたま人が出てきていたので、待っていたら美蘭さんがきたんです。ただの偶然ですよ」
ケンヤが笑顔を見せる。ちょっとした奇跡が嬉しかったのだろう。
「ところで、美蘭さんのお友達ってどんな人なんですか?」
「瑞香は頭がよくて、よく勉強を教えてくれるんです。明乃はいつも元気で、その明るさでよく励ましてくれるんです」
「素敵なお友達なんですね」
「はい。でも……」
声の調子を落として呟く。
「今はケンヤさんたちといる方が楽しいです」
「え……?」
「確かに瑞香と明乃のいる学校生活も楽しいです。でも、今はそれよりもケンヤさんやキザミさん、マザンさんといる方が楽しく感じます」
「………」
「延期が決まった時正直嬉しかったです。まだ一緒にいられるんだって」
話の流れから美蘭は自分の想いを打ち明けた。
「私も美蘭さんといた時間はとても楽しかったですよ。男だけだったので、美蘭さんがいるだけでぐっと賑やかになりましたよ」
(ケンヤさん……)
「でも私と美蘭さんは別の世界の人。マザンも言っていましたが、自分たちの世界で暮らすのが普通なんですよ」
「………」
美蘭が足を止める。数歩先でケンヤが振り返る。
「美蘭さん?」
「ケンヤさん、私も……」
「そこを動くな」
正面から一人の男がやってきた。それを見たケンヤは背中で美蘭を庇う。
「昨日は仲間が世話になったな。仕返しにきたぜ」
「懲りない人ですね」
男は腰に携えた鞘から剣を引き抜いた。
「!?」
映画などのフィクション作品でしか見たことのないその存在を見て美蘭は恐怖で体が固まる。
「ケンヤさん……!」
「大丈夫ですよ」
美蘭には安心させるために笑みを見せて、男には厳しく睨む。
ケンヤが右手を開く。するとどこからともなく小ぶりの拳銃が出現した。現れた拳銃を両手で握り構える。
(嘘……)
目の前はまるでなにかの撮影現場のようだった。恐怖と困惑で美蘭はパニック寸前の状態だ。
「女が俺に勝てると思ってんのか?」
「それは、やってみないとわかりませんよ」
目の前の男を両目で睨む。しかし次の瞬間、ケンヤは目を見張り全身が震えていた。
「どうした?降参するなら見逃してやるぞ」
「よく言いますよ……二人で私を倒そうと思ってるでしょう……?」
(えっ!?)
「随分勘がいいな」
なんともう一人の男が後ろから現れた。美蘭とケンヤは二人に挟まれてしまった。
「ケンヤさん!」
「………」
ケンヤは緊張で汗を流し呼吸も荒くなっていた。
「二対一で勝てると思っているのか?」
「大人しく捕まった方が身のためだぞ」
二人の男は少しずつ距離を詰めてくる。もう逃げ場はなかった。
(どうしよう……ケンヤさん……)
美蘭はどうすることもできない。全てケンヤに任せるしかなかった。
「美蘭さん、逃げますよ」
男たちに聞こえないよう声を調節して話しかける。
「正面の誘拐犯に二発撃ちます。怯んだ隙に全力で走って逃げてください。美蘭さんの背中は私が守りますから先に走ってください」
「本当に……その銃を使うんですか……?」
「はい」
「………」
ケンヤの言葉に迷いはなかった。
「わかりました」
すでに恐怖でいっぱいだったが、覚悟を決めて賛同した。
ケンヤが目を閉じて大きく深呼吸をする。そして、ケンヤは正面の男に発砲した。銃声音が響きその音で美蘭は目をつぶってしまう。
「ぐっ……!」
男の脚に命中したのか男が跪く。続けて剣を持っている男の腕を狙って銃を放つ。こちらも命中し男は剣を手放す。
「逃げて!」
美蘭は勢いよく走り始めた。美蘭の後をケンヤが追う。男の横を通り抜ける。男は手足を撃たれたためなにもしてこなかった。
「逃がすな!」
なにもされていない男が二人を追いかけようとする。
「!」
追いかける男の目の前に、どこからともなくいきなりキザミが現れた。
「行かせないよ」
「どっから出てきやがった……」
「相手は一人だ。すぐ潰して追いかけるぞ」
男が剣を構える。キザミの両手にも刃の短い剣が握られていた。
・・・・・。
「はぁ……はぁ……」
美蘭とケンヤは家の近くまで走ってきた。
「危ないところでした……大丈夫ですか?」
