第九話
「おはよう」
美蘭が朝の準備を終え、階段を下りて一階のリビングへと移動する。
「おはよう」「おはようございます」
リビングにはいつも通り母親とケンヤが先にいた。朝の挨拶を済ませて朝食の準備をする。
「いただきます」
テーブルに座って朝食を取る。朝食もいつもと変わらず簡単なメニューで済ませる。
「美蘭さん、今日はがっこうですか?」
「はい、今日からまた学校です。月曜日なのでちょっと憂鬱ですけど」
「頑張ってくださいね」
「ありがとうございます」
その時、父親もリビングに入ってきた。
「おはよう」
「おはようお父さん」「おはようございます」
父親もキッチンで朝食を用意してテーブルに座って朝食を食べ始めた。
「ところでケンヤ君たちはさ」
キッチンから母親が話しかけてくる。
「いつまでここにいるの?」
「?」「!?」
全員が母親に視線を集める。美蘭が食事の手を止める。
「早く帰らないと偉い人に怒られるって言ってたし、きっとあなたたちの親御さんも心配してるでしょ」
「そうですね。そろそろおいとましましょうか」
「もう……帰ってしまうのですか……?」
美蘭が寂しそうな表情をする。
「これ以上両親に迷惑をかけるわけにはいかないですからね」
「………」
「それでもマザンがいないと私たち帰れないので、彼が帰ってきてからですね。それまではお邪魔させていただきます」
「別に僕はまだいてもいいと思うけどな」
「ありがたいですけど、やっぱり長居することはできませんよ」
「すぐに出ていけとは言わないよ。ゆっくりしていいからね」
「ありがとうございます」
その時、リビングにインターホンが響いた。
「西宮ちゃんじゃない?」
美蘭が立ち上がりインターホンを調べる。
「ごめん。もうちょっと待ってて」
テーブルに戻ると急いで朝食を食べる。食べ終えた食器を片付けて母親からお弁当を受け取る。
「行ってきます」
{行ってらっしゃい}
両親とケンヤに行ってきますと伝えてから外に出る。外では瑞香が待っていた。
「お待たせ」
「ちょっと早く来すぎたね」
二人で足並みを揃えて登校する。
「………」
(そうだよね……長くはいられないよね……)
ケンヤたちといつまでも一緒にいられると美蘭は錯覚していた。しかし彼らは異世界の人間。一緒に生活できるはずがない。
(もう……別れないといけないのかな……)
過ごしたのは数日だが、それでも意味のある時間を送ってきた。簡単に別れることはできなかった。
「美蘭?」
「!」
瑞香に呼ばれて我に返った。
「どうしたの?ぼんやりして」
「ううん、なんでもないよ」
瑞香はそれ以上追求してこなかった。その後も朝の会話が頭に残り、気分が晴れることはなかった。
・・・・・。
「美蘭」
「!」
昼休み。美蘭は今日も友達と集まって昼食を食べていた。再びぼんやりしていたところを明乃の呼びかけで我に返る。
「えっと……なんだっけ……?」
「も~全然聞いてないじゃん!」
「朝から授業中もずっともぼんやりしてたよね。大丈夫?なにかあったの?」
「大丈夫だよ。なにもないから」
首を横に振り笑顔を見せて平然を装った。
「それで、なんの話だっけ?」
「だから、この学校の人の一部が行方不明って話だよ」
「行方不明?」
「今日の欠席者のほとんどが行方不明らしいよ。この土日休みの間にいなくなったって言われてるの。職員室に行った人が先生から聞いたんだって」
「まだ真実って決まった訳じゃないでしょ。あくまでも噂話」
噂話を信じ込んでいる明乃に対し瑞香はかなり疑っている。
「美蘭はどう思う?」
「え?」
いきなり話を振られて困惑する。
「う~ん、私も聞き間違いとかだと思うけど」
「そうかなー。私は絶対聞き間違いとかじゃなくて本当だと思うな。この高校になにかが起きようとしてるのかも」
「ありえないから。行方不明者だってすぐに帰ってくるって」
「え~つまんない~」
「なんでそう悪い方向に考えるの。平和が一番でしょ」
否定された明乃は不貞腐れながら自身のお弁当に手をつける。
「あっそうだ。陸上部の子から聞いたんだけどさ、土曜日にめっちゃイケメンの男の人が外から見てたんだって!」
