ヤンデレイズ・カルテット

「……隼人! そこに居るのか!? 隼人!」

 彼女が突き出した携帯にしがみついて至近距離から再度声をかける。諸々面倒な事情など全く知らないが、ただそこから親友の声がする事だけは確かだった。

『よう、硝次。元気にしてたかって言っても……まあ知ってるから、近況報告はいいぜ。良く生きててくれたな』

「お前……何で」

『話は後だ。お前、顔も隠さずにここまで走ってきたろ。取り敢えず俺の墓からまっすぐ進め。地下壕みたいな場所があるから、そこで顔隠せる物探してこい』

「え、何? 顔を隠さなきゃいけないルールがあんの? ちょっと隼人君! 私そんなのきいてないんですけど!」

『そんな時間制限が短い訳でもないからお前もついていけばいい。早くしろ、俺だって隠れるのに限度があるんだ』

 死人の当事者にそう言われたら従うしかない。二人で走りながら目的の地下壕とやらを探してみる。ここに至って頭はようやく冷静になり、錫花達を置いてけぼりにしてしまった後悔が襲ってきた。


 ―――でも、大丈夫だよな?


 当初、俺は錫花が狙われている物だと思っていたが、それは正しくて正しくない。恐らく『神話』に引きずり込んだ時点で接触していなければ水都姫達にとってはどうでもよかったのだ。根拠は再会した時の素振りだ。こっちに来てからも追い回されていたならもっと焦っていただろうし、神社に戻るまで呑気に歩く事もしなかっただろう。

「ちょ、ちょ、ちょ。説明いいか? 色々頭がこんがらがってさっぱり分からない! 何で隼人は生き返ってる!? お前は何処に居たんだよ!」

「私は『オタケビ姫』の効果範囲を調べてたの。それにこういう妙なルール働いてる場所は何も知らないまま内側に放り出されたら死ぬって分かってるし、出来るだけ安全の為にね。そうしたら隼人君から電話かかって来ちゃった。私だってびっくりしたの」

『もう知ってると思うが、オタケビ姫は現実側にも影響力を出してた。そうだよ、あの霧里夜枝って子が本来死んでたように、俺も死んだままずっとお前の事を見てた。何でそうなったかなんて聞くなよ、俺も知らないから。でも、幽霊みたいになってたって事はこの神話の世界じゃ動き回れるって事でもある。硝次。今までよく頑張ったな』

「………………!」

 まだ何も解決していないのに、終わっていないのに。涙が出るのは何故だろう。隼人に褒められたから? 報われた気がしたから? どっちでもいい。どっちだって一緒だ。それに多分、どっちでもない。

 隼人とまたもう一度協力出来る事が嬉しいのだ。

「お前の身体が目的ってのは本当なのか!?」

『なんつーかさ……俺が死んだのは成り行き上仕方なかったって思ってたけど、あんな神様がいると恣意的なもんを感じるよな』

「意味が分からないんだけど? 私蚊帳の外?」

『あー……お前は分からなくてもしゃーない。硝次、霧里夜枝があんなに神様にとって致命的だったのに放置されてた理由は聞いてるか?』

「……境遇が重なったとか、だったよな。凄いな、神話の中に居るだけで色々知ってるんだな」

『そうだな。神様は……ああ、これなら揺葉も分かるんじゃないか? 怪異ってのは自分に縁があったり執着があるモノを好むもんだ。霧里夜枝が己自身の写し鏡として見られていたなら、俺は差し当たっては好きだった人の写し鏡って所だな。水都姫の奴が接触したのは間違いなく高校に入ってからだし、筋は通る』

「……ふーん。水都姫。そんな名前なんだ」

 地下壕とやらを探し続けていたら、ようやく入り口を発見した。見た目は山を切り取って崖にしたみたいだが、ちゃんと小さな入り口の穴が開いている。大丈夫、まだ自分の名前は把握出来ている。夜枝のお陰だ。

 火楓さんの説明は半端だったが、顔を隠さないと何か不都合があって、顔を隠したら隠したで自分の存在が曖昧になるから自分の名前をメモしておかないといけない。揺葉が蚊帳の外だったのでその事を教えておくと、彼女は続きが気になった。

「顔を隠さないとどうなるのよ」

『普通に位置がバレるぞ。常にバレてる訳じゃないけどな。だから今、こっちに色々向かってる。水都姫を始めにオタケビ姫もな。でもそれでいいんだ。呪いでいい様に仕えた手駒を全部消したのも誤算……いや、連携ミスだ。神様と契約なんぞしたって都合よく動いてくれる訳もない。水都姫が欲しいのはお前、神様が欲しいのは俺。お互いに欲しいのが一致してないからこういう事が起きる』 

 隼人は神話の中にずっと居ただけあって段違いに詳しくなっている。そして一度死んだ以上、何かを隠す意味もない。久しぶりに話したけれど、世界で一番信用出来る親友がそこには居た。

「ていうか顔を隠す物って何!?」

『何でもいいから、被れるモノだ」

 地下壕の中には人工的に生活空間が建造されており幾つかの小部屋が見受けられる。入り口こそ小さいし雑草に隠れているが中は広いもので、食料さえあれば秘密基地としてこんな素晴らしい場所はないだろう。所々で見受けられるベッドは破損しているものの、所詮は子供の落書きだ。落書きが多少汚くても落書きからそれ以上ランクダウンする事はない。

 寝心地は画用紙だが、使う分には不自由もなかった。

「なあ……時間ないのは分かってるんだけど……お前等ってその……」

『微妙な関係はお終いだ。ちゃんと告白して振られたよ。出来ればもっと前にそれが出来たら苦労はしなかったんだが……俺も男だからさ。モテるくらいかっこいいならその内振り向いてくれるんじゃねって思ってた。自惚れだったよ』

「真実の愛ってのは私と硝次君みたいな事を言うの。アンタはお呼びじゃないから」

『ま、そういうこった。お前が気にする事はないぞ。今、俺達はお前を助ける為にまた共闘してるんだ。お前だけは死なせない。感傷的になりたい気持ちは分かるが一旦終わってくれよ。そもそもここに来た理由は―――」


 

 ガガッ!



 がががががががががががぎぎぎぎぎぎぎりぎりぎりりりっりりりりりりりり!



 地下壕全体を揺るがす振動……否、歯軋り? 大きな口と臼みたいな歯が擦り合わさって、破砕しているような物音。深度が浅かろうとここは地下だ。ダイナマイトを爆発させた訳でもあるまいし、半端な物音は届かない。

「硝次君、これ!」

「え、え、え、え!」

「馬鹿! アイツ等来たんでしょ早く着けろ!」

 状況が呑み込めないで身動きの取れない俺に業を煮やした揺葉が絵の具で汚れた包帯を顔に巻き付ける。一方彼女は、画用紙みたいなベッドの一部を切り取ってキョンシーの様に顔に貼り付けてやり過ごしていた。

『一回位置がバレたとはいえ、細かい座標まではそんな直ぐには分からねえだろ。ギリギリセーフって所だ。ナイス揺葉』

「い、今の音ってなんだよ! あの音は……なんか、歯が擦れてる感じだったけど」

『神つっても化け物だからな。まともな顔はしてねえよ。そろそろ身体も出来上がってきた頃で、後は俺を食べるだけなのかもな。ともかく、暫くはここでじっとしてろ。その間、俺の方から策について話がある」

「…………全部助ける方法が、あるんだよな」

「無関係な人間と、先生だけなら何とかなる。やり方はここで言っても仕方ないんだが、取り敢えず結論だけ言うとな」







「神を造る」

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