ヤミの中に紛れた真実
他に好きな人が居たから呪いの影響を受けなかった?
それはあり得ない。思い出してほしい。屋上で先生はプロポーズ予定だった彼女に恐らくフラれた。呪いのせいで。お互い面識はないが多分俺の事を話したからだろう。プロポーズする予定だったという事はお互いある程度想い合っていた筈だ。他に好きな人が居るだけえ影響を受けないならこんな悲劇は起きなかった。
そもそも考え方として無理がある。高校には魅力的な男子が沢山いるので、恋愛対象が見つからないまま過ごしている女子なんてどう考えても少数派だ。この理屈だと俺を好きな女子はそのまま高校生活でありとあらゆる男子が恋愛範囲外だったという事になる。そんなのおかしい。
じゃあどうして、水都姫は一回も告白しなかった?
同じ学校に居ながら影響を受けなかった女子に揺葉が居るが、彼女は元々呪いの使用者だから除外されているのだろう。でなきゃ大昔に二人はとっくにカップルにでもなっている。
『一回も……告白してない…………』
『どったの?』
『揺葉。お前の知ってる範囲でいいんだけどさ、お前が隼人に掛けた呪いを回避する方法って何がある?』
『そんな詳しい訳じゃないけど、言うて私のは何の力も借りてないしょぼい奴だから一回も顔を合わせなかったり喋らなかったりしなければ好きになる事はないんじゃない? ああ、水都姫って子は弟に丸投げして実は学校に通ってなかったって事!?』
『俺も最初はそう考えたけど、映像ではちゃんと姉の真似をしてるんだ。最初から丸投げしてたなら演技の必要なんてないよな。ちょっと女っぽく喋ってたらそれでいいのに、わざわざ姉に寄せてたのは……あいつがちょいちょい本当に登校してたって事だと思う』
『んーじゃあどういう事かしら。漠然と考えてるから良くないのか……ああいや、やっぱり私が正しいんじゃないかな。顔を合わせずに登校でしょ? そっちのクラス名簿は覚えてるけど、水都姫なんて名前はなかった……クラスが違うなら簡単じゃない。最悪、弟と同時に登校しててもいいわ』
『いや、それは流石に……』
『瓜二つの人間が近い場所に居たらね。一々現在地を探られるなんて有名人くらいなものよ。少し距離があれば同じ顔の奴が二人いるって思うよりは、一人の人間が移動してきただけって考える方が現実的だし』
揺葉の言いたい事を纏めると……
・隼人と顔を合わせないように本人が登校していたなら弟が姉と同じ口調を演じていたことも説明がつく。
・同時に登校していても同じ場所に二人が居合わせなければ双子という事は気付かれない(俺は水都姫は知ってても双子の弟がいるとは知らなかった)。
という事だ。
姉を演じたのは周囲への違和感を抑える為という観点はなかった。これなら靡かなかった事にも説明がつく。隼人と接触していた時の水都姫が全部弟の水季君だったなら惚れるもクソもない。同じ男なのだから。
『……となると、隼人に呪いを教えられた奴は水都姫、いやそれに扮した水季君だけって事かな』
『警戒心を解いてたって言ってたわね。一度も告白してこない女子なんて珍しいから考えられなくはないと思う』
『うーん。でも何か違う気がするんだよな。あの時のやり取りをお前にも聞いてほしいくらいだよ。今の流れだと釈然としないんだ。呪いを水季君から教わってたならあんな呪いについてボカした言い方しないと思うんだ』
『でもそれ以外考えられないでしょ。あの隼人君が自分を好きな女子の言う事なんて簡単に信じるとは思えない』
それもそうだ。呪いの影響を受けない事からも入れ知恵した人間は水都姫に扮した水季君で間違いない。ただもうひとひねり……何か必要な気はする。
『……ありがとう。また電話する。そっちは何してるんだ?』
『ちょっと、緊急の予防策をね。もし出られなかったら察してね』
そう言って通話が終わると、夜枝の姿が何処にもない。電話と思考に集中し過ぎて視界を殆ど機能させていなかった。視えていた筈が、何処へ行ったか全く分からない。
「夜枝! 何処だ!」
二年生の教室全てを探そうとしていた経緯から虱潰しに教室を回ると、俺の教室の中で彼女を見つけた。少し海に行っている間に校内は荒れ果てていたと言ったばかりだがここは群を抜いて酷い。
黒板には片方に俺を書いて、残り片方にクラス中の女子の名前が書かれた相合傘が血で描かれている。床板の隙間を流れる血は男か女かも分からず、かつて俺が使っていた机は血液以外の液体でびちゃびちゃに濡れていた。粘性のある液体は渇く事もしらず机の上に溜まっている。例えば微妙な傷、例えば微妙な窪み、例えば何処に挿入されていたか分からないボールペン。
窓が開けられていなければ耐えがたい臭いが俺の鼻を突き抜けていただろう。
「何してるんだよこんな所で! 一人で勝手に動くなって」
「だってあんまりセンパイが長電話するから。それよりも気づきましたか? やっぱり誰も居ませんでしたよ」
「…………まだ調べてない部屋があるだろ」
「いや、多分居ないと思います。これ見てください。鞄の中にセンパイの盗撮写真が沢山あったんで女子だと思うんですけど、紛れてこんな手紙がありました」
広げるにはどの机も血みどろで、教卓を使うしかなさそうだ。
『わがかみのおつげによってねがいはかなう・おおくのにえをくらいてわがかみのからだはかんせいす・ちぎりをかわしたそのばしょでわたしはあなたがほしい』
「我が神のお告げによって願いは叶う。多くの贄を食らいて我が神の身体は完成す。契りを交わしたその場所で私は貴方が欲しい……ほら、探したって無駄だから。これでようやく分かったね。男も女も神様の身体作りの為の餌になっちゃってる。だからみんな居ないんだよ」
「……いや、いやいやいや! 何をそんな冷静に分析してるんだよ! だから人が居ないって」
「そう考えたらお店の人が居なかったのも納得じゃない? きっと最初に私が言ったみたいに連れ出されたんだよ。男も女も見境なくって所がちょっと分からないけどね。それだったら連携が取れないでしょ?」
「―――いや、待て! 待て待て待て待て! 待ってくれ!」
夜枝の何気ない一言が俺に全てを悟らせた。誰も居ない空間は不安を煽る反面危険性がないという事もあって気を抜いていた側面もある。それらは全て間違いだった。迂闊だった。
夜枝は脈絡もなく大袈裟に取り乱す俺を見て呆れている様子。他人が冷えていても知った事じゃない。水都姫もしくは水季君が事の発端だとするなら、俺はとんでもない間違いを犯した。
「何? 急に取り乱したりして」
「よく考えたら……女子も襲われるようになったって言っても俺達だけだよな……? 水都姫とかは自己申告だ……俺達が襲われた瞬間を見た訳じゃない」
夜枝は素の性格こそ少しドライだが、決して冷酷な訳ではない。言わんとしている事に気づいて、顔が段々と青ざめていく。
「センパイの―――」
ああそうだ! 俺は馬鹿だ!
アイツが女子を統率していたのだとすればこれら全ての問題に解答がつくし。
俺はそんな奴に妹を預けてしまったのだ。
「戻るぞ!」
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