七日間で世界を造ろう
「…………神を」
「造る!?」
『いや、硝次。お前が驚くのはおかしい。前軽く聞いただろ』
そう言われても全く思い出せないので、多分詳細に語られていないか軽く流されたかだ。その時必要じゃなかった情報なら当然覚えていない。むしろずっと見てたとはいえどうして隼人の方が覚えているのか、というくらいだ。
「何それ、神様って作れんの?」
『偽物だからな。神様つってもほら、お化けよりだ。マジモンの神様が居るかどうか俺は知らんが、少なくともオタケビ姫はマジモンじゃない。いいか? このままあの神様を無力化したら取り返しがつかなくなる。霧里夜枝が始めたこの状況を継続しなきゃみんな死ぬんだ。だから神様を作って首を挿げ替える。簡単な話だな」
「しょ、硝次くーん! 何処にいるのー!」
入口を通して、地上から水都姫の声が聞こえてくる。いつものやや怯えを含んだような声音にむしろ俺が困惑している。自分が犯人の癖にどうしてこんな白々しい声を出せるのだろうか。こっちがそこまで気づいていないとでも? 家に戻ったらただ水都姫達が消えて取り乱したって?
いーや、夜枝が消えて『オタケビ姫』の力が弱まったならそこからある程度察しがつく筈だ。
「……もしかして水都姫って、ああ見えて異常者なのか……?」
「ああ見えてっていうか、こんな事してる時点で異常者でしょ」
『……悪いな。ヘタレでよ。利用された俺が馬鹿だな」
「傷口に塩塗ってる訳じゃないわよ……」
「新宮先輩~悪い事言わないから、さっさと見つかってくれた方がいいですよー」
対する水季君のストレートな脅し文句は、見事俺達を嵌めた男に相応しい不遜ぶりだ。彼のせいで気づくのに遅れた。彼の疑い方を間違えたから遅れた。町内放送で無理やり『神話』を聞かせるなんて大胆過ぎる手法も含めて、一番油断しちゃいけない相手だ。
タ̵̧͍̜͓̊̽͡ベ̴̧̰̳͙̌̀͡タ̷̠̭̗̋̎̚͜͝イ҉̡̯̮̋͞
「「『!!!」」』
背筋を舌が這いずり回ったようなざらついた悪寒。顔を物理的に隠されている俺には何がなんだかわからないが、何か居るなら揺葉の反応はおかしいし、電話越しに何処かに居る隼人まで反応するのはおかしい。
「……何、今の」
『弱ったな。アイツ等が居なくなるまで隠れるつもりだったのに粘ってやがる…………ああクソ、最悪だ! お前等、今すぐにそこを出ろ!」
「え、何々!? 何で!?」
「この場所の事を知らなきゃ粘る意味がない! あいつら知らないフリして俺達を待ち伏せてるんだ! 奥に行けば出口があるから走れ! 早く!」
「お、俺はこのままかよ! 視界はせめて確保してくれって!」
隼人の反応はまるでたった今外を見て確信を得たように豹変した。アイツは本当に何処に居るのだろう。電話越しじゃなくて直接会いたいのに……まあ、今はそれどころではないか。揺葉の感触だけを頼りに地下壕の奥へと進んでいく。顔を隠すったって全部隠す必要はないだろうと道中、自分で目を確保した。
「地下壕の癖に足元に空洞あるとかどうなってんのよ。何これ、更に降りるの?」
『梯子がどっかにある筈だ。ここに入るだけなら他の入り口もあるから探せ! アイツ等、多分入ってくるぞ!』
「いや~もう入ってますけどね」
背後からの声に振り返ると、三嶺水季君がおかめのお面を顔に掛けながら俺達を見つめていた。何もかも計画通りに行った表情はさぞかしご満悦と言いたかったが、彼の顔はおかめの呑気なお面で隠さなければどうしようもないくらいの怒りと、覇気に満ちていた。
「……貴方が新宮先輩のお友達ですか。初めまして」
「初めまして? そんな事ないわよ、私だってずっと学校に居たから。よくも硝次君を大変な目に遭わせてくれたわね」
「いやまあ、はい。認めてくれるんだったらさっさと降伏してくれると嬉しいんですけどね。姉ちゃんに迷惑かけないで下さいよ。もうそっちも手遅れだって分かってるんじゃないんですか? それともまだ策でもあります?」
―――隼人の作戦を知られる訳にはいかないな。
多分彼は追い詰めたつもりではなくて、探りに来た。未だに逃げ回る俺達の真意を見ているのだろう。幸い、顔は隠れているしここは暗いから反応で判断される事はないとしても。俺は余計な事を言いそうだ。揺葉か―――隼人に任せる。
『あー。よう、水都姫の弟。お前だよな、俺の呪いをパクった奴は。いやあ、死ぬ間際まではどうしてこんな事になったか疑問だったけど、今なら分かるよ。勘違いだろ』
「…………」
「どういう事?」
『揺葉。お前は女子の呪いを上書きする形で硝次に使ったな。それが全ての始まりだ。アイツ等はお前の存在なんか知らないから、それが分からなかった。同じ校庭に埋められた呪いを使ったがそれは女子のじゃなくて―――俺のだった。だから今回の騒動はある意味事故なんだよ。お互い望む形にはならなかったせいでこんな事になった。俺を、他の男どもを巻き込む気なんて更々なかったんだ。掌の上なんてそんな事はない、向こう側ももう引き下がれないから徹底的にやってるってだけだ』
「…………」
水季君の表情が険しくなっている。図星と言わんばかりで―――そもそも姉や『オタケビ姫』を引き連れていないのが彼の真意であり、隼人の読みの正否だ。本当に何もかも首尾よく言ったのなら、後は俺達を詰ませるだけ。なのにそれをせず、わざわざ自分だけで接触しに来た。
「呪いをどっちが使ったか分からなかったけど、隼人が言うなら君なんだな。お姉ちゃんに言われたからしたのか?」
「そうですね。全部姉ちゃんが悪いと思います。全部姉ちゃんのせいです。姉ちゃんが…………はぁ。考えても、何でアンタみたいな人を好きになったんだか分からないですね。結局姉ちゃんとの出会いも思い出してないんでしょ?」
「そんな印象に残る出会い方はしてないと思うけど……」
思い出してないのは水都姫だけではない。最後の最期まで夜枝との出会いについては何も思い出せなかった。そういう意味でも彼女は特別ではなく、俺にとっては普通の事だった。昔の俺が覚えているあらゆる出来事は殆ど揺葉か隼人に繋がっており、それ以外は日常風景。『無害』が『無害』足り得るその成長過程に過ぎない。
「嘘だ」
「え?」
「俺、姉ちゃんからもう頭痛くなるくらい聞かされましたよ。新宮先輩との一週間。それがどんなに濃厚でどんな運命的出会いだったかも~う空で復唱出来るくらい聞かされたのに印象に残る出会い方をしてないって、デタラメ言うのも大概にしてくださいよ」
「はあ?」
何、その一週間。
当たり前のように言われても、そんな一週間は存在しない。揺葉と顔を見合わせるが、彼女にもそんな心当たりはない。当たり前だ。揺葉が知らないならまず知らない。夜枝の事だって何となくでも彼女の方が覚えていた。その何となくも、身体自体が違うから正確に思い出せない理由にもなっていたし。
「ああ、もういいですよそんな事は。何が『無害』ですか。姉ちゃんとの出会いも覚えてないのによく言いますねそんな事。だから俺、アンタが嫌いなんですよ」
「そんな事言われても俺は―――」
「待って硝次君。この話は終わり、もう危ないから」
揺葉が携帯を通話画面からライトに切り替えて彼の手元を照らす。いつの間にかそこには匕首が握られており、切っ先は俺達へと向けられている。
「責任取って、死んでほしいっすね。新宮先輩」
「………………? 水季君 その行動は」
『お前も気付いたか硝次! 言ったろ、ただ引き下がれなくなっただけだって! まあこの状況は危ないんだが!』
「こんな状況で私を置いてけぼりとか正気!? どういう事か説明してよ!」
「彼が何でわざわざ一人でここに来たのかって事だよ! 隼人が何処まで気づいてるのかとかは知らないけど……多分水季君は、呪いの完全成就を願っちゃいない! そうなる事を望んでないんだ!」
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