NoT Retry放送
「……」
簡素な造りの夜枝の墓を、二人で眺めている。話し合ってみろという誘いを受けてから何を話していいかわからなくなって、この状態だ。
「……錫花。俺はお前を犠牲になんてしたくない」
「はい」
「かと言って町をこのままにもしたくないんだ。何もかも戻るとは思わないけど、関与しなかった人間くらい蘇ってもいいじゃないか。我儘だと思うか?」
「…………分かりません」
彼女は仮面を外したまま呆然と墓を見ている。ただ位置関係として彼女は俺の前方にいる為、その素顔は見えない。見ない方がいい。今はそれが大事だから。
「水鏡家として人を救うべく犠牲になるのはこの血筋の務め。これまでは死ぬ事に恐怖などありませんでした。ええ、なのに今はこんなにも……当主様の気持ちが分かります。死んで貴方と離れる事が怖い。でもそれは私の我儘で……ああ、こんな気持ちになるぐらいなら、好きになんてならなければ良かった……なんて、そうも思えないのが私の弱い所です」
「…………」
お互いに譲歩など出来る筈がない。ここでの譲歩は覚悟を決める事。町を救うために錫花を犠牲にするか、錫花を救うためにそれ以外の全てを見捨てるか。また自分を犠牲にするかしないかの。そんな答えを出したくないトロッコ問題。
どちらが正しいか?
きっと正しさなんてものはない。
客観的な正しさにどんな意味がある? 正しいとしても選びたくないこの状況でそれは意味をなさない。大事なのはその選択を信じられるか。一度決めたからにはやり遂げるつもりかどうかだ。
錫花を犠牲にしてからじゃやめる事なんて出来ないし。
町を犠牲にしてから救う事も出来ない。
俺はどっちを信じればいい?
「……お前と出会う前、もっと言えばこんな事件が起きる前、俺は『無害』って呼ばれててさ。まあ、こういうもめごとに縁は無かったよ」
親友に助けを求めるように、誰に聞かせるつもりもなく独り言を語りだす。
「央瀬隼人は俺の中では聖人でさ。男からも女からも人気だった。女からの人気はまあ揺葉が悪いんだけど、でも呪いが全てじゃなかったと思うんだ。だって考えてもみてくれよ。モテモテってだけじゃ男も爪弾きにはしねえけどさ。あのモテ方は呪いのせいだ。隼人君が好きだから別れるって言われた奴も居たって不思議じゃなかった。なのに、居なかったんだよ。アイツは男子にも歓迎されてた。優しくて、気が良くて、頼りになって、カッコイイ。太陽みたいな奴だった。子供の頃のドッジボールなんて、アイツが居ないと盛り上がらないからやめようなんて時もあったんだ。ほんと、圧倒的だった。俺にとっては自慢の親友……そして、俺が『無害』だったから継続出来た関係でもある」
「央瀬先輩が、好きだったんですね」
「……自慢の親友さ。今でもちょっと思うんだ。俺みたいな奴じゃなくて、アイツだったら。アイツならこんな状況も解決出来るんだろうって。理由はないけど信じてる。信仰って言ってもいいぞ、央瀬隼人に不可能はない。俺はずっとそう思ってたからさ」
「…………」
「俺さ、昔から優しかった訳じゃないんだ。もっと本当に子どもの頃は、悪ガキだったと思う。始まりは多分、揺葉に好かれたくて背伸びした。でも隼人と知り合ってからは、こんな男になりたいって思って。友達に憧れるってのは変な事じゃない。俺が真似出来そうな部分だけでも真似しようと思って」
「それが優しさだったと」
「中途半端だったけどな。それが『無害』の真実だ。出過ぎた杭になる事もなく、孤立もしない。目をつけられるような個性もなく、嫌われる要素もない。なあ錫花。自惚れって事でいいからさ―――俺の何処を好きになった?」
「そういう繊細な所が、好きです」
仮面を付けた錫花がこちらに向き直る。優しく手を握って、目が微笑んだ。
「貴方は自分の出来る事を精一杯やろうとしている。どんなに無理だと思っても、時には大胆に、人の善性を失わないまま、ただ良くあろうとしている。それはとても難しい事です。この状況で発狂する事も出来ず、肉欲に溺れる事も自分で許さなかったその心が、自分には責任があると向き合い、こんな状況でもまだ私を助けようとするその無謀さが、友達について話すだけで凄く楽しそうなその慈しさが。顔も見せない私の事を好きでいてくれるその無垢が。大好きです」
「…………」
「言葉にしたら、嘘になります。本当はもっといっぱい好きな所があります。私は全部伝えたい。だから本当は死にたくない。でも……もう私が死ぬしか、現実的な解決策はないんです。『オタケビ姫』はいつまでも待ってくれません。水都姫さんはもっと待ってくれないでしょう。早くしないと手遅れに―――」
「ぃええええええええええええええええ~い! 硝次君! みってるぅ~?」
町中に響き渡るノイズ混じりの不安定な音声。町内放送のスピーカーから聞こえているのだろうが、これはそんな業務的な内容じゃない。開幕早々、俺の名前を呼ぶ声が。音はノイズが酷くて人物が判然としない。
「私はぁ~隼人君と~一緒に居まーす! 『オタケビ姫』が欲しいのは、彼のかっらだっだよ~ん! 普通に危ないので、硝次君が彼を埋めた場所まで取りに来て下さーい!」
「え、え!?」
「―――揺葉!?」
何で町内放送を使って連絡を。
じゃなくて。
隼人が……居る!?
「それと~硝次君に呪いを掛けたそこのお前? この放送聞こえてると思うけど~アンタの企み徹底的に潰してやるから覚悟しなよ? 私の名前は~才木都子! 隼人君を掌握した次は~硝次君の番だぜ! きゃっきゃっきゃ! じゃあな! 死ね!」
ぶつっと放送が切れた瞬間、俺の足は動いていた。
「新宮さん!」
俺が隼人を埋めた場所。分かっている。俺しか分からない筈だ。連れて行ってくれた先生は死んで、それを知る人間は他に誰も居ない。揺葉でさえ知らない筈だ。
それを知っているという事は。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
塗り残しの目立つ道路を、体力のペースも考えずに走り抜ける。本来は車で通った道を人力でこなしている。時間がかかるのは分かっていたが、どうでもよかった。隼人が生きていたなんて知らなかった。
話したい事がある。
誰よりも、何よりも優先して。
謝りたい事がある。
死んでしまって、取り返しがつかないと思っていた。
「は、はやと…………はやと!」
一度だけでいい。
話がしたいだけ。それ以上は何も望まない。生き返って欲しいなんてそんな事は言わない。顔が見たい。生きている姿を、嘘でもいいから見ないといけない。それだけで十分だから。
「はあ! はあ! はあはあはあああはああああはああはははははああはああああああああ!」
笑い声なんだか叫び声なんだか息継ぎなんだか自分でもよく分からない。走っている。車なんて走らない。道路を堂々と走っていればいつかは到着する。誰よりも先に誰よりも先に誰よりも先に誰よりも先に誰よりも先に誰よりも先に誰よりも先に誰よりも先に。
一時間以上走って、ようやく到着した。
体力はとっくに切れていたが、不思議と足は止まらなかった。ただ埋めた場所まで一直線。その道のりが獣道であっても関係ない。枝を踏み潰し、葉を蹴飛ばし、たとえ転んだとしても止まりたくない。
「揺葉!」
「硝次君。良かった。まあこの場所知ってるのはアンタしか居ないから先に来る事はないと思ってたけど―――」
「隼人は何処だ!?」
「ちょっと―――」
「何処だって聞いてるだろ!」
「―――アイツはアンタに会う気ないわよ。合わせる顔がないから、嫌だって」
揺葉は嘘をついていない。ここに居る事こそその証拠だ。先生に車で手前まで運んでもらってそこからは徒歩で山中を歩いた。よしんば車を追跡できても山の中はどうにもならない。埋葬している現場まで近づいたら流石に気づいただろう。
その彼女がここに居るという事は、埋葬された本人が場所を教えたからとしか考えられないのだ。
「そんな…………」
「場所を教えても良いけど、その前に一つ聞かせて。アンタ、この町をどうしたい?」
「…………………何でそんな事をお前も聞くのか分からないけど、出来る事なら全部救いたいよ。呪いに関わった奴全員蘇らせるのは無理でも、せめてこれ以上の犠牲と、無関係な人々を死んだままにするのだけは避けたい」
「その為なら、どんな事でもする?」
「―――何か策があるのか?」
「答えて!」
どっちかなんて選べない。犠牲なんて出さない方が良いに決まってる。犠牲が出ない方法を取ろうにも具体的な道筋がないから悩まされていた。犠牲が出た方が簡単に収まるからそれを選ぶべきだとも暗に言われていた。
もし揺葉に、策があるのなら。
これ以上誰も死なせないでいいのなら。
「―――ああ。神様なんて怖くない。どんな事でもする。呪いの成就なんてさせない」
揺葉はにやりと笑うと、開きっぱなしの携帯をこちらに向けて、スピーカーボタンを押した。
「…………だってよ、隼人君。これで決まりって事でいいかしら」
『―――ああ、終わらせようぜ。俺達から始まった
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