死人裁の御神様

『大体よ! 話がおかしいだろ! お前等何勝手にむかついてんだ? 一番ムカついてるの、勝手に利用された俺だから。フラれて、親友傷つけて、挙句こっちの成果を勝手に奪われて。流石の俺も怒るぞ。馬鹿じゃねえのか? お? お前等こんな酷い目に遭ってる俺を差し置いて復讐かよ。あ?』

「…………」

「…………」

 あの隼人が、怒っている?

 聖人と俺が勝手に呼んでいた所以は殆ど自分がどんな目に遭っても怒らないという事だ。夜枝の時でさえ怒っていたのに家を貸してくれるというだけで水に流していた。

 圧倒されているのもそうだが、殺された奴が殺した奴に復讐するべきという理屈はごもっともすぎて言い返せない。殺人その物に抵抗がある以上自ら進んで行いたい理由はない。

「……ねえ隼人君。アンタの言ってる事は尤もだけど、さ。もしかして―――いや、もしかしなくても私達の事を気遣ってる? 殺人は良くない事だから、特に硝次君の手は汚したくないとか思ってんの?」

『死人に口なし。お前らが俺を好き勝手ダシにしてくれたんだから俺が俺を使っちゃいけない理由なんてないだろ。どうせ手を汚すなら死人がいい。生きてるなら法律とか人権とか倫理とか守らないといけないかもしれないが俺は死んでる。守る必要がない。考えてもみろよ、刑務所だって死刑より重い刑罰は設定出来てない。もう死んでる奴を罰するなんて無理なんだ。だから殺すなら俺の方が良い』

 

「ね、これ使えるかしら」


 話している最中も動いて落ち着きがないなと思っていたら揺葉が見つけたのは髪の毛で束ねられた人形だ。黒い髪は茶色焦げ付いて縮れているが、まだ人形として認識できる程度には固まっている。気味が悪くて俺なら足でも触りたくないが、彼女は胴体に指を突っ込んで突き刺すように持ち上げている。

「何に使うんだよそんなの。ていうか何であるんだ?」

「知らないわよ。でもここは『神話』の世界なんだから『オタケビ姫』とは無関係じゃない。隼人君はどう思う?」

『ああ、大ありだ。しかも『オタケビ姫』の代わりに神を造るなら縁のある物体があった方がいいだろう』



「しょ、硝次君…………こ、ここに居るの…………?」



 遅かれ早かれと言った所だったが、いざ入ってこられると喉がきゅっと締まる気分で息苦しくなる。部屋の中で屈んで視界の上でも発見されず、顔を隠しているから神の力でも俺達は見つけられない筈だ。

『どうせここは行き止まりだ。あいつらが奥に行った瞬間、入り口まで走れ。いいな』

 携帯の音はスピーカーを解除され、最小の音声で囁かれる。それにしても隼人は一体何処に居るのだろうか。揺葉は場所を教えると言ったがあれは俺を動かす為の方便だとして、ここまで的確に状況を把握しておきながらどこにも姿が見えないのは妙だ。

 でもその話は後にするべきなのだろう。水都姫の声を聴く事だけに全霊を注ぎ込む。目視はしない。リスク回避を徹底する。

「い、居るなら出てきてくれると……嬉しいんだけど」


 ガサガサガサガサガサ。


「……あ、謝ってもいいよ……は、話したいな……硝次君……うひひ」


 ぎ̶͓͈̖̊̾͋͊́́͜͞だ̸̛̜̦͕͔̲̥̊̔͊̍̏̎̽͒͜だ̸̣̯͈͗̋͛̏̎̌̆̓͜͝り̶̢̰̗̟͉̒̂̕ぎ҈̨̲̞͓͈͎͙̓͋̍̿̃̿͡り̶̛͙̝͖̦̲͍͙̔́͌̉̾̀̈́͛͢が̵͎̘̂̊͜͠い̷̡̛̦̦͈̔͂̽͆̒͐̉ら̵̧̳͎̙͇͇̲̬̟̌͒̆̀̃́̆͝い̷̡̱̜͍̍͂̌́̓̾͝で̵̨̛̳͓̫̟̳͉̱̬͋̍͒ゃ̵̢̙͇͔̦͇̳҇̍̆̏̆い̷̧̮͖̮͍̝̈́̔̉͊̕で҈͕̫͕̯̩̈̈͋̔̑̀̚͜͠ͅゃ̴̨͇͈͖̞̜̜̫̱̾͊͒̿̓̐͝


 水都姫の言葉を遮るように音がする。この世のモノではないと察した事に理由なんか要らない。本能だ。自然にあんな音はない。それでも無理に例えるなら、掻き毟っている。散々薪を燃やした後の灰に指を突っ込んでいる。このザラつきと不快感は何とも形容しがたい悪寒を与えてくれる。

「ねえ、居るんでしょ……? 二人だけで話そうよ……硝次君……硝次君…………硝次君……♡ 誰にもアナタは渡さないよ……」

 おどおどした喋り方は変わっていないのだが、受ける印象が大きく変わっている。自信無さげな喋り方は一転して脅しっぽく陰湿になり、言動に反した実際の言葉の強烈さはストーカーのように性質が悪い。性格が豹変してくれるならその方がまだ理解出来た。

 俺の知っている水都姫のままなのが一番怖い。

「硝次君…………何処…………? 水季は……殺したの……? それ、い、い、いけない事だよ……」

 声が奥へと遠ざかっていく。揺葉と二人で隼人の画面に音で尋ねると、小さく『今だ』と聞こえた。


 大きく足を踏み出して入り口に向かった瞬間、水都姫が首をあらぬ方向に曲げながら俺達の方へと振り向いた。

「見つけたぁ~!」

「走れえ!」

 視界の移動は一瞬だったが、髪の毛に火がついて身体中を火傷痕のような黒いシミが彼女の身体を浸食している。風貌はまるで別人だが、当人は気にも留めていない。

「早く行って!」

「揺葉お前先に行け!」

「アンタ捕まったら元も子もない! 早く行け!」

 お尻を蹴られながらも懸命に穴を抜け出して再度森の中へ。土地勘は全くないが外側に逃げれば大丈夫だろうと当てもなく走り出す。そもそも位置がバレているなら関係ないだろうと包帯は外したが、何度も何度も走らされるのは体力的にきつい。俺が陸上部に入っていないから!

「硝次君! 一回ぶっちぎって!」

「いや、無理!」

「無理じゃない! やれ!」

 後ろから余裕をもって追いついてきた揺葉が肩を通り過ぎて俺の足を引っ張る。自分が出せる以上の速度が出ているから今にも足がもつれそう。地面から浮いた根っこに何度も躓きそうになって、それでも転ばなかったのは奇跡としか言いようがない。

『揺葉に喋る余裕なさそうだから俺が喋るぞ。いいか、まずお前がこの携帯を代わりに持つんだ。そうしたら次は、その包帯巻いて適当に隠れろ。揺葉が代わりに引き付ける』

「え! でもそんな事は……逃げる算段はあるのか!?」

『ない。だけど分かるだろ、アイツに死ぬつもりなんて毛頭ない。とにもかくにも大切なのはお前が水鏡と合流する事だ。友達だろ、信じられないか?』

「…………」

 信じるとか信じないとかではないと思う。信じたいけど、死んだらと思うと割り切れない。不安そうに揺葉の方を見ると、頬を押されて視線が正面に戻された。余所見につき、危うく木に激突する所だった。

「この事件終わったら、七泊八日。二人で温泉。それで手を打ってあげるわよ」

「…………俺はお前、絶対約束守るから、死ぬなよ!」

「誰に向かって言ってんの?」

 揺葉は画用紙を外すと、俺達から離れるように走り出した。


 去り際、「アンタを好きな気持ちは誰にも負けてないんだから」と言い残して。



















 揺葉の位置が遠隔でバレてしまうからこそ、一度視界から消えた俺を追うには彼女を追うしかない。隠れるという行為がたとえ草むらに寝転がる程度の事であっても逃れるには十分だった。

 携帯を握り締めて、詰まった息を吐きだす。

「―――居るか?」

『いるよ。いつまでもな。死んでからずっとお前を見守ってる。さあ行くぞ。向こうもお前を探してる筈だ。計画はきちんと崩れてる。水都姫の奴は計画が狂いっぱなしさ。夜枝に自殺されたせいで水鏡を狙いに行き辛くなった。先に俺の身体が必要になったのさ。でもいいよな、アイツだって俺の思惑を利用したんだから』

 上体を起こして、草むらの中で座り込む。もう尋ねる機会は永久に無いような気がして、聞くしかないと思った。これ以上先に進めば、『神』を造る為に色々とやらなければいけない事がありそうだから。

「……なあ。隼人。こんな電話越しじゃなくて俺は会って話したいよ。何処に居るんだ? 何処にも居ないのか?」

『俺は隠れなきゃしょうがないだろ。場所は誰も知らない筈だ。誰に聞かれるかも分からないからな。大丈夫だって、安全だと分かったらこっちから出向いてやる。水鏡と合流しろ。生と死の境に立つ血筋が必要なんだ。道路に沿って歩けばいつか神社まで戻れる。まずはそれからだろ』

「いなかったらどうするんだよ。俺が衝動的に飛び出したのが悪いけど、俺を探してたら入れ違いになるんだぞ」

『いいや、それも心配ない。何故ならお前は霧里夜枝に名前を書かれたあの形代を貰ってる。あれは元々水鏡錫花の持ち物だ。本来身体を入れ替えたアイツが自分を見失わないように与えた。あの子はそれを辿ってるからまず合流出来る』

「夜枝は…………全部分かってたのか? こういうの全部」

『おいおい。恋してる女は何より強いってお前も散々な目に遭って理解したろ。生きてる限り味方になりきれなかった後悔があるんだろうな。ほら、歩けよ。お詫びに手段について説明してやるからさ。神を造るって話……ああ、あの時は邪魔されたよな。お前も具体的な内容が気になってるんだろ? じゃあ率直に言うぞ』









『俺が、神様になってやるんだよ』

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