「へ~」
すでに話題は違うものに変わってしまった。
(行方不明か……)
気になったのか、美蘭の頭の中でその言葉が残り続けた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ただいま」
学校と放課後の部活が終わり、美蘭は自宅へ帰ってきた。そのままリビングに入る。
「おかえりなさい」「「おかえり」」
「マザンさん!?」
リビングは三人の姿があった。出かけたきり帰ってなかったマザンもいつの間にか帰ってきていた。
「いや数日いなかったけどそんな驚くことじゃないだろ」
「すいません……」
謝ってからダイニングテーブルに座る。
「マザンさんどこに行ってたんですか?」
「いろんなとこ行ってきたよ。北は北海道南は沖縄。ほら、土産も買ってきたよ」
マザンが指差したところにはお菓子が置かれていた。
「白い恋人」
「北海道の土産だよ。人気らしいね」
「マザンさん日本円持ってるんですか?」
「持ってるよ。少しだけなら」
「本当にお金で買ったんですか?」
「さあね」
「………」
ケンヤの指摘をマザンはあやふやに返した。美蘭は少し不安に思いながらもお菓子に手をつける。
「それよりも、今日はどうでしたか?」
「今日もいつも通りでしたよ。そういえば校内で噂話がありました」
「噂話ですか?」
「はい。私の高校の人が行方不明っていう噂が流れてるらしくて。今日欠席の人のほとんどが行方不明らしくて」
「行方不明……」
「いつからいないの?」
「休みの間にいなくなったようです」
「人数は?」
「正確な数はわかりません」
「そっか」
「もしかしたら、マザンさんがなにかわかるかもしれないと思ったんですけど」
「ふえ?」
いきなり名前を呼ばれてマザンは
「私と同じように別の世界に行ってしまった可能性はありませんか?」
全員の視線がマザンに集まる。
「ないでしょ」
即行で否定した。
「普通秘境界じゃ自然にゲートは開かないし、仮に異変が生じてゲートが開いたとしても美蘭のがっこうの人間だけがいなくなったのはおかしい。だったら町の人間のほとんどが消えてる」
「そうですか……」
「どうせ単なる噂話だよ。気にする必要ない」
「わかりました」
(やっぱりただの噂なのかな……)
キッパリと否定されたので美蘭は素直に納得した。
「マザンさん。話は変わるんですけど」
「ん?」
「いつ帰ってしまうのですか?」
美蘭が声を落として尋ねた。
「明後日かな。目的は果たしたし旅の疲れ取ったらすぐ帰るよ。二人もそれでいいでしょ?」
「はい」「うん」
「あの、本当に迷惑と思ってないのでそんなに急いで帰らなくてもいいんですよ」
「美蘭はそうだとしても、両親は迷惑と思ってるだろ」
「本来僕たちは秘境界と干渉すべきじゃないんだよ。お互い自分たちの世界で暮らすのが普通なんだよ」
「………」
美蘭はそれ以上言葉を発することはできなかった。
「そろそろ夕食の準備……始めます……」
「今日も手伝いますよ」
「俺も手伝うよ」
「ありがとうございます」
美蘭が制服から私服に着替えてから、ケンヤとキザミと共にキッチンに立つ。マザンだけは椅子に座ったまま動かない。
「なんでマザンは手伝わないんですか?」
「台所に四人は狭いでしょ。僕は必要ないよ」
「手伝いたくないだけでしょ……」
ケンヤがため息をついてキザミはうっすらと笑った。
(こんな楽しいのも……後少しなのか……)
そう感じながら美蘭は夕食の支度を始めた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
翌日、美蘭と瑞香はいつも通り登校した。やや遅れて到着したため教室には多くの生徒が集まっていた。ホームルームが始まるまで隣りの席の瑞香と話していると、チャイム音と同時に担任が教室に入ってきた。
「週直、号令」
「起立、気をつけ、礼」
{おはようございます}
「着席」
朝の挨拶の後ホームルームが始まる。
「今日は全員に伝えることがある。最近うちの生徒が行方不明になる事件が多発している」
(えっ!?)
「行方不明になっているのはうちの生徒だけじゃない。近辺の小学生も行方がわからなくなっているそうだ」
教室内が一気にざわめく。
「静かに。現在は捜索願を
「起立、気をつけ、礼」
{ありがとうございました}
ホームルームが終わると生徒が一斉に騒ぎ出した。美蘭も瑞香と顔を合わせる。
「東」
二人のもとに担任が近づく。
「少し話があるからきてくれないか」
「わかりました」
担任について行き美蘭は一度教室を離れた。
・・・・・。
「ねっ!私の予想通りでしょ!」
昼休みに集まった三人。悪い予感を的中させた明乃が得意満面の笑顔を見せていた。
「そんな誇らしいことじゃないでしょ」
瑞香は明乃の発言に呆れながらも危機感を感じていた。
「行方不明の原因が誘拐なら注意しないと。私たちが遭う可能性もあるんだから」
「大丈夫だよ。日本の警察は優秀だから。あっという間に事件も解決してくれるよ」
「楽観的だなあ……」
「いっその事私たちで事件解決してみたりして」
「できないでしょ!」
「はは、ごめんなさ~い」
楽天的な明乃に瑞香がツッコミを入れるいつも通りの時間が流れる中、美蘭は会話に混ざらずぼんやりとしていた。
「美蘭」
「えっ?なに?」
「最近美蘭はぼーっとすることが多くなったよね」
「大丈夫?なにかあったら相談に乗るよ」
「なにもないから大丈夫だよ」
心配させまいと笑って手を振った。
「そう言えば、朝先生に呼ばれてたよね。なんの話だったの?」
「なに?そんなことあったの?」
「うん。拉致されたことがあるから注意するようにってことと、犯人に心当たりがないかって話。顔を見ることはできなかったからわからなかったけど」
「そっか」
「というより、美蘭の前で誘拐事件の話なんてしちゃだめだよね」
「そうだね。ごめんね美蘭」
「ううん。気にしないで」
手を合わせて謝る明乃を美蘭は許した。
「確か今日は部活ないのよね。一緒に帰ろう」
「そんな、大丈夫だよ」
「でも美蘭を一人にするわけにはいかないし……また誘拐されちゃうかも……」
「瑞香だって一人になったら誘拐されちゃうよ。今度からは自分の身は自分で守るから」
「うん……」
瑞香は不安な表情を隠すことはできなかった。
「明乃は大丈夫?」
「私は大丈夫。足には自信があるから誘拐犯からも逃げられるよ」
「そういう問題じゃないと思うけど……」
冗談か本気かわからない一言で場の雰囲気が和やかになった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「へ~本当だったんだ」
自宅に帰った美蘭は早速今日あったことをケンヤたちに報告した。行方不明事件が事実だと知って三人は驚いていた。
「怖いですね。誘拐事件なんて」
「秘境界は誘拐事件が多いのか?」
「たまにニュースで聞くことはあります。私の近くで起こるなんて思わなかったです」
「そりゃそうか」
「まあどうにしろ僕たちには関係ないね」
マザンの一言に全員がマザンの方を向く。
「関係ないって……」
「秘境界の問題は秘境界で解決してください。それに秘境界には優秀な治安維持団体がいるから大丈夫だよ。僕たちは予定通り明日帰ります」
非協力的な態度のマザンにケンヤは小さくため息をついた。
「明日の、いつ帰るんですか……?」
「日中に帰るよ。美蘭が外行ってる間に」
「そうですか……」
共にいられる時間はあとわずか。そう考えた美蘭の心が締め付けられる。
「それじゃあ今夜はとびきり美味しいものを頑張って作りますね」
無理に笑顔を見せてから美蘭はキッチンに向かう。冷蔵庫を開けて材料の確認をする。
「少し足りないので買い物に行ってきますね」
「私も手伝いますよ」
「大丈夫です。いつも一人で行ってますから。ケンヤさんは家にいてください」
「でも……」
「最後の最後に、みなさんにお礼がしたいんです。だから一人でやらせてください」
「わかりました。気をつけてくださいね」
美蘭は頷いてから、支度を済ませて買い物に出かけた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
買い物を終えた美蘭は、少し重たい袋を持ちながら歩を進める。
(早く帰らなきゃ……)
謎の行方不明が多発している今、美蘭も被害に遭う可能性は十分にある。人気のない道を少し早歩きで進んでいた。その時、
「!?」
いきなり後ろから誰かに羽交い締めにされ口を押さえつけられた。
(嘘……!?)
「動くんじゃねえぞ」
「んん……!」
必死に抵抗するが、美蘭の力では無駄な足掻きだった。
「暴れんな」
「!?」
男の手にはスタンガンが握られていた。バチバチというその音に怯んでしまう。
「秘境界の人間を拐うのは簡単だな。こんな楽な仕事で大金が手に入るんだからな」
(この人……あの世界の……)
「無駄なことはやめて大人しく来い」
「んん……!」
(やだ……誰か……助けて……!)
スタンガンで脅されながら美蘭は引っ張られる。
「ンガッ!?」
突然男がうめき声をあげる。力が緩んだ隙に男から離れ、荷物を捨てて走り出した。
・・・・・。
「はぁ……はぁ……」
全速力で走って自宅に着いた。屈んで胸元を押さえながら呼吸を整える。
「はぁ……はぁ……」
ある程度落ち着いたら走ってきた道を見る。後から誘拐犯の男が追いかけてくることはなかった。
(良かった……)
運動が苦手な美蘭は全速力で走ったのでもうくたくただった。玄関のドアを開けて家の中に入る。
「おかえり」
出迎えてくれたのはキザミだった。キザミは美蘭が手になにも持ってないことに気づいた。
「あれ?荷物は?」
「それは……訳がありまして……」
一旦リビングへ入る。
「おかえり」
「ただいまです……」
「なんかめちゃくちゃ疲れてるな。大丈夫か?」
「はい……」
体を休めるためにテーブルに座る。その後キザミが水を持ってきてくれた。
「ほら」
「ありがとうございます」
水を少しずつ口に含む。乾いた喉が潤っていった。
「で、なんかあったの?」
「誘拐犯に……
「!」
「犯人とあったのか?」
「はい。なんとか逃げられましたけど……すごく怖かった……」
先程のことを思い出すだけでも声が震える。
「大丈夫か?」
「もう大丈夫です。ありがとうございます」
落ち着いたところで、この場にケンヤがいないことに気づく。
「あの、ケンヤさんは?」
「やっぱ美蘭が心配だからって後追ったけど」
その時、
「ただいまです」
「ああ帰ってきた」
玄関のドアが開きケンヤが帰宅した。そのままリビングに入ってくる。手には美蘭が逃げる際に置き去りにした買い物袋があった。
「ケンヤさん……どうしてそれを……」
「危なかったですね。無事で良かったです」
「え……」
「美蘭助けたのケンヤか」
「はい。後を追いかけたのが正解でした」
(そうだったんだ……)
「助けてくれてありがとうございます」
「気にしないでください」
頭を下げてお礼を言った美蘭に対してケンヤは笑顔で返した。
「それで誘拐犯はどうしたんだ?」
「後から仲間がきて逃げられました」
「秘境界の人間如きに逃げられたの~?」
数秒間を空けてからケンヤは口を開いた。
「彼らは秘境界の人ではありませんでした」
その一言にキザミは目を見張る。マザンの表情も険しくなる。
「私の憶測ですけど、彼らは別の世界から秘境界にきて、秘境界の人を連れ去ろうとしているのだと思います」
驚いているのかキザミとマザンは黙ったままでいる。
「あの……」
その中で美蘭が小さく手を上げる。
「誘拐犯が、秘境界の人間を拐うのは簡単だなって言ってて」
「おいおい……」
キザミとケンヤがマザンを見る。マザンは片手で顔を覆って吐息をついた。
「帰るのは延期だ。誘拐事件解決するぞ」
ケンヤもキザミも頷いて同意した。
「できるんですか……?」
「これは僕たちじゃないと解決できないから」
美蘭を見つめるマザンの表情は美蘭も見たことのない真剣なものだった。
「それでどうするんだ?」
「誘拐犯の拠点がどっかに作られてるはずだからそれを探して潰す。それと念のため美蘭の保護だ。美蘭の護衛はケンヤに任せる。僕とキザミで巣を見つける」
「わかりました」「了解」
かなり慣れた様子でテキパキと二人に指示を出した。
「美蘭はいつも通り過ごして大丈夫だ。さっきのことを両親にちゃんと伝えときな」
「わかりました」
マザンが立ち上がった。
「もう行くのですか?」
「散歩ついで」
「えらくやる気だな。なんかあった?」
「仕事だから」
無愛想に返事をしてからマザンが外へ出ていった。
「いいじゃないですか。彼がやる気になったら心強いです」
「そうだな」
「大丈夫ですよ美蘭さん。私たちで必ずこの事件を解決しますので」
「はい。ありがとうございます」
自分を助けてくれたケンヤたちなら信用できる。美蘭は安心感を感じていた。
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