「はい……」
全力で走ったため二人とも息を切らしていた。
「もう大丈夫です。追いかけて来ませんよ」
美蘭が気になって振り返る。男二人の姿は確かに見えなかった。
「良かった……」
緊張の糸が切れ美蘭はその場にへたりこんだ。
「怖かった……」
美蘭はもう泣き出しそうだった。
「怖い思いをさせてすみません」
「いえ……助けてくれてありがとうございました…ケンヤさんがいなかったら……」
「気にしないでください」
ケンヤが美蘭に手を差し伸べる。美蘭は手を取り立ち上がる。
「家に入りましょう。家の中なら安心です」
「はい」
二人は家に向かう。
「ケンヤさん」
美蘭がケンヤに気になったことを尋ねる。
「なんですか?」
「その銃……」
ケンヤの手に握られていた拳銃を指さす。ケンヤが拳銃を手放すと、拳銃は跡形もなく消滅した。
「両親には内緒にしてください」
ケンヤは唇に人差し指を当てた。それ以上のことは教えてくれなかった。
美蘭がドアの鍵を開けて家の中に入る。
「マザンもキザミも帰るのはまだなので美蘭さんは休んでください」
「はい」
体力も精神も疲労していた美蘭は、自室へ行きベッドに入った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「進展なし」
夜、就寝前にマザンの報告と作戦会議が始まった。日中から探し回ったが発見には至らなかったようだ。
「すぐ見つかると思ったんだけどな」
「思ったよりこの町広いわ。もしかしたらここじゃないどこかなのかもしれない」
「どうしましょうか……」
思うように上手くいかずマザンは頭を抱える。
(私も……なにか力になれないかな……)
「思ったんだけどさ」
キザミが手を上げる。
「あえて誘拐させてその後を追って拠点見つけるのはどう?」
マザンが納得した表情を、ケンヤは苦い表情をする。
「囮か、なるほどね」
「でもそれは一人を犠牲にするってことですよね……」
「その後助けるんだからそこは目をつぶってくれ」
「あまり良い案とは思いませんけど……」
ケンヤとキザミは視線でマザンに委ねる。
「このまま呑気にあてもなく探して逃げられるのが最悪の展開だからな。どうしても見つからない時の最終手段に使おう」
「その時の囮はどうするつもりだ?」
「まさか美蘭さんを利用するだなんて言いませんよね。今日危険な目に遭ったばかりなんですから」
「あの……」
三人の作戦会議の中で美蘭が入ってくる。
「私、やってもいいですよ。みなさんの役に立てるなら……」
「だめです!美蘭さんを危険に晒すことはできません!」
ケンヤが圧の強い声を上げる。温厚なケンヤに似つかわしくない声に怯んでしまう。
「美蘭はこっちのことは気にしないで、いつも通り過ごして」
「わかりました……」
美蘭は素直に引き下がった。
「明日の捜索は僕だけでやる。今度はキザミが美蘭の護衛をして。ケンヤは、待機だな」
「戦力外通告ですか……」
「お前の身の安全を考えてだよ。大人しくしとけ」
ケンヤは無言で頷いた。
「会議終了。今日は寝よ」
部屋の証明を消して全員が眠りについた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次の日。
いつも通り登校した美蘭。その日ホームルームで教師から衝撃的な内容を聞いた。
「まさか警察が襲われるなんて……」
昨日、付近の見回りをしていた警察官二名が意識不明の重体で発見された。警察は多発する誘拐事件の犯人の犯行と見て引き続き調査をしている。
「怖いよね。警察なら頼りになるって思ったのに」
警察も動じない凶悪な犯行に友達含め秘境界の人々は不安を覚えていた。
「………」
「美蘭」
「えっ?なに?」
「最近どうしたの?ずっとぼーっとしてるよね」
「誘拐事件が多いから美蘭も怖いのよ」
「うん……」
美蘭は頷いて肯定した。誘拐事件も怖いが美蘭はそれよりも気がかりなことがあった。誘拐犯の男たちが持っていた剣やケンヤの拳銃のことだ。
(なんであんな怖いもの持ってるんだろう……)
初めて生で見た剣と拳銃。 それが頭からなかなか離れなかった。
