第二話

「………」


翌朝、東美蘭あずまみらんはベッドの上で目を覚ました。


(あれ……?)


辺りを見回す。いつもの自分の部屋とは違う見慣れない部屋に一瞬戸惑うが、すぐに昨日の記憶が蘇る。


(そうだ…私ルスリドって言う別の世界にいるんだっけ…)


友人の家から帰る途中、謎の穴に吸い込まれて異世界転移をしてしまった。一時はどうなるかと思ったが、心優しい少女に助けられてなんとか一夜を過ごすことができた。

美蘭は身だしなみを整える。寝間着や私服は、制服だと動きにくいと思った少女が用意したものだ。着替え終わった美蘭は下の階へ下りる。

階段を下りて一階の居間へと移動する。居間にはすでに昨日美蘭を助けた少女が新聞らしきものを読んでいた。そんな少女が美蘭に気づく。


「おはようございます。美蘭さん」


「おはようございます」


微笑んだ少女に美蘭は軽く頭を下げて挨拶をした。


「慣れない環境でしたけど、よく眠れましたか?」


「はい」


「なら良かったです。朝食食べますか?食べるならあまりが台所にあるので使ってください」


「ありがとうございます」


居間から台所に向かう前に少女の方を向く。


「………」


少女の顔をまじまじと見つめる。はっと目を引く美しい容姿にとても可愛いらしい声。紛れもなく美少女と呼ぶにふさわしいだろう。


(でもこれで男性なんだからびっくりだよね……)


なんと彼女、ではなく彼は男だったのだ。彼の名前は“ケンヤ”。昨夜の自己紹介の時に美蘭が一番衝撃を受けたことだった。

しかし身体付きはとても細く、声も仕草も姿も女性にしか見えない。それでも男である。


(世界って広いんだな……)


そんなことを考えながら、空腹を感じた美蘭は台所へと向かった。


・・・・・。


二時間後


「おはよう」


朝の挨拶をしながら昨日家にいた長身の男性、“キザミ”が居間に入ってきた。


「おはようございます、キザミ」


「おはようございます」


「美蘭もう起きてたのか。何時に?」


「あなたが起きる二時間前ですよ」


「へ~速いな。眠れなかったのか?」


「いえ、ぐっすり眠れましたよ。毎朝七時頃に起きていたので、それで目を覚ましたと思います」


「そうか」


「いつも通り朝ごはんは台所に並べてあるので食べてください」


「はーい」


刻は台所へ向かった。美蘭が時計を見ると九時を過ぎていた。


(もう二時間も経ってたんだ……)


「キザミはだいたいこの時間に起きてきますよ」


「もう一人の人は……」


「あの人は一時間後に起きてきますよ」


・・・・・。


「おふぁよ……」


眠たそうに挨拶をしながら、美蘭が元いた世界秘境界に詳しかった男性、“マザン”が居間に入ってきた。


「おはようございます」


「おはよう」


「おはようございますマザン。毎朝毎朝こんな遅い時間に起きて。美蘭さんのように早起きしたらどうですか」


「なんだよ。朝からうるさいなケンヤは」


まだ眠いのか欠伸をしながら答える。


「いつも通りコーヒーが台所にあるので飲んでください。その前に顔洗ってきなさい」


「はーい」


マザンは洗面所へ向かった。キザミも後をつける。


「すみません。みっともないところを見せて」


「いえ、大丈夫ですよ」


(ケンヤさんってしっかりしてるな……お母さんみたい……)


女の子のような見た目が余計そう見えてしまう。きっとまとめ役なのだろうと美蘭は感じた。

洗面所でマザンが洗顔しているところにキザミがやってくる。


「なんで今日になってケンヤはあんななの?」


「秘境界から客が来てるからね。みっともないところ見られたくないんだろ」


「客じゃなくて被害者なんだけど」


洗面所を終えたマザンは台所へ、キザミは居間へと戻った。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

時が過ぎて昼過ぎ。

昼食を一緒に食べた三人は各自自由な時間を過ごしていた。


「………」


そんな中、美蘭の表情は沈んでいた。


(お母さんもお父さんも……心配してるよね……)


美蘭を心配している両親や学校のことを考えると不安な気持ちでいっぱいになる。


(早く帰りたいな……)


今すぐ両親と会って無事を伝えたいと美蘭は思う。


「不安、ですよね」


言われて美蘭がケンヤの方を向く。


「こんなよくわからない世界に来て、不安ですよね。きっと美蘭さんのご両親も心配しているでしょう」


まるで心の中を覗かれたように言われて美蘭は少し驚く。


「なあ、なんとかならないのか?」


キザミがマザンに問いかける。


「昨日言ったろ。自然現象みたいなものだから時間が経つまでどうしようもないよ」


「………」


しばらく両親や学校に迷惑をかけると考えると再び表情が暗くなる。その時キザミがため息をつく。


「ちょっと外出るか」


「外出ですか?」


「みんなでな」


{?}


キザミを除く三人が不思議そうな表情をする。


「美蘭は一週間、長くて一ヶ月はルスリドにいないといけない。親が心配なのはわかるけどこれは仕方ないことだ。しばらくこの世界に滞在し続けるなら、近辺の位置情報を把握しておいたほうが色々と便利だろ」


キザミが立ち上がる。


「だから散歩だ。みんなでな」


「おお~さすがキザミ」


「良い案ですね」


マザンとケンヤも賛同した。


「………」


「行きましょう美蘭さん。私たちの住む世界のことを紹介してあげます」


最初に出会った時のようにケンヤが美蘭に手を差し伸べる。


「はい。ありがとうございます」


美蘭はその手を取った。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

外出の準備を整えて四人は外に出た。


「まずはどこへ行きましょうか」


「その前にちょっとだけいいか?」


マザンが手を上げる。


「珍しいな。どうした?」


「美蘭がルスリドに来た時に着いた場所を教えて欲しいんだ」


「はい。わかりました」


・・・・・。


四人は美蘭の記憶を頼りに、美蘭が一番最初に着いた町外れの路地に着いた。


(やっぱりないよね……)


一日経って再び穴が出ているかとわずかに期待したが、やはり穴はなかった。


「こんな端の方に出てきたんですね」


「マザン、ここに来た目的は?」


「秘境界は広いからね。適当に繋げても美蘭が住んでる場所の近くに着くとは限らないから、アンチゲートを頼りに位置を知ろうと思ったんだ」


「なるほど」


マザンは美蘭から穴の場所を教えてもらい印を付けた。


「美蘭はその後どうした?」


「えっと、路地を抜けて、すぐ近くにいた人に話を聞こうと」


「冷静だな美蘭」


「おう。もしかして昨日の嬢ちゃんか?」


路地を出てからすぐに、昨日美蘭が一番最初に話を聞いた商店の男性と遭遇した。


「昨日はありがとうございます」


「いやいや、力になれなくてごめんな」


美蘭は男性に丁寧にお辞儀をした。


「おう!マザン君じゃないか」


「どーも」


(えっ?)


マザンは素っ気なく返した。


「それで、嬢ちゃんのいた世界はわかったのか?」


「秘境界」


「秘境界!?」


男性も昨日のケンヤやキザミと同じように驚く。


「そっかあ、しっかり帰してあげなよ」


「ゲートが繋がったらね」


「嬢ちゃん、いい人たちに助けてもらったな」


「はい」


「よし、じゃあ俺は戻るよ」


男性は笑顔で自分の店に戻って行った。


「マザンさん知り合いなのですか?」


「いや、全然知らない人」


「まあマザンはこの世界じゃちょっとした有名人ですからね」


「知名度はあるのに人気はないけどな」


「別に人気なんていらないし。じゃあ次行くか」


「はい、行きましょう」


マザンが有名人だと言うことを深堀せずに四人は移動した。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ケンヤたちに導かれてルスリドを案内される美蘭。長時間巡ることである程度どのような世界なのかを把握することができた。

ルスリドはよくある中世ヨーロッパのような雰囲気ではなく、高い建物がまったくなく木造建築が多い。どことなく日本の古風な町並みが広がっていた。さらに町が山々に囲まれているいわゆる盆地の地形になっていた。電車やバス、自転車や自動車もまったく存在しない。町を移動する手段は徒歩だけのようだ。

都会とはまったく違う町の雰囲気を美蘭は気に入っていた。


「結構遠くまで来たな」


「だいたい自宅の反対側まで来ましたからね。もう私ヘトヘトですよ……」


立ち疲れたケンヤはその場でしゃがみこむ。


「美蘭は大丈夫か?」


「私も疲れてきました……」


「日も暮れてきたし、そろそろ帰ろうか?」


「いや、最後に行きたい場所がある。この時間帯だからこそ行きたい場所があるから」


と、マザンは歩き出した。そのまましばらく歩いていくと、長い階段のある場所に着いた。かなりの段数があり上まで続いている。


「えぇ~!?ここですか!?」


「この時間が一番綺麗だからな」


「私疲れてるって言ったじゃないですか……」


長い階段を登ることになりケンヤは失望している。


「ケンヤは待ってていいよ」


「置いて行くつもりですか?だったら私も行きますよ」


「ここかなりキツいけど、美蘭大丈夫か?」


「はい、大丈夫です」


「まあ一番見せたいのは美蘭だからね。じゃあ行こうか」


四人は頂上目指して階段を登り始めた。


(結構疲れるな……)


頂上までかなりの段数がある。歩き回ってすでに疲れが溜まっている美蘭は早速息が上がる。


「ハァ……ハァ……」


そんな美蘭よりも苦しそうにしているのはケンヤだった。一段一段辛そうに登っていく。


「先……行っててください……追いつきますから……」


「これはケンヤには辛いだろうな」


「おぶってあげようか?」


「結構です」


マザンの申し出を断り、手すりを使いながらゆっくり登っていく。キザミとマザンは美蘭とケンヤの様子を気にしながらさくさくと階段を登っていく。美蘭もケンヤを気にしている。


「ケンヤさん、大丈夫ですか?」


「大丈夫……です……美蘭さんも……気にせずに……先に行っててください……」


そう言われてもヘトヘトのケンヤを気にしながら美蘭も先に進んだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

約五分かけて階段を登りきった。


「お疲れ様美蘭」


「はぁ……はぁ……」


長い階段を登り終えて息を切らしていた。


「そっからルスリドを見下ろしてみな」


階段を登った先は展望台になっていた。展望台の先から眺めて見る。


「!!」


そこからは、ルスリドの町を一望することができた。さらに綺麗な夕日と相まって幻想的な光景が広がっていた。


(綺麗……)


無意識に美蘭はスマートフォンを取り出して、カメラアプリを立ち上げて写真を撮っていた。


「久しぶりに来たけど、やっぱ綺麗だな」


「そうだろ。辛い思いをしただけ絶景が拝めるんだよ」


キザミとマザンもその光景を眺めていた。


「ケンヤも見たらどうだ。最高だぞ」


「私は……別にいいです……」


無事に登り終えたケンヤだったが、体力が尽きたためへばっていた。


「体力ねーな、ほんと」


そんなケンヤを見てマザンは笑った。


「………」


美蘭は絶景に心を奪われてうっとりとしていた。


「どうだ。ルスリドの眺めは」


「私、この世界が少し好きになりました」


美蘭は笑顔でそう言った。それを聞いてキザミは満足そうに微笑んだ。


「そうか。それだけでも散歩した甲斐があったよ」


キザミが踵を返して階段の方へ戻る。


「じゃあそろそろ帰るか」


「ちょっと待ってくださいよ……まだ歩くんですか……」


疲れきったケンヤは嘆いている。


「もう疲れましたよ……もうマザンののう・・・!」


いきなりキザミがケンヤの口を塞いだ。


「バカ!言うなって言ったろ!」


「す……すみません……」


小さい声でやりとりしたため美蘭は気づかなかった。


「疲れたならおぶってあげようか?」


「結構です!帰りますよ!」


ケンヤは一足先に階段を下りて行った。


「なぜ頑なに拒否する」


「男だから恥ずかしいんだろ」


「親切心なのに」


ケンヤを追いかけるようにキザミとマザンも階段を下りる。


(仲がいいんだな……)


微笑ましいと思いながら美蘭も後を追った。

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