第七話
「………」
翌朝、美蘭はベッドの上で目覚めた。
(そうだ……)
いつもの自分の部屋を見回す。昨日一週間ぶりに元の世界に戻ってくることができた。
美蘭はベッドから出て朝の支度を始める。今日から再び高校へ通うためだ。部屋の中ではキザミとマザンが寝ていた。体にタオルケットをかけて床の上でまだ眠っている。
(ケンヤさんはもう起きてるのかな……)
ケンヤはいつも美蘭よりも早く起きるため、すでに一階にいると推測する。まだ眠っている彼らを起こさないように静かに着替える。着替え終えて準備も済ませた美蘭は下の階へ下りた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
階段を下りて一階のリビングへと移動する。
「おはよう美蘭」
「おはようございます、美蘭さん」
リビングにはすでに母親と、推測通りケンヤが起きていた。
「おはようございます」
挨拶をしてからキッチンに向かう。料理が得意な美蘭だが、忙しい朝は簡単なもので済ませる。朝食を作ってダイニングテーブルに座る。
「いただきます」
手を合わせてからトーストにかじりつく。
「美蘭さんはいつも早いんですね。今日はどこかに行くのですか?」
「今日からまた学校に行きます」
「がっこう……?」
「勉強をする場所ですよ。これから勉強しに行くんです」
「勉強ですか。偉いですね」
「そう言えば、ケンヤさんたちは学校に通ったことはあるんですか?」
ケンヤが母親の様子を見る。母親はキッチンで美蘭と父親のお弁当を作っていたので、ケンヤたちに注意を向けていない。
「がっこうと同じかどうかはわかりませんが、勉強する施設にいましたよ。すでに学習の過程は終えていますが」
「そうなんですか」
二人がそのような会話をしていると、
「おはよう」
父親がリビングに入ってきた。
「おはよう」「おはようお父さん」「おはようございます」
父親もキッチンで朝食を用意してダイニングテーブルに座る。
「ケンヤ君は朝早いね」
「早起きは習慣づけてますからね。健康にも良いですし」
「あとの二人はまだ寝ているのかい?」
「あの人たちは遅いですからね。しばらくしないと起きてきません」
父親がコーヒーを啜る。
「美蘭が無事に帰ってきて、父さんも安心して仕事に行けるよ。お母さんも今日から仕事復帰だよね」
「そうね。美蘭がいなくなったショックで、仕事どころじゃなかったからね」
「ごめんね。私のせいで……」
「美蘭は悪くないさ。こうして無事に帰ってきてくれたんだから」
「仕事頑張ってね、お父さん」
「うん」
「お母さんも」
「もちろんよ」
朝から和やかな家庭の様子にケンヤも微笑ましくなる。
「ごちそうさまでした」
食べ終えた朝食を片付ける。その後崩れた髪を直すために洗面所へと向かう。霧吹きで髪を濡らし、ドライヤーで寝癖を直していく。肩まで届く長い髪を時間をかけて整えていく。
「美蘭。友達が来てるわよ」
「は~い」
ちょうど終わったタイミングで母親の呼び声が聞こえた。母親からお弁当を受け取って玄関に向かう。父親と母親、ケンヤが美蘭を送り出す。
「行ってきます」
ドアを開けて外に出る。
「「美蘭!」」
外には友達の
「本当に……無事で良かった……」
明乃は今にも泣き出しそうな表情をする。
「ごめんね。二人にも心配かけちゃったね……」
「謝らないで。美蘭は悪くないから」
「ありがとう、瑞香」
「いつまでもここにいるわけにはいかないでしょ。学校に行きましょう」
「そうだね。行こう美蘭」
「うん」
集まった三人は高校に向かって歩き始めた。
・・・・・。
数十分後には通っている高校に到着した。校門前には教師が立っており、校門をくぐる生徒たちに挨拶をしている。
「じゃあまた後でね」
「うん」
美蘭と教室が違う明乃と別れて、自分の教室に瑞香と共に入る。教室にはすでに何人かの生徒がいた。まっすぐ自分の席に向かい座る。
「はい美蘭」
隣りの席の瑞香が早速ノートを取り出す。
「いなかった間の内容教えてあげるから、朝のうちにノート写しちゃって」
「ありがとう」
瑞香からノートを受け取り、朝のホームルームが始める前に自分のノートに内容を書き写していった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
四時限目の授業が終わり昼休みになった。
「んん……はぁ……」
美蘭が席に座ったまま伸びをする。
(疲れた……久しぶりだから大変だな……)
久しぶりの授業はまるで連休明けのように感じた。瑞香が見せてくれたノートのおかげでさっぱりわからないことはなかったが、それでも授業に付いていくのは大変だった。
「美蘭」
教科書を片付けてお弁当を取り出した時に瑞香が声をかける。
「明乃が来るまでに準備しちゃおう」
「そうだね」
二人の席と空いていた一つの席をくっつける。
「美蘭~瑞香~!」
しばらくしてから明乃が教室にやってきた。手には売店で買ったと思われるお弁当とペットボトルを持っていた。
「ハロ~」
「きたきた」
明乃が席に近づいてくる。仲の良い三人は昼休みになると集まって昼食をとる。
「じゃあ食べようか」
「待って。みんな飲み物持って」
よくわからないまま言われた通りに各々飲み物を手に持つ。
「じゃあいくよ。美蘭の無事を祝って~かんぱーい!」
「「かんぱーい……」」
教室内で一際大きな声を出す。周りの生徒からの視線を少し感じる。
「恥ずかしいからあんまり大きな声出さないでよ……」
「あはは、ごめんね」
我に返った明乃の恥ずかしさのあまり頬を赤らめている。
「でも、美蘭が無事に戻ってきてくれたのが嬉しかったから」
「それはそうね」
「心配かけて本当にごめんね」
会話をしながらお弁当の口に運んでいく。
「二人はさ、どうやって私が行方不明だって知ったの?」
美蘭から二人に質問をする。
「翌日学校に来なかったから、夕方くらいに美蘭の家に行ったの。そしたら昨日から帰ってないって言われて」
「びっくりしたよね。LINEも一切既読がつかないし、電話にも出ない」
「ごめんね、心配させて……」
「もう謝らないでいいよ」
ルスリドから秘境界へ帰ってきた時、美蘭のスマートフォンには多くの通知が入ってきた。全て親や友人からの心配のメッセージだった。
「それよりも、美蘭に一週間何があったのか教えてくれる?」
「………」
(えっと……設定を守って……)
マザンから言われた設定通りに伝える。
「実は、帰ってる途中で拉致されたの」
「拉致!?」
明乃が驚きのあまり身を乗り出す。再び大きな声をあげて周りの生徒の視線を受ける。
「だからあんまり大きな声出さないでって」
「ごめんごめん」
「さっきからリアクションが大きすぎなのよ」
明乃が自分の手で口を塞ぐ。
「私と別れた後で?」
「うん」
「どんな感じだったの?」
「え?」
不意の質問に美蘭の思考が一瞬止まる。
「やっぱり、薬とかで眠らされたの?」
「あれはドラマとかの話で現実じゃ無理なのよ」
「そうなの!?」
瑞香の豆知識に明乃が驚く。美蘭も内心驚いていた。
「じゃあ車で連れ去られたの?それで紐とかガムテープとかでぐるぐるって縛られて」
「えっと……」
どう返答していいのかわからず困惑する。
「止めなよ、そんな無理やり聞くの。怖かったんだから思い出したくないでしょ」
「そうだけど、いざ自分が拉致されそうになった時のために体験談は聞いておきたいじゃん」
「それは……一理あるけど……」
二人が美蘭に視線を向ける。
「怖かったからあんまり覚えてないんだよね。だから答えられないかな」
このまま設定通りに話すと明乃に嘘をつくことになると思った美蘭は、ここで話を切り上げようとする。
「そっか。ごめんね美蘭」
「ううん、大丈夫」
手を合わせて謝る明乃を美蘭は許した。
「もうこの話はおしまいね。とにかく美蘭が無事だったんだから」
「そうだね、楽しいこと考えよう。またみんなで遊びに行こうよ!」
「どこに行くの?」
「そうだな~」
明乃が顎に指を当てて考え事をする。
「………」
(この感じ……久しぶりだな……)
しばらく異世界にいて友達と話すこともなかった美蘭。久しぶりの友達との会話を嬉しく思った。
・・・・・。
「ごちそうさまでした」
友達同士の会話を楽しみながらお弁当の中身を空にした。
「じゃあ私たち次体育だから更衣室に行くね」
「わかった。頑張ってね」
「うん。じゃあまたね」
明乃は二人に手を振ってから自分の教室に戻って行った。
「行こっか」
「うん」
次の授業の準備をするために二人は更衣室へと向かった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「起立、気をつけ、礼」
{ありがとうございました}
ホームルームが終わり放課後になった。生徒たちはそれぞれ教室の清掃を始める者、帰宅する者、部活動へ行く者と分かれる。
「じゃあ私は部活に行くから」
「頑張ってね。また明日迎えに行くから」
「ありがとう。またね」
手を軽く振って瑞香と別れた。瑞香が教室を出て行くのを見送ってから美蘭も教室を移動する。向かったのは調理室。普段は家庭科の調理実習で使う部屋だ。すでに鍵が空いていた扉を開けて中に入る。
「東先輩!」「美蘭!」
入るなり先に来ていた一年生や同級生に囲まれる。美蘭が所属する料理部は、一年生が七人、二年生が五人の合計十二人。部員全員が女子で年の差をあまり気にせず賑やか且つ真剣に活動を行っている。部長は美蘭が務めている。
「どうしたんですか?一週間も来ないなんて、なにかあったんですか?」
「先輩がいなくてすごく寂しかったんですよ」
「心配したんだよ」
「なにかあったの?」
「え……えっと……」
大勢に問い詰められて困惑する。
「ちょっとね、家の事情があって、なかなか学校に行けなかったの」
また拉致されたと言ったらさらに質問攻めに遭うと思った美蘭は嘘をついた。
「本当ですか?」
一人の一年生が前に出る。
「家の事情ってなんですか?LINEが返せないくらい忙しかったんですか?」
後輩から厳しく詰め寄られる。
「教えてください!先輩になにがあったのか!」
「あ……あのね……」
「やめなよ
「うぅ……」
同級生から咎められ直緒が落ち着きを取り戻す。
「美蘭先輩……私だって心配したんですよ……いつも来ている先輩が突然来なくなって……先輩がいなくてとても寂しくて……」
泣きそうなほど震えた声で言う。
「心配かけてごめんね。でももう大丈夫だからね」
「せんぱ~い!」
直緒が美蘭に縋り付いた。和やかな雰囲気にみんなが笑顔になった。
「みんな、始めるよ」
準備室から顧問の先生が出てきた。全員が教卓の前に集まる。
「久しぶりだね東。大変だったって聞いてるけど大丈夫?」
「はいもう大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」
顧問に向かって頭を下げた。
「先生やっぱり知ってるんじゃないですか」
「知ってたって個人情報は教えないよ」
ムスッとする直緒に対して顧問は事もなげに受け流した。
「さあ始めるよ。東」
「はい」
部長の美蘭が部員全員に号令をかける。
「それでは今日の活動を始めます」
{よろしくお願いします}
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ただいま」
学校が終わり、美蘭が自宅へ帰ってきた。
「おかえりなさい。美蘭さん」
本来なら誰もいない家の中からケンヤが迎えてくれた。温かい迎えに笑みがこぼれる。
「ただいまです。ケンヤさん」
家に上がってリビングへ入る。
「おかえり」
「ただいまです。キザミさん」
すでにリビングにいたキザミと挨拶を交わした後ダイニングテーブルに座る。
「どうぞ」
ケンヤが美蘭に飲み物を渡す。
「ありがとうございます」
お礼を言ってから飲み物を口にする。
「がっこうはどうでしたか?」
「久しぶりの勉強だったのでついていくのが大変でしたよ。久しぶりに友達と話したり、部活は楽しかったですよ」
「それは良かったですね」
「でも、友達に拉致されたって説明した時は焦りましたよ。『どんな感じだったの?』って。本当に拉致されたわけじゃないのに……」
「他世界に無理やり連れてかれたって考えればあながち間違ってないんじゃないか?」
「誤魔化すのが少し大変でしたよ」
「あの設定作ったのマザンですけどね」
その名前を聞いてマザンの姿が見えないことに気づく。
「そう言えばマザンさんは?」
「彼なら出かけましたよ」
「どこにですか?」
「それはわかりません」
「『せっかく秘境界に来たんだから色々回ってくるわ』って言ってたな」
「まあ彼は秘境界に詳しいので心配いりませんよ」
「そう……ですか……」
心配いらないとは言われたものの、美蘭は少しだけ不安に思った。
ふと壁にかけられている時計に目を向ける。
「私そろそろ夕食の準備をしますね」
「私も手伝いますよ」
「俺もできることはやるよ」
「ありがとうございます」
共働きの両親のために夕食は美蘭が作っている。美蘭は着替えてから、ケンヤとキザミと共に夕飯の支度を始めた。
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