誰も居ない 貴方と 私 二人きり
「ほら、誰も居ないでしょ。親なんか居ないよ私には」
「…………」
看病されて以来か、ここに来るのは。あの時は―――いや、女性特権があったから適当言って両親を追い出したのかと思っていた。それもいけない事だけど、当時の俺は重傷を負っていたからあまり強く責められなかった。
「お、おかしいだろ! 親が居ないのは……そういう事もあるだろうけどさ、俺とお前が出会った時ってもっと前なんだろ、覚えてないけど! その時は居たんじゃないのか?」
「覚えてないなら教えません」
「学校はどうした! 学校ってタダじゃないだろ! 高校は義務教育じゃないし、そもそも三者面談もあるし! どうやって全部すり抜けたんだよ!」
「あー確かに。センパイ鋭いね。でもそんな事よりも二人を探さないと。もしかしたら私の家に居る可能性だってあるかもだしね」
「そんな事って……おい待てよ!」
逃げるように家の中へと入る夜枝の後を追って家の中へ。俺の部屋は女子によって性的な荒らされ方をしていたが、ここは無事らしい。水都姫が統率を取っているなら俺の協力者である彼女の家は荒らされているモノと思っていたが、ここに来て一度しか訪れなかった事が功を奏したのか。
「うーん、居ないね。もしかしたら来るかもしれないし、ご飯でも食べて待つ?」
「そんな場合じゃないだろ! あの二人は水都姫が敵だなんて思ってないんだ! 殺されるかもしれない……」
「じゃあ聞くけど、当てがないのにどうやって探すつもり?」
それは…………
勢い任せで言葉に詰まる俺を見て、夜枝は既視感のある表情で溜め息を吐いた。行き当たりばったりも大概にしろと言わんばかり。心なしか呆れている様にも見える。
「誰も居ない状況は確かに変だけど、落ち着いて考えるチャンスだとも思わない? センパイは勝手に焦ってるだけだよ、コーヒーでも淹れようか?」
「………………いや、ココアがいいな。先生が保健室でよく出してくれたから」
「生徒にそういう対応ってどうかと思うんだけど。分かった」
夜枝の言う事にも一理ある。さっきの今で忽然と全員が姿を眩ますのは異常だが、だからこそ一旦立ち止まっても問題ない筈だ。これで誰かに襲われるようならまだ生き残りが居たという事で、話が変わってくる。そいつを拘束するなり一旦やり過ごしてから後をつけるなり、『みんなは何処へ消えたのか』という問題にやりようがあるから。
卓上に俺の分が用意される。猫の模様が入ったコーヒーカップは持ち手が小さく、指をひっかけるように持たないと少し危ない。対面に夜枝が座って、同じように自分のココアに口をつける。
「じゃあまずは順を追って考え直してみましょうか。海に行ったのは神様の力が及ぶ範囲を調べるのと、揺葉さんと話す為でしたね♪」
「そうだな。無事に……酷い目に遭ったけど、それは達成出来た」
向坂さんには悪手と言われたが、あの人が何故か俺の呪いを誰よりも正確に認識しているお陰で正体が知れた。だから行く意味はあった。本当はあの人にさえ来てもらえたら『みんなは何処へ消えたのか』についても答えが出そうなのに(向坂さんは携帯をどうせ役に立たないからなのか持ってきていなかったので交換も無理だった)。
「戻ってきたら女子に襲われたな。色々丸出し、血みどろ汁垂れ流しの。エロいとかエロくないとかそういうんじゃなくて、あそこまで行くと怖かったよ。興奮は興奮でも、命の危機を感じてる方だった」
「湖岸先生と錫花ちゃんとはそこで別れて、私達はセンパイの家に向かいましたね。でも家は女達に占拠されて入れなくて、逃げまどっていたら三嶺先輩の弟さんと遭遇」
「山の中にある古民家は安全地帯だからって俺は妹を預けた。まさか二人が当事者とは知らずにな。それで、冬癒がお腹空いたってんで無人のお店で買い物したな。今思うと、水季君は俺等の動きを監視する為に居たのかもって思うよ。それとは知らずに色々調べてたよな俺達」
「で、買ったもの押し付けて彼を追い払ったつもりがまんまと抜けるタイミングを作っちゃったって感じだね。私もデートしたかった。でもセンパイが裏で『ヤミウラナイ』? とされていた物見つけちゃって違和感に気づいたんだよね」
それで、後は簡単だ。学校は惨憺たる有様なのに誰もおらず、揺葉の協力で三嶺姉弟が怪しいと分かった。単独行動をしていた夜枝が見つけたメモには『オタケビ姫』に関連する情報がかかれており、気づいた時には手遅れ。古民家に戻って問い質そうにも二人は姿を消したし、俺達を追っていた筈の女子もいなくなった。
「じゃ、ここからが本番。追ってた女子は確かに居たんだから、何処かで消える必要があるよね。私達に気づかれずに消えられるのはいつだろう」
「…………古民家に居た時、じゃないか? 店に行く道中も姿をみなかった。水季君に誘導されてる時に後ろなんかみないよな。追ってきてたら撒けてないって事だったし」
「そうですね、私もそう思う。彼がレジで精算してくれていたのは外を瞠るという名目で私達に異変を悟らせない為。私達が裏を調べてたかどうかなんてどうでもよくて、出来るだけ足止め出来ればそれでよかったのかも。だから沢山買わせてた」
「本当はあのままついてくるつもりだったんだろうが、荷物が多すぎて身動きが取れないってんで俺達は彼に全部押し付けたな。怪しむとはいかなくても部外者だった彼を同行させたくなかった」
夜枝とココアに口をつけるタイミングが被った。向こうは喜んでいるがそんな場合でもない。カップを置いて彼女が次に言う疑問は分かっている。
あの行動は水季君にとって好都合だったかどうか。
俺達を監視するという事は俺達に監視されるという事。少なくともあの時、彼に事情を話して学校まで同行させれば抜ける隙間は無かった。彼も外面は味方だったから抜ける理由はなかった…………?
「どっちみちだった可能性があるな。多分彼はあの買い物を理由に抜けてたんじゃないか?」
「私達が何処へ行ったとしてもって事だね。でもそれだったら別の問題が発生するよ。直ぐに抜けたかったなら途中まで監視した意味は? お腹空いたって言い出したのはセンパイの妹だから操作出来ないよね」
「そう……か。うーん。俺達が呪いの邪魔をしないって確認出来たからとか? 時間稼ぎだったんだよ、あれは。で、稼ぎ切ったからもう隣に居る意味はなくなって、適当に理由をつけたんじゃないか?」
「うん、そうだね。多分だけど、あの二人は錫ちゃんを警戒してる」
「錫花を?」
「水鏡家自体を知ってる可能性は勿論あるけど、『オタケビ姫』の方が警鐘を鳴らしてるんだと思う。怪異は水鏡の血が嫌いらしいからさ。いや、厳密には怪異に近いから寄り憑かれるんだけど、対抗手段を持ってるからって意味でね。センパイ、覚えてる? 私と錫ちゃんが出会ったのは偶然だって」
二人の間には何か秘密の事情があるそうだが、出会ったのは偶然らしいという話は海へ行く最中の車内で聞いた。深掘りするような話でもないから流したが、よくよく考えるとそれはそれでおかしな話だ。相手が錫花でなくともたまたま知り合うには相応のきっかけが必要だ。
趣味が同じとか。同じお店で買い物をしていたとか。
「……偶然じゃないのか?」
「私の方からは偶然。でも錫ちゃんの方はどうだろうね。あの子、あんな感じだけどこういう時にはほんと頼もしいから、三嶺先輩の弟は時間稼ぎもそうだけど、錫ちゃんに遭わないように隔離・監視してたんだと思う。で、もう錫ちゃんが居ても居なくても手遅れになったから帰ったって考えたら辻褄が合うよね。裏を返せば―――まだ生きてるって事」
夜枝の頭の中だけで勝手に納得されて話が進んでいる。俺には何が何やら。ただ、こちらの推理を否定するモノではなく、どちらかというと補完している。錫花に会わせないまま時間稼ぎをしたかったという意味ならそれでも理屈は通るのだ。
「まあもしくは、錫ちゃんの居場所を特定したから今から殺しに行ってるだけかもしれないけど」
「おい! じゃあ直ぐに探さないと―――」
ココアを一気に飲み干して立ち上がろうとすると、夜枝に脛を蹴られて強制的に座らされる。スリッパでも痛いモノは痛い。
「センパイって結論急ぎがち。話はまだ終わってないよ。錫ちゃんがどうして顔を隠してるのか 海の方は範囲外だったから隠し方も雑だったけど、貴方はまだ錫ちゃんの素顔を見てないよね」
「……何が言いたい? 誰にも顔を見せないならともかく、俺にだけ見せてないなら顔を隠す以上の意味はないだろ」
「呪いの中心はセンパイだよ。貴方に顔を見せていないなら、それだけで出来る事がある。二人が殺しに行ってても行ってなくても関係ない。誤算は、私を脅威だと感じなかった事」
夜枝もまたココアを飲み干して立ち上がる。寝室の引き出しの中にしまわれていた紙人形とスケッチブックを持つと、藍色のキャップを目深に被って俺の横に立った。
「予定通りとはいきませんけど、最期のデートしましょうか。センパイ♪」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます