恋を乞い、愛に遭い、狂いが繰る

 今までも理不尽に男子は殺されてきたし、恐らく『オタケビ姫』の影響でそれは都合よく見逃されてきた。今思えばそれをおかしいと言えたのは呪いの影響を受けていない人間だけであり、一度この町に入ったが最後、最初から何かしら対策を施してないと認識が汚染されてしまうのかもしれない。影響範囲は恐らくこの町一帯なのに問題視されないのはそれが原因だと思う。

 一度その町に生まれたからには最期まで外に出ないという人間は現代においてあまりにも珍しい。中と外とを行き来している人間が殆どであり、その中でこうもひた隠しにされてきたのだからそれくらいしか考えられない。


 だが全滅まで行くとは思わなかった。


『あー、それ……間違いないな。全員生贄にさせられてる。『オタケビ姫』は男好きだ。協力を得ようとするなら相応の対価が必要になる。いいか? 君が隣町に留まっていたからまだ君にちょっかいを掛ければ女子的には無事で済んだんだ。だが君が居なくなったら後はおかしくなる一方。対価だけが支払われる。俺にここまで聞くんだから止めようと思ってるんだろうが……覚悟した方がいいぞ。戻ったら地獄が待ってる】


 男が殺されている理由は『オタケビ姫』が男好きだから。今まで殺されてきたのはさしづめ呪いを守る維持費といった処だろうか。それが全滅となるといよいよ維持は出来なくなる。呪いは可視化され世界は大混乱? それか先生みたいに町全体が集団パニックになったとして片づけられる?

 向坂さんは『呪いの完全成就にはまだ時間がある』と言っていた。事態に関わりもしないあの人がそこまで言い切れる理由は分からないが、その辺りは経験か、もしくは『オタケビ姫』に関する事なのか。

「……分からないな」

「何がすか」

「女子を殺そうとしてる事だよ。今まで狙ってこなかったのに何で狙うんだろうなって思ってるんだ。考えても分からないんだ」

「同担拒否みたいな事じゃないんすか?」

「同担拒否…………何だっけ。同じアイドル推してる人とは仲良くなれないみたいな意思表明だっけ」

「そうですね。大体そんな感じの意味だと思って使いました僕も」

「だとしても今更感がある。俺が痴女られてた時は妙な連帯感があったりなかったりしたんだ。相性の悪い女子も居たには居たが、そんな殺すほどの事じゃない」

 二人には『オタケビ姫』のあれこれなんて言わないが、言ったとしてもここが解決出来る訳ではないだろう。情報が少なすぎてどうにもならないというのもまた事実だ。

 ただ方針を決めないといけない。夜枝とデートまではいいが、女子が狙われるとなると彼女に危険が及ぶ。それを回避する方法が思いつかないとデート以前にここを動けなくなる。

「しょ、硝次君は……ど、何処に行ってたの? 二人でずっとぉ?」

「ん…………まあ俺は俺なりにこの状況を収めようと頑張ってるんだよ。先生達とははぐれたって言い方でいいのかな。合流する手筈も整えてないから多分合ってるか。この感じじゃ危ないよな……」

「二人の家は知ってるんですか?」

「知らないな……うーん何処に行ったのか見当もつかない。まあ探すだけだよ」

 古民家の中は固定された家具を除けば埃くらいしかなく、人が長時間滞在するには不向きな環境だ。二人ともここに居を構えるというより一旦安全な場所が欲しかっただけなのだろう。

 水道も通っておらず、冷蔵庫は存在するだけで中身は空(腐った食材がないだけマシかもしれない)、ベッドは布団こそ残っているが埃を被っている。水都姫が椅子代わりにしているので使うのも気が引ける。

「…………水都姫。悪いけど冬癒をちょっと預かっててもらえるか?」

「えっ! え、え、え。その子妹ちゃん!?」

「お兄ちゃん!? この人…………」

「危なくはないから大丈夫だ。俺と夜枝はちょっと外に出る必要がある。ここで待ってても仕方ない」

「ま、待ってよ! ここに居ればいいじゃん! 警察が…………」

「警察が?」

「警察の人に任せたらその内解決するって! ここに居なよ!」

 冬癒も友達関係で酷い目に遭いかけた筈だし、俺の知らない所で異常を感じていたのではと思っていたが、どうもそんな事はなかったらしい。もしくは異常なのは分かっていたが俺と出来るだけ関わらなかった事で矛先が逸れて気づけなかったか。いずれにしても俺の努力は無駄じゃなかったと思う。こんな楽観的な意見が出るくらいだ。

「冬癒。それは出来ないな。この問題は俺しか解決出来ない。俺じゃなきゃ駄目なんだよ。あの女子達は……声聞いてれば分かると思うけど、俺を狙ってるからさ」

「何で!? どうしてお兄ちゃん!?」

「お前は知らなくていい事だよ冬癒。余計に関わったら死ぬだけだ。俺はお前に死んでほしくない……水都姫、頼んだぞ」

「は、は、はい!」

「……姉ちゃんが断る訳ないのにな。あ、僕も付いて行きますよ。ここから動かないなら暫く安全だろうし、せっかくだから混ぜて下さいよ。正直ずっと引き籠ってるのもしんどいですから」