美蘭は友達と校舎を出る。今日も校舎の外は騒がしくなっていた。
「誰?あの人」「超イケメン!」「かっこいい……」
生徒が、特に女子生徒が注目していたのはキザミだった。
「また誰かいるね」
「なにあのイケメン!」
明乃も気になっていた。当人に自覚はないが、その整った顔立ちは女性の目を引くには十分だ。美蘭に気づいたキザミが視線をこちらに向ける。
「こっち見てる!」
一人興奮する明乃の横で美蘭が手を振った。
「えっ!?美蘭!?」
キザミの近くに歩み寄った。
「お疲れ様」
「きてくれてありがとうございます」
「まさか美蘭の彼氏!?」
「ええ!?全然違うよ!」
「そうだよね。最近やたらぼーっとすることが多いと思ったら、彼氏がいたからか」
「だから違うって」
美蘭が必死に否定する。キザミは慌てる様子もなく平然としている。
「この人も親戚?」
「そうだよ」
「昨日の子のお兄さん?」
「うん」
「なんだ」
明乃が拗ねた表情をする。瑞香がキザミに話しかける。
「昨日の子はどうしたんですか?」
「今日は留守番だ。代わりに俺がきた」
「うわ声もかっこいい!いいな~美蘭の親族は。美蘭含めてみんな顔がいいんだから」
「私は全然だよ……」
「じゃあ私たちはまた先に行くね。お楽しみに!」
瑞香と明乃は先に帰っていった。
「お楽しみって……」
「いい友人持ってるな」
「まあ、そうですね」
「俺たちも帰るか」
「はい」
・・・・・。
美蘭はキザミとともに下校する。ふと美蘭がキザミの顔を覗く。
(言われてみれば……確かにかっこいいかな……)
高めの身長に端正な顔立ち、改めてキザミの容姿を見ると少し見惚れてしまう。
(もし助けてくれたのがキザミさんだったら……)
「ん?どうした?」
「いや、なんでもありません」
素早く前を向いてなにもない風を装う。
「今日も、誰かが襲ってくるんでしょうか……」
「ないといいんだけど」
今日も誘拐犯が襲ってくると考えると不安がある。
「キザミさん」
「ん?」
もう一つの不安なことをキザミに尋ねる。
「ケンヤさん、拳銃……持ってるじゃないですか……」
「持ってるね」
「なんでだか知ってますか?」
「気になるなら聞けばいいのに」
「………」
「聞けないことでもないと思うけど、ただの護身用だよ」
「護身用……」
思い返せば、昨日ケンヤが狙ったのは腕と脚。直接生命を狙っていなかった。
「秘境界じゃ拳銃は見慣れないものだからな。けど大丈夫だよ。ケンヤは人を殺さないよ」
フィクションやおもちゃ以外で初めて拳銃を見た美蘭。やはり恐怖心がある。
「キザミさんも、護身用のなにかを持ってるのですか……?」
「さあねって言っとく」
美蘭の配慮のためキザミははぐらかした。
・・・・・。
数分後、無事に自宅に到着した。
「なにもなくて良かったな」
「はい。一緒にいてくれてありがとうございました」
キザミに向かって頭を下げた。
「美蘭は先に家に戻ってくれ」
「キザミさんはどうするんですか?」
「俺は見回り。少しでも被害を減らせるようにな」
「気をつけてくださいね」
「ああ」
キザミと別れて美蘭は家の中に入ろうとしたその時、
「あっ」
タイミング良くケンヤが出てきた。
「ケンヤさん」
「おかえりなさい美蘭さん。キザミも」
「お前どこ行くつもりだったんだ?マザンから待機って言われただろ」
ケンヤは沈んだ表情をしてから口を切る。
「やっぱり私もなにかしたいです!大人しくなんてできません。少しでも秘境界の人々を助けたいんです!」
「ケンヤさん……」
キザミがため息を吐く。
「じゃあ俺と行こう。一人だと返り討ちに遭うぞ」
「ありがとうございます。その方が気が楽です」
「美蘭、一人で大丈夫か?」
「大丈夫です。多分……」
「マザンに帰るよう伝えるから、家で大人しくしてるんだぞ」
「わかりました」
「行くか」
「はい」
ケンヤとキザミは出かけて行った。美蘭は二人の姿が見えなくなってから家の中に入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます