第一話
「痛っ!!」
謎の穴に吸い込まれた
「いたた……」
立ち上がり辺りを見回す。
「えっ……?」
そこはさっきまでいた場所とはまったく違う場所だった。
「ここ……どこ……?」
スマートフォンを使って今いる位置を確認しようとする。
「え、圏外……?」
しかしGPSが機能していないため確認することができない。
「どうしよう……」
どうやら名も知らない地に来てしまった。謎の穴はいつの間にか消失してしまい、帰る手段がなくなってしまう。
(誰かいないかな……)
まずは誰かに話を聞くためにその場から歩き出した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
少し歩くと人はすぐに見つかった。
「あの、すいません」
「ん?どうした?嬢ちゃん」
商店の男性に話を聞く。
「ここって、どこですか?」
「唐突な質問だなあ、ここはルスリドだよ」
「るす……りど……?」
まったく聞いたことがない名前に美蘭は困惑する。
「えっと……何県ですか?」
「けん?そんなこと聞かれても……わからないな……」
商店の男性は困った顔をする。
「嬢ちゃんはどこから来たんだい?」
「東京都からです」
「とうきょうと?う~ん聞いたことないなあ」
「私、よくわからないんですけど、穴に吸い込まれてここに来ちゃって……」
「穴ってことは、もしかして別の世界から来たのかい?」
「別の世界!?」
想像もしていない言葉が出てきて驚く。
「だとしても、とうきょうとってのはわからないなあ」
「そうですか……」
「力になれなくてごめんな」
「いえ、ありがとうございます」
お辞儀をして美蘭は去った。
(別の世界って……どうゆうこと……?)
現状確認のため他の人にも話を聞くことにする。
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「はあ……」
一旦ベンチに腰をかけて休憩する。
多くの人に話を聞いてわかったことは、ここは異世界であり、元いた場所とはまったく違うということだ。別世界から来てしまった美蘭を皆は驚かなかったが、美蘭がいた世界のことを誰も知らなかった。
「………」
異世界へ来てしまった人間はどうしていいかわからず困惑してしまう人もいる。新たな世界での新しい生活に、胸を躍らせる人もいるだろう。美蘭は前者の人間だ。
(どうしたら帰れるんだろう……)
途方に暮れる美蘭。その時、
「あっ……」
肌に水が落ちる。雨が降ってきてしまった。
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降り出した雨はさらに強くなる。
美蘭は近くにあった大きな木で雨宿りをする。しかし完全には防ぐことはできず少し濡れてしまう。
(私……これからどうなるんだろう……)
木の下でうずくまる。どうしていいかわからず不安に陥る。
(もう……帰れないのかな……お母さんとお父さんにも……もう……会えないのかな……)
なにも知らない世界に取り残された少女。不安と悲しみから泣き出してしまった。
・・・・・。
「あの、大丈夫ですか?」
誰かに声をかけられ顔を上げる。そこには傘をさした、なぜか片目を閉じている背の低い少女がいた。
「こんな所にいたら、風邪をひいてしまいますよ」
少女は美蘭のことを心配しているようだ。
「傘がないなら、自宅までお付き添いしますよ」
少女は優しく微笑む。しかし美蘭は俯いてしまう。
「家……ないんです……」
「家が、ない?」
「私……この世界の人じゃないんです……」
「別の世界から来たのですか?」
「あの……!」
勢いよく顔を上げダメ元で聞いてみる。
「東京都って言って、わかりますか?」
「とうきょうと……?」
少女は首を傾げる。しばらく考え込むが、やはり答えは出そうにない。
(やっぱり……だめか……)
諦めかけて下を向く。少女が口を開く。
「申し訳ありません。私はわかりません。けど、私の友達なら、なにかわかるかもしれません」
「えっ……?」
失いかけていた希望の光がうっすら見え始めた。
「とにかく、こんな所にいたら風邪をひいてしまいます。私の家に行きましょう」
少女が手を差し伸べる。美蘭は少女の手を取り傘の中に入れてもらう。
「ありがとうございます……」
「いいですよ」
少女の家に向かって歩き始めた。
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しばらく歩くと、少女の家に着いた。
「どうぞ上がってください」
「お邪魔します」
家の中に入る。
「待っていてください。タオルをお持ちしますので」
少女は奥へ行く。しばらくするとバスタオルを持って戻ってきた。
「使ってください」
「ありがとうございます」
「居間でお待ちください」
濡れた髪や体を拭きながら居間へ進む。居間で待っていると少女も来る。
「タオルもういいですか?」
「はい、ありがとうございます」
少女にタオルを返す。少女は美蘭の隣りに座る。
「もうすぐで帰ってくると思いますよ」
「はい」
(帰ってくるって、友達と暮らしているのかな?)
「大丈夫ですよ。彼は専門家のようなものなので、きっとあなたのいた世界も知ってるはずです」
「はい」
(彼ってことは、男の人?)
少女との会話で少し疑問が浮かぶ。すると、家の中から足音が聞こえた。そして誰かがリビングに顔を出す。
「おかえり」
その人は少女よりも背が高い男性だった。
「あ、キザミ。すみませんがこのタオルを戻して新しいのを持って来てくれませんか?」
「いいよ」
キザミと言われた男性はいったん居間を離れる。
「ちょっと待っててください」
少女も出ていく。すぐになにかを持って戻ってきた。美蘭に差し出したのはココアだった。
「これを飲んで温まってください」
「ありがとうございます」
熱いと思っていたが、飲める温度だったので口を付ける。雨で冷えた体が温まっていく。
「………」
少女は見ず知らずの美蘭に対してこんなに優しくしてくれる。彼女の優しさにじんわりと涙が浮かぶ。
「持ってきたぞ」
「ありがとうございます」
先程の男性が戻ってきた。少女の隣りに座る。
(この子……男の人二人と住んでるのかな……?)
さらに疑問が増える。
「で、この子誰?」
「どうやら別の世界から来てしまったようなんです。聞いたことない世界のようで、マザンならわかるんじゃないかなって」
「ほっとけなくて連れてきたってわけか」
「だって可哀想だったので」
「お前らしいな」
彼女は元来優しい性格なのだろう。そう思った時、玄関の方から音がする。
「くっそ……」
「帰って来ましたね」
さっきまで言っていた男性が帰ってきたようだ。少女と男性は玄関へ向かう。
「おかえりなさい。大丈夫ですか?」
「雨とか聞いてねーよ」
「いきなり降るのは珍しいからな」
帰ってきた男性はずぶ濡れだった。少女からタオルをもらい、体を拭きながらリビングへ入ってきた。
「ん?」
男性は美蘭の方を向く。
「知り合い?」
「俺も初対面」
少女はココアを持って戻ってくる。
「どうぞ」
「ありがとう」
キザミという男性にタオルを渡し、ココアに口を付ける。
「はあ~美味い」
男性もココアを飲んで温まる。おそらくこの男性が、会話に少し出てきたマザンという人なのだろう。キザミも戻ってきて少女が口を開く。
「それで、彼女のことなんですけど、どうやら別の世界から来てしまったようなんです」
「え?そうなの?」
以外そうな表情をする。
「私は聞いたことなくて、マザンならわかると思って連れてきたんです」
「どこ?」
「とうきょうと、でしたよね」
「はい」
「とうきょうと?」
マザンが思い出そうと考え始めた。
「とうきょうと……」
「俺も聞いたことないな」
キザミも知らないようだ。美蘭の最後の望みはマザンに託された。
「………」
しかしなかなか口を開かない。
(お願い……どうか……)
心の中で強く祈る。
「わかりますか?」
「ちょっと黙って。もうすぐで出てきそう」
「!」
「とうきょうと……とうきょうと……」
必死に思い出そうとする。そして、ある言葉を口に出した。
「……日本?」
「そ……そうです!」
「そこか~~!!」
一人大袈裟な反応をする。
「どこなんですか?」
「秘境界」
「「秘境界!?」」
また知らない言葉が出てきて美蘭は困惑する。
「えっと……」
「僕たちは君が住む世界を”
「そうだったんですか……」
やっとわかる人が見つかった。これで元の世界に帰ることができる、そう思った。
「じゃあ早く帰してあげましょうよ」
「悪いけどそれは無理」
「ええ!?」
予想してない言葉が返ってきてつい驚きの声を出しながら身を乗り出す。
「落ち着いて。ちゃんと話すから」
マザンが訳を話す。
「君はどうやってここに来たの?」
「えっと……黒い穴にいきなり吸い込まれて……気づいたらここにいて……」
「なるほどね」
一人わかったような反応をする。少女とキザミはわかっていないようだ。
「どういうことだよ」
「説明してくださいよ」
「今“ワールド”全体で空間の乱れが起ってんだよ。秘境界に開くはずもない“ゲート”が開いたのもそのせい。この子は“アンチゲート”に巻き込まれたってこと」
聞いたことのない言葉が続々出てきて、会話についていけなくなる。
「空間が乱れるとどうなるのですか?」
「人の手でゲートを開けなくなったり、あちこちで勝手にアンチゲートが開く。そのアンチゲートが厄介で、辺りのものをなんでもかんでも強制的に吸い込むんだよ」
「どうにかならないのか?」
「自然現象みたいなものだからね。治まるのを待つしかないんだよ」
「いつ、治まるのでしょうか……?」
「最短で一週間、長くても一ヶ月くらいかな」
「そうですか……ありがとうございます……」
(帰れると思ってたのに……)
すぐに帰れないことがわかると美蘭は落ち込んでしまう。顔を上げて少女の方を向く。
「あの、家に上げてくれたり、タオルを貸してくれたり、ココアまでもらって……ありがとうございました」
丁寧に頭を下げ立ち上がる。そして家を出ようとする。
「あ、ちょっと……待ってください!」
少女が美蘭を引き止めようとする。美蘭は止まらず玄関へ向かう。
「どうするおつもりですか?」
「少なくとも一ヶ月待てば帰れるとわかったので、それまでなんとかします」
「なにか当てがあるのですか?」
「なにもありません。でも、これ以上迷惑をかけるわけにはいきませんから」
美蘭は三人の方を向く。
「本当に、ありがとうございました」
深く頭を下げ、ドアノブに手をかける。
「待ってください!!」
先程よりも強い口調で呼び止められ美蘭は振り返る。
「当てがないのなら、ここにいませんか?」
「えっ……?」
予想外のことを言われたような反応をする。少女だけでなく二人の男性も頷いている。
「でも……」
「この世界は秘境界なんかよりもずっと危険な世界だ。一ヶ月経つ前に殺されたり、誰かに連れ去られてもおかしくない。秩序維持の団体なんていないから誰も守ってくれないよ」
キザミからかなり物騒なことを言われて美蘭は臆してしまう。
「確かに一ヶ月経てばゲートは開くとは言ったけど、この世界から秘境界に行くには人の手で開けないといけない。そしてそれができるのはこの世界じゃ僕だけ。必然的にここにいた方がすぐ帰れるよ」
マザンからも残った方がいいと似た旨を言われる。
「なので、乱れが治まるまでここにいましょうよ。大丈夫です、誰も迷惑だなんて思ってませんよ」
最後に少女も言った。
「いいんですか?」
「はい!」
少女は満面の笑みを向ける。
「どうして……」
「はい?」
「初めて会ったのに……他の世界の人間なのに……どうして優しくしてくれるのですか……?」
「そんなの関係ありません」
「えっ……」
「困ってる人を助けるのは当然じゃないですか」
「!」
言われた言葉が嬉しくて涙が出てきてしまう。
「ありがとう……ございます……」
助けてくれた人がこの子で良かった。心の底からそう思った。
「短い間だと思いますが、よろしくお願いします」
「はい!こちらこそ、よろしくお願いします!!」
こうして、東美蘭の異世界での生活が始まった
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