親友に託した絆の残花

 夏休みは厳密にはまだまだ続いているが、この町の状況で続いていても終わっていても、最早どうでもいい事だ。

「本当は……こんな変な騒動なんか起きないで、普通にセンパイと知り合いたかったな」

「……それはどうなんだろうな。まずきっかけがあったかどうか」

「…………まあ、無理なのは知ってる。早く終わらせてデートしなきゃね、余計な奴が戻ってきたらまた色々考えないとだし」

 校門を超えてから昇降口までの僅かな距離、噴水に冗談のように打ち上げられている教師の死体。中で沈んだままふやけてパーツの崩れていく誰かの死体。死体。死体。死体。

 もう気にならない。今更な事だ。学校はとっくの昔にその機能を失っている。最後の一押しは俺が範囲外に出た事だろうが……それをしなくても時間がきっと、同じ結末を引き寄せていた。

「……夜枝。俺はそこまで耳が悪い訳でもないと思ってるんだが、中から人の音はするか?」

「しない。夏休みだから当然じゃんね」

「そうかな? 嫌な予感がするよ俺は。なんか……おかしい。とにかく入って調べてみるぞ」

 鍵もかかっていないから簡単に入れる。とち狂った女子達の凶行は性別の垣根を超えて無差別級殺人バトルロイヤルへと変わった。血で血を洗う闘争が校内で行われた事は容易に想像出来る。下駄箱に入って真っ先に気になったのは床という床に染みわたる血で足が滑るという事だ。まともに清掃もせず血だけが積もり続けた結果だろうか。外観は校舎だがこんな所で学生として生活したくはない。

 自分の下駄箱を見ると名前から自慰の回数に至るまで事細かに書かれた恐怖のラブレターが氾濫して使用出来ないし、もう土足でいいだろうこんな場所。常識を守るなんて実に馬鹿馬鹿しい事だ。それはもう許されていない。

「でも学校って言っても広いけど何処を調べるの。まさか全部なんて言わないでしょ」

 同じく女子で、しかもバトルロイヤルに巻き込まれていなかった夜枝の下駄箱は無事らしい。俺も念の為上履きを探したが、女子の誰かが盗んだのか存在しなかった。

「……そうだな。二年生の教室全部だ」

「うわ、もっと絞れないの?」

「隼人の事を好きだった女子は沢山居たんだ。とてもじゃないが絞れないよ。俺達が今調べたいのはアイツに呪いを教えた犯人だ。アイツが揺葉の存在を知らなかった以上、何処で呪いについての知識を得たのかが繋がらない。そもそも隼人はそういう現象に対して半信半疑な所があるからな。アイツに呪いを信じ込ませるには何か確かな理由が必要で……知識も必要だ。現実的に一番可能性があるのは丹春達だし、こうなるよな」

「うーん。確かあの人達が掛けようとした呪いって『自分以外の告白を拒否する』じゃなかった? 教える意味は?」

「ないけど、まずどれだけの規模でその呪いをかけようとしたのかが分からないからな。俺をパシった主要人物はそりゃ分かるけど、間違いなくアイツ等だけじゃない筈だ」

「…………」

 階段を上っている最中、踊り場で夜枝が足を止めた。

「デートする時間無くなるし、ヒントとか回りくどい事言わないね」

「は?」

「センパイの話だと揺葉はこの学校に居たんでしょ? なら電話で本人に聞けばいいじゃん」



 あ。



 その手があったか。

 向こうで再会するまで今いち信用ならない状態が続いていたので最初から選択肢として排除していた。そうだ、現場に来てくれる必要はない。当時の事を話してくれるだけでいいのだから、電話越しでも済む話だ。

「じゃあ、電話しようかな……一応周りの警戒頼む」

「はいはい。ちゃっちゃとする。デートの時間無くなったらマジで…………時間、無いんだよ」

 この状況でデートなどと場違いな欲求だが、事情を説明出来ないなりに何か伝えたい事があるのだろう。俺も少しくらいは彼女の事を理解した。それが先輩としての理解度か、異性としての理解度かは分からないが。

 電話はやはり、一コールで応答してくれる。


『もしもし?』

『揺葉。ちょっと聞きたい事がある。お前は確かお前の呪いで隼人が好きだった女子に混じって呪いを掛けたんだよな。だったら何人が隼人に呪いをかけようとしてたか分からないか? 俺はお前が呪いを教えたと思ってるんだけど』

『……それは正解だけど。ちょっと語弊が生まれそうだから補足しとくわね。私が少しでも何か変な行動すると隼人君に気づかれる可能性があって、それが嫌だから教えたのよ。混じったっていうのは私の呪いを誤魔化す為。言ったでしょ? 呪いをぶんどったって。元々成立させるつもりなんてなかったの、お呪いのやり方もSNSで送ったから具体的な人数とかは把握してないわ。ただ……』

『ただ?』

『隼人君に迷惑かけるつもりもなかったから、送ったって言っても自分のクラスなのよね。そこからどういう風に広がったかはちょっと』


 女子のコミュニティを男子の俺が把握している筈もない。夜枝が同級生だったらもしかしたら判明しただろうが、無い物はない。この線は駄目か。


『隼人ってこの手の話に詳しくないよな? 誰が教えたか心当たりないか?』

『うーん私は近づかないようにしてたからなあ。そういうのは親友であるアンタのが詳しいでしょ。近くにも居たしさ』


 そうは言うが、俺はアイツと馬鹿やってただけでプライベートな事情とか交友関係を知っている訳じゃない。別にそこまで興味もなかったし、隼人とばか騒ぎ出来るならそれ以上は何求めなかった。


『じゃあ一緒に考えたげる。隼人君って女の子と仲良しだった?』

『いや、仲が悪い訳でもないけど、そんなにって感じだよな。俺にモテを押し付けようとしてたみたいに、結構辟易してたと思う』

『ふーん。じゃあ硝次君以外に仲良しの男子は?』

『うーん女子と同じくらいだよな。俺はほら、『無害』だったからアイツと仲良しのままで居られたみたいな所がある。まあでも同じ男子だし女子よりは壁は無かったと思う』


 だから消去法で行くとよからぬ事を吹き込んだ可能性が高い奴は俺という結論になる。だが俺は自分がしていないことを知っているし、もし俺がやったならどうして自分をまきこむような真似をするのか。精神に異常を来しているのは俺か女子か、まともじゃないのは向こうの方だ。


『考え方を変えてみよっか。隼人君が警戒を解く相手は硝次君の他に居る?』

『うーん……』


 記憶の底を掘り返しても、警戒を解く相手と言われたら俺と揺葉だけだ。女子にモテすぎて辟易していたアイツは、男子に謙遜も、かといって傲慢にもなれなかったから、その結果生まれたのが心の壁だ。俺が勝手に聖人と呼ぶくらいアイツは優しいけど、裏を返すとそれ以外の対応をしないという事でもある。

 分かりやすい所で言うと、錫花のスタイルを見て二人で動揺していた時があっただろう。まさか中学生にしてクラスメイトの誰よりもスタイルの良い彼女を見て、隼人は感想を漏らしていた。それは控えめな反応だったが、他の誰かが隣に居たらもっと生真面目な反応を返していた筈だ。性欲なんて感じさせない、悟りを開いたような綺麗な言葉を。


『……思い返してみると、警戒を解いてる相手っぽいのは一人しか居なさそうだぞ」

『それは誰?』

『水都姫っていう子だ。確か……って理由で普通に会話してたと思う。俺はその子が録音してた音声からアイツが俺に呪いを掛けてたっぽい話を聞いたんだ。あ、でも水都姫に警戒してないのは確かだけどそれを聞いたのは弟の方なんだよな。双子だからちゃんと女装すると結構瓜二つでさ』

『同じクラス?』

『や、でも水都姫の方は人見知りで昔からアイツには靡かなかったな…………ん?』


 ちょっと待て。

『新宮硝次がモテている』のは呪いのせいだ。そしてこの呪いに『新宮硝次を好きな奴は死ね』という呪いが重なって大変な事が起きている。錫花達が影響を受けないのは俺を本当に好きだからだ。

 これ、向坂さんは説明を省いたが無視している呪いは『モテている』事自体も含んでいるのではないか? 町が滅茶苦茶になったのは好きでもないのに好きという事にされて『好きな奴は死ね』と理不尽な物言いが呪いの中で通用しているからだ。本当に好きなら死なないという事は、そもそも俺を好きになるプロセス自体が無効化されているのではないだろうか。

 それで…………揺葉は隼人にそういう呪いを掛けた。お陰様でアイツはちょっと異常なくらいモテモテになって凄く疲れていた。




 水都姫が『一度も告白していない』なんて、辻褄が合わない。


 

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