人間全てが二重になる

「…………さて」

 このお店の従業員ではないが、まともな人間がいないばかりかそもそも誰も居ないのだから廃墟みたいな物だ。気にする必要はない。もしまともな人間がまだ残っていても一々注意するような頭の固さは持ち合わせていないだろう。俺を注意する前にまずは女子を咎めなければ筋が通らないからだ。

 水季君がこのお店を空っぽにしたとは思っていないが、あれはやっぱり事情を知っている様な気がする。今度は夜枝に切り替わって怪しんだりはしないかと心配だが彼女を信じよう。俺がすべきは自分の目で調査する事だ。

 まずは曖昧な部分を補完しようか。裏の搬入口を入って直ぐの所に傘立てがあった。夜枝の証言はそこまで自信のある物ではなかったが、言っていた通りだ。そこには傘が一本も残されていなかった。ケチをつけるほどの違和感ではないが、中々珍しい。ひょっとすると置き傘を会社のルールで禁止しているだけかもしれない。事務所を見に行けばハッキリするだろう。就業規則のファイルでも残っているならそれが手っ取り早い。もし手が届かない場所にあるなら硝子くらいは割るつもりだ。この状況を解明する為なら多少は止むを得まい。

 店の規模に対して事務室は小さな物で、事務員だけが立ち入れる個室と大多数に開かれているスペースに分かれているようだ。個室の方は別に扉が設置されているが開放されているので誰でも立ち入れる。監視カメラは事務室には設置されていないらしい。あっても今は何の抑止力もないか。

「…………」

 設置されたパソコンは開いたまま、椅子も引かれたまま戻されていない。やはり自分の意思という名の強制力で何処かへ行ってしまった可能性が高そうだ。部屋が汚れていないので慌てていたというのは考えにくい。棚に就業規則についてまとめられたファイルを発見したので開いてみると、傘立てに関するルールは特別記載されていなかった。

 個人個人の解釈で任せるというなら一本も存在しないのはやはり不自然だ。そこまで考えて、業務日誌を見ればいいのではないかという事に気が付いた。俺達が海に出かけている間に何があったのか、もしかしたら少しは掴めるかもしれない。

「…………」

 変化を見たいので俺達が出かけた日から一週間前から遡ってみる。気にするまでもなく普通の日誌だ。部外者の俺が見てはいけないような情報はあるが、そういう物だろう。セールが始まるとか言われても、この状況じゃ知ったこっちゃないし。


『硝次君硝次君硝次君硝次君硝次君硝次君硝次君硝次君硝次君硝次君硝次君硝次君硝次君硝次君硝次君硝次君硝次君硝次君硝次君硝次君は硝次君は硝次君は硝次君は硝次君は硝次君は硝次君は硝次君は硝次君は硝次君は硝次君は次は君次は君次は君次は君次は君次は君』


 問題はやはり俺達が出かけた日だ。この日を境に日誌は致命的におかしくなっている。ページの隙間という隙間に俺の名前がびっしりと書き込まれ、読んだ事を示す判子部分は全てが俺の名前に置き換わり、判子も何なら『新宮』で統一され、お丁寧に男性社員と思わしき名前は真っ黒に塗り潰されている。

「…………」

 事務員だけが立ち入れるスペースに足を踏み入れるも、こちらには大して何か分かるような情報はなかった。強いて言えば監視カメラが映す景色はここから見える。水季君は相変わらずレジに居るし、夜枝はワインを選んでいた。未成年は飲めない……という法律はどうせ適用されないとしても、誰が飲むのだろう。先生にでもあげるつもりか。まさかアルコールに強いか弱いかもわからないまま飲もうとする様な事があり得るのか? この状況で?


 ―――ここはもう、調べたかな。


 次はロッカーと休憩室をいっぺんに見てしまおう。道中惣菜コーナーの靴箱を見かけたので確認すると、誰も自分の靴に履き替えていない。ロッカーは開かない物と開く物があると言われていたが、法則性は見いだせなかった。開くロッカーの中身は殆どが空っぽだし、今はいいか。

 休憩室には人が居た痕跡でもある紙コップが置かれており、中身はお茶だったり珈琲だったりと様々だ。自販機は機能しているが、奥に設置されたテレビは壊れているのか真っ青な画面を映したまま止まっている。

「…………ビデオでも見てたのか?」

 この手のお店に設置されたテレビが古いなんてのはよくある話だ。地上波が見れずともビデオテープを再生するだけならそれだけでも十分だろうし。


 ここまでの情報をまとめるとやはりここには確かに従業員が居た。

 

 そして理由があって消えたのだ。

 だがその理由も、そして手口も分からない。HowもWhyも埒が明かないなら残るは一つ。誰がやったかWho done it。誰なら出来たのか。これまでの状況を整理すれば絞れる筈だ。

 

 ―――そろそろ戻ろう。


 夜枝の時間稼ぎも限界だと思う。水季君に余計な警戒心を与えるのも困るし、考えるのは後だ。急いで休憩室を飛び出そうとした時、つま先が何かを蹴り飛ばした感触に気づいた。

「んっ」

 拾い上げてみるとそれは鍵で、ロッカーのどれかしらに対応しているようだ。虱潰しに探すのも良いがモノは考えようだ。各ロッカーには番号が割り振られており、誰が何処を使っていたかなど知る由もない。だがこの鍵に番号は見当たらないから、従業員以外のロッカーに使うのではないだろうか。

 例えばそう、端っこにある貴重品入れと書かれたロッカーとか…………


















「あれ、なんか姿見えないなって思ってたんすけど何処行ってたんですか?」

「別にここには俺達しか居ないんだから物色したっていいだろ。強盗じゃあるまいし」

「誰も居ない所に来たからどっちかって言うと空き巣ですかね!」

「この状況で犯罪とか言ってられないのも事実っすけどね。はは」

 夜枝とレジの死角で合流して何とか誤魔化す事には成功した。大量の食糧品はレジ袋を使うにしても多すぎたのでカートを持ち出している。悪いとは思いつつ、こうでもしないと運べない。後で返せるかは分からないがどうか許してくれと何者かに慈悲を乞いつつ俺達は店を脱出した。

「じゃあ水季君、悪いがこれを頼んだぞ。女子から逃げる事に関してはそっちが一枚上手だ。こんなだだっ広い駐車場歩いてて、いつ見つかるか分かったもんじゃない。頼めるか?」

「ま、姉ちゃんの分も頼んだのは僕ですし、いいですよ。精々見つからないで下さいね」

 カート二つを運ぶ彼の背中を見送ると、俺達は放棄された車と車の間に身を潜めて夜枝と拳を突き合わせた。

「有難う、助かった」

「いいよ、センパイの役に立ったみたいだし。で、何か分かった?」

「人が居た痕跡っぽいのは見つけたけど人自体は居なかったな。みんなどっかに消えてるみたいだ。日誌には俺の名前がびっしり書かれてて男は書類上の名前でさえ扱いが悪かった。だから俺が思うに、学校の女子の誰かが働いてたんじゃないかって思う」

「その誰かがみんなを連れて行ったって事?」

「いや、そうじゃなさそうだ。幾ら女子が絶対的権力を持ってても逃げる事は出来る。男の方は別に言いなりにさせられる訳でもないからな。大量に女子を引き連れて連れて行ったって可能性もなくはないけど、それならもっと散乱してていい。男に勝ち目がなくてもまあ抵抗はするだろうし」

 抵抗しなくても逃げる事は試みる筈だ。試みたなら駐車場にここまで夥しい数の車は残されて行かない。隠れ場所として使えるくらいには多くの車が取り残されている現状、お客さんも含めて誰も逃げようとはしなかったと考えてもいいだろう。

「…………じゃあマッチポンプが考えられるかな。頭のおかしい女子とまともっぽく装う女子で分かれて、避難の名目で誘導させるんだよ。それなら説明がつきそう」

「ああ、俺もそう思った。少し話は変わるんだが―――たまたま貴重品入れのロッカーのカギを見つけてな。開けてみたら中には―――俺達が校庭で掘り出したヤミウラナイの箱と同じモンが大量に入ってた」




「え―――」




 夜枝は素の喋り方のまま言葉を見失い、舌をおぼつかなそうに動かした。

「あの時見つけたのはそもそも成立してなかったが今回は多分成立してるな。相手が誰だか知らないけど……俺が話した内容は覚えてるか? 隼人と揺葉と女子でそれぞれ別の呪いを掛けようとしてたって話」

「それがどうしたの?」

「女子の方は分かるんだ。揺葉が元々利用するつもりで呪いをおまじないとして教えた可能性が高い。だから素人でも実行出来た。だが隼人はどうだ? アイツはどこからそんな呪いなんて知った?」

「それとこれと何の関係…………あ」

 夜枝は手槌を打って、導き出された答えをそのまま口に出した。





「学校で……央瀬先輩に呪いを掛けようとした人物の中に、犯人が居た?」





「そうだ! ―――ちょっと危ないだろうけど、もう一度学校へ行ってみよう。今なら何処でも調べ放題だ。何か見つかるかもしれない」

 

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