さあさこれより終わるは朋との契り、新たな神話の始まり始まり

「…………は、はあ?」

『神になるだけなら簡単だ。信仰があればいい。普通の人間は信仰なんざされないわけだが、幸い俺には適性があった』

「適性……? まさかお前、俺が聖人って呼んでたから!」

『いや、聖人様とかそういう事じゃねえから。何の因果かな、揺葉の呪いを何年も受けてたせいで俺はほら、女子からずっとつき纏われてただろ? あれが信仰っぽくなってた……あーほら。誰の物にもならないアイドルを推すファンの行動をさ、偶像崇拝とかって言うだろ? 俺は結局誰の告白にも応じなかった。揺葉が好きだったからな。それが良い感じに作用してる。偽物になる資格は得てしまった訳だ』

「…………」

 揺葉の存在を知らなかったから、水季君は勘違いした。これは仮に水都姫であっても同じだ。俺達に関わろうとする限りこっそり戻ってきていたアイツの存在なんか把握しようがない。

 隼人が己に掛けられた呪いに気づいたから、俺はこんな騒動に巻き込まれた。

 もしもあの時、は無数にある。俺達が辿った道は最後まで都合の良いもしものなかった世界だ。だが何もかも駄目駄目という訳じゃない。俺達に都合のよくなかった呪いの連鎖はここに来て遂に俺達に恩恵を与えてくれた。

『どうした?』

「神になったら…………また会えるのか? それとも……」

『会えねえよ。会っちゃ駄目だ。俺がやるのは飽くまで夜枝がやっちまった状態の維持だ。頼った神がロクでもないからこんな事になっちまったが、俺ならその心配はない。これが終われば、正真正銘のお別れさ』

「…………」

『泣くなよ』

「う、煩い! だって……声まで聞こえてるんだぞ! 会える時が来たら会えるってのも聞いたよ! でも……結局別れるなんて……割り切ったつもりだったよ。お前は死んだって思いたかったよ! でも声聞いたら…………なんか……すん」

 死んだからと言って、その人間を忘れる訳じゃない。死んだ人間にもう一度会いたいという願いは、忘れていないからこそ出てくるモノだ。死は乗り越えるしかないから乗り越えているだけで、割り切れる人間は少ない。死者が親しければ親しい程、割り切る事は難しくなる。

 アイツはもう死んだから、なんて。

 声を聞いたら、そんな気持ちは吹き飛んでしまった。

『…………そりゃ俺もだけど、もう俺は死んだからさ。会えないのが普通なんだ。普通じゃないのはお前を助ける為に仕方なく。こればっかりはもうどうしようもない。夜枝を蘇らせる事が出来ないのと同じようにな。それともお前は俺じゃなくて夜枝が生きかえってたら同じ様に言うのか?』

「当たり前だろ! 俺はどっちにも……死んでほしくなんかない」

『……俺も、きっと夜枝も同じ気持ちだぜ』

『え……?』

 それは気のせいだろうか。背中にのしかかる重さはまるで、そこに親友がいるかのよう。振り返れば全てが嘘になるような空白の刹那、幻想か妄想か、それとも本当にそこには居たのか。携帯を通して俺達は、背中合わせに話しているような。

『お前に死んでほしくない……いや、もう誰にも死んでほしくない。だから俺はこの存在を懸ける。失敗は許されない、お前を失うから。お前はお前だ、硝次。誰にもお前は渡さない。お前の人生は、運命は、お前自身が決める物だからな。死人として俺が護ってやるさ。誰と愛し合おうが誰に恋しようが知ったこっちゃない。だけど人生を奪うのだけは駄目だ。それは、俺が止めなきゃいけない』

「………………隼人」

『お前達が俺の復讐をモチベーションにしたなら逆もいいだろ。俺は俺の復讐を果たすし、お前達を生かす為に戦うんだ。お前だって死にたくないならもう迷うな。大丈夫、新宮硝次なら出来るって信じさせてくれよ。あの揺葉が好きになった男なんだ、俺に出来ない事をやってくれ』



「………………』



 二人で沈黙を共有する。ほんの数秒、俺にとってはどんな時間よりも長い逡巡。立ち上がって、歩き出した。


 ―――もう、泣き言は言わない。


 せっかく計画が狂ってくれて猶予が増えているのに、これを不意にするのはあり得ない。山を出るように歩いていると段々地面から色が抜け落ちている事に気が付いた。落書きの世界は見た目だけの変化とも思っていたが、どうも様子がおかしい。色の抜けた部分には雑草一つ生えていないばかりか……木が根っこを伸ばせなくなって倒壊しつつある。

「……お、おい。これって」

『揺葉に意識が向きすぎて世界が変化したんだろうな! 早く逃げろ、木に潰されるぞ!』

「うわああああああああああああああああああああああ!」

 そんな話は聞いていないが、塗り残しの余白と違って今回はそもそも色が足りていないように欠けている。違いがあるとすればその程度で―――誰か『オタケビ姫』にクレヨンの使い方でも教えてやれ!

 最初の木は俺とは無関係の方向に倒れたから油断してしまった。実に悪質な自然ドミノはあちらこちらで倒壊し、収束するように俺の周囲も崩れていく。木に切れ目を入れて風に倒してもらう手法とは訳が違う。根っこからシャベルで掘り返しているような……そんな無茶苦茶な倒れ方が連鎖しているのだ。

「ちょ、無理! 避けられねえよ!」

『木の下敷きになって生きてられると思うなよ! とにかく避けろ! 頑張れ!』

「ナビゲート!」

『ねえよ!』

 一度倒壊の始まった木々を全て躱すなんて、それこそ俺が今すぐにでもビルを超えられるようなジャンプでも使えなければ不可能だ。目の前を倒木が塞いでその一瞬足が止まったのを契機に、瞬く間に不運な事故が俺を取り囲んだ。

「ちょ、まっ」

『伏せろ!』

















『硝次! 起きろ! 生きてるか?』

「運よく……気絶もしてないよ。木に挟まれてもない…………ただまあ、身体は上手いことハマったな。動けな……い」

『……そうか。俺が神様になる為にはお前の血が必要なんだ。頼むから死んでくれるなよ。今助けを呼んだからもうすぐ来る筈だ。自分の体の事なんて考えず大人しく待ってろ』

「…………誰、だよ」



「新宮さーん! 何処に居るんですかー!」



 答えは隼人ではなく、半壊した森の外側から聞こえる叫び声が教えてくれた。錫花だ。夜枝が俺に渡したあれを頼りに追ってきているとは聞いていたが、もうこんな近くまで来ていたのか。

「…………お前が神になるのに必要なのって、何だ?」

『血は必要だな。場合によっちゃそれ以上も要求する。だけど安心しろ。ここはオタケビ姫の世界で、夜枝ちゃんの影響を受けた世界でもある。何か必要な物があれば必ずこの世界で見つかるさ』


「新宮さーん!」


「…………よく、分かんないけどさ。あれだ、俺にはよくわかんない儀式、するんだな」

『その通りだ。進行出来るなら誰でも良いが、こういう時の仲介人は水鏡みたいな専門家にやらせた方が楽だろ。怪異姫の血がどれだけ役に立つか見物だな。問題は……場所だな。やるべき場所は決まってるが、そこは多分水都姫も思い当たりやすい場所でもある。最後の妨害は避けられない』

「…………学校か?」

『そうだ。学校で全てが始まった。それぞれの思惑がかみ合わなかった結果誰も望まない呪いが引き起こされた。終わらせるには丁度いい場所だ』

 

「新宮―――きゃあああああ!」

 

 足元の方向から錫花はようやく俺を見つけた様だが、何かに怯えている。「どうした?」と聞いても返事がない。何度喋っても聞こえていない様だ。

「錫花。何があった? 早く助けてくれ。結構、動けなくて苦しいんだ」
























『おーい、錫花ちゃんよ。聞こえてるか? 悪いけど最悪の事故に遭った。君の力で治してやってくれ』


「…………周囲から色が落ちつつある事に何か関係があるんですか?」


『色の無い場所には何も存在出来ないからこんな事になっちまったよ。見ての通り、硝次の下半身はぺしゃんこだ』


「こ、こんなの治せません! 治せませんけど………………新宮さんには、ありのままを伝えないで下さいね」


『女ってのは素直に何も言えねえのか? ……っと、俺が言えたクチじゃないか。分かったよ、どう伝える?』













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