第八話
朝、美蘭はベッドの上で目を覚ました。体を起こして伸びをする。
「んん……」
今日は土曜日。休日は気が済むまで眠っている美蘭だが、今日は友達との約束があるためいつもと同じ時間に起床した。
床の上ではキザミがまだ眠っている。ケンヤは美蘭よりも先に起きるので部屋にはいない。マザンは外出してからまだ帰ってきていない。
(よし)
寝間着から私服に着替え、一階へ下りる。リビングにはすでにケンヤがいた。
「おはようございます、美蘭さん」
「おはようございます」
ケンヤと挨拶をしてからキッチンで簡単な朝食を作る。
「いただきます」
手を合わせてからトーストにかじりつく。
「今日も早いですね。今日もがっこうですか?」
「今日は休みの日なので学校はありませんよ」
「お休みですか?」
「はい。私も学校はありませんし、お母さんもお父さんも仕事はありません」
「そうなのですか」
「いつも頑張ってくれているので休ませてあげてください」
「そうですね。ところで、休みの美蘭さんは今日はなにをするのですか?」
口につけた牛乳を飲み終えてから口を開く。
「今日は友達と遊んできます」
「いいですね。ちなみにどこへ行くのですか?」
「○○○○公園に行ってきます」
「どういった所ですか?」
「水族館があったり大きな観覧車があったり、大きくて一日楽しめる場所ですよ」
「なんだか楽しそうですね」
楽しそうに話す美蘭を見てケンヤも笑顔を見せる。
「ごちそうさま」
食べ終えた食器を片付けてから、洗面所で崩れた髪を整えるなど出かける準備を始める。準備を整えるとスマートフォンを眺めて時間を潰す。
(そろそろかな)
画面の表示時間を確認してから立ち上がる。
「時間なので行きますね」
「わかりました」
ケンヤが見送りのため一緒に玄関まで行く。
「夕食の時間までには帰ります。それじゃあ行ってきます」
「気をつけてくださいね」
「はい」
ドアを開けて美蘭が外に出た。
「………」
(秘境界に帰ってこれて楽しそうですね。美蘭さん)
見送りを終えたケンヤはリビングへ戻った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
美蘭の部屋にはケンヤとキザミが残っていた。
「………」
キザミは床の上で仰向けで寝ていた。一方ケンヤは美蘭の机を借りてなにかをしていた。
「ケンヤ~」
間の抜けた声でケンヤに呼びかける。
「なんですか?」
「暇なんだけど」
「そんなこと言われましても」
普段なら友達と会話したり会ったりするキザミだが、秘境界には当然そのような友達はいない。やることが無い彼は退屈を
「お前はなにやってるの?」
起き上がってケンヤのそばに近づく。
「ひらがなの勉強です」
「ひらがな?」
「秘境界の文字のことですよ」
机の上には小学一年生が習うようなひらがなの五十音表があった。美蘭が隙間時間を使って作ったものだ。ケンヤは空いた時間を使って少しずつ勉強をしていた。
「読めるようになったのか?」
「少しは読めるようになったはずですよ」
少し得意げな表情をする。
「でもなんで勉強なんて」
「退屈だからっていうのもありますけど、秘境界の本も読んでみたいと思いましてね」
ケンヤが勉強を一旦切り上げてキザミの方へ体を向ける。
「この後散歩に行こうかなと考えているんです」
「散歩?」
「せっかく秘境界に来たのにずっと家にいるのももったいないと思いまして。それにマザンなんて秘境界のこと知ってるから一人で旅に行くなんてずるいじゃないですか」
「まあ確かに」
「だから少し冒険ですよ」
「なるほどな。でも適当に歩いたら帰れなくなるんじゃないか?」
「心配ありませんよ」
ケンヤがひらがな表が書かれた紙を裏返す。そこに書かれていたのは地図だった。
「この辺りの地図です。これさえあれば大丈夫ですよ」
「そんなものまで」
「美蘭さんが書いてくれました」
地図にはひらがなを学んだばかりのケンヤでもわかるようにわかりやすく書かれていた。
「これを使って散歩する予定なんです。退屈ならキザミも一緒にきますか?」
「まあやることないからな。ついていくよ」
「わかりました。お昼ご飯食べたら行きましょうか」
「ああ」
話しが終わりケンヤは再び机に向いて勉強を再開した。やることのないキザミはそんな勉強を続けるケンヤの様子を眺め続けた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「それでは少し外出してきます」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
午後になり美蘭の母親に声をかけてからケンヤとキザミは外に出た。
「気持ちのいい天気ですね。散歩するのにぴったりですよ」
「そうだな」
ケンヤが一歩外に出て体を伸ばす。
「それで、どこか行くところでもあるのか?それとも目的なく歩き回るのか?」
「まずは美蘭さんが通っているがっこうに行ってみましょう」
「わかった。道案内任せたぞ」
「はい」
ケンヤがキザミを先導する。
「規則だとこの白い線の内側を歩かないといけないようです」
「こんなに道が広いのにか?」
「真ん中はくるまと言うものが通るようです」
「くるま?何だそれ?」
「乗り物らしいですよ」
しばらく路側帯を歩いて行くと大きな道に出る。
「人が増えてきましたね」
「何か走ってるぞ」
「あれがくるまですね」
「あれがか、すごい速いな」
トラックやバスなど多くの自動車が目の前を行き交っている。
「秘境界の人々は移動手段にくるまを使っているようですよ」
「他世界の馬か人間が引っ張るやつと似てるかな。でもくるまの方が速いな」
「秘境界は広いらしいですから、速い方が便利ですね」
「そうだな。ところでこれどうやって向こうまで行くんだ?すり抜けて行くのは無理だろうし」
「あれを使うようですよ」
そう言ってケンヤが指差したのは信号機だった。すでに何人か信号が変わるのを待っている。
「あれが緑色に変わった時に渡れるようです。これも規則ですよ」
「なるほどな」
周りの人と同じように二人も待機する。
「しかしいつの間にか秘境界の規則も学んでいたんだな」
「美蘭さんに教えてもらいました」
信号はすぐに青へと変わった。横断歩道を渡って先を進む。
・・・・・。
「ここですかね」
美蘭の自宅から数十分かけて、美蘭が通う高等学校にたどり着いた。
「ここに美蘭が通っているのか?」
「そうですね」
周りを歩いてまずは校門の前に立ってみる。
「大きな建物ですね」
「これ以外にもこの辺りは大きな建物が多いな」
二人が歩いてきたところにも、都会らしくマンションなどの高い建造物が多数存在した。
「どうする?中入ってみるか?」
「入っていいんでしょうか……」
試しに校門を開けようとしてみるが、鍵がかけられていて開けられない。
「やめときましょうか」
「そうだな」
侵入をやめて周りを回ることにした。少し歩くとグラウンドが見えた。グラウンドでは何人かの生徒が走っていた。
「今日も人がいるんだな」
「おかしいですね。今日は休みと美蘭さんは言っていたのですが」
「他の人はあるってことなのかな」
何人かの生徒が視線をこちらに向けてきた。
「なんかこっち見てないか?」
「邪魔しちゃいましたかね。移動しましょう」
「そうだな」
高等学校の見学を終えてその場を後にした。
「次はどうするんだ?」
「次は図書館に行きましょう。目当ての本を読みに行きます」
「わかった」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ここですね」
高等学校から約十分、二人は区立図書館にたどり着いた。早速館内へ入る。
「そう言えばケンヤって普段なに読んでるんだ?」
「小説です。種類は問いません」
ケンヤは読書好きで空いた時間はほとんど本を読んでいる。小説を好んで読むケンヤが館内を歩いて小説を探す。適当に見つけた小説を手に取って開いてみる。
「なんて書いてあるんだ?」
「……りの……で……の……から……ばかりしている。……にいる……の……から……び……りて……ほど……を……かした……がある」
「なんだって?」
「わかりません……ひらがな以外の文字もあって……」
小説には平仮名だけでなく片仮名や漢字も表記されている。平仮名しか学んでいなかったケンヤに読むことはできなかった。
小説を棚に戻して再び館内を歩く。別の場所の目についた小説を手に取り開いてみる。
「どうだ?」
「だめですね……わからない文字があります」
諦めて小説を閉じる。
「表紙の絵は派手で、女性も可愛いらしいんですけど」
(お前もはたから見たら美少女だけどな)
「やかましいですよキザミ」
「すいません」
小説を元の場所に戻した。
「しかし困りましたね。本が読めないなら来た意味がありませんよ」
「そのひらがなってやつしか書かれていない本はないのか?」
「あるでしょうか」
入口近くにいた司書に尋ねてみる。
「すみません。ひらがなだけ書かれている本ってありますか?」
「児童書でしたら地下一階にありますよ」
司書の手で指す方向に地下に通ずる階段があった。
「気づかなかったな」
「ありがとうございます」
丁寧に頭を下げてから地下一階に向かう。階段を下りるとすぐに数冊の本が飾られてあった。一冊を手に取り開いてみる。
「どうだ?」
「これなら読めますね」
一旦戻して児童書コーナーへと入っていく。すでに数人の小さな子どもが本を探していた。ケンヤも読む本を探して回る。少し歩くと昔話の本が置いてある場所を見つけた。
「昔話ですか」
本棚から一冊を取り出す。
「ももたろう……」
「ももって、果物のことか?」
「どうなんでしょう」
誰もが知る有名な昔話だが、異世界からきた二人はもちろん知らない。
「内容が気になるから読んでみてくれないか?」
「わかりました」
本を開いて小さな声で音読を始めた。
「むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんがいました。おじいさんはやまへしばかりに、おばあさんはかわへせんたくにいきました」
「不便な時代だな。川まで行って洗濯するなんて」
「おばあさんがかわでせんたくをしていると、どんぶらこどんぶらこと、かわかみからおおきなももがながれてきました」
「なんで川に桃が流れてんの!?」
いきなりの大声に周りの子どもたちの視線を集める。
「図書館では静かにお願いします」
「申し訳ありません」
ケンヤが音読を再開する。読み進めている間もキザミきざみが内容に横槍を入れた。最後まで読んで本を閉じる。
「良い話でしたね。困った村の人のために勇気を出して立ち向かうなんて」
「おかしなところもあったけどな」
「いいじゃないですか」
読んだ本を棚に戻した。
「他にも面白そうな本がたくさんありそうですね」
ケンヤは楽しそうに次の本を探し始めた。キザミは子の様子を見守る親のようについて行った。
・・・・・。
その後児童書コーナーで主に昔話を読み続けたケンヤ。時刻が五時になり閉館の時間になったため図書館を出た。
「秘境界の物語が読めて楽しかったですね」
「良かったな」
外に出ると空はかなり暗くなっていた。
「だいぶ日が落ちたな」
「もう行くところはありませんし、早く帰りましょう」
手書きの地図を広げる。しかし辺りの薄暗さのせいで見えにくくなってしまった。
「帰れるのか……?」
「きっと大丈夫ですよ。さあ帰りましょう」
土地勘が一切ない二人にはこの地図に頼るしかなかった。見えづらい地図を使って二人は家を目指した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
その後、暗い道を迷いながらもなんとか家に帰ってくることができた。鍵を開けてもらうためにインターホンを鳴らす。
「おかえりなさい」
ドアを開けてくれたのは美蘭だった。
「ただいまです、美蘭さん」
「美蘭も帰ってたのか」
「はい。少し前に」
家の中に入り美蘭が鍵を閉める。
「散歩はどうでしたか?」
「ちょっと距離を歩いたので疲れましたけど、様々な経験ができたので充実しましたよ」
「美蘭の方はどうだったんだ?」
「大きすぎて全部は回れませんでしたけど、色々あって楽しかったですよ」
「楽しめたそうで良かったです」
笑顔で語る美蘭を見てそう感じた。
「ここで立ちっぱなしもあれですからリビングに入りましょう」
「そうですね」
それから三人はリビングへ入り、外出の疲れを取るためにくつろぎ始めた。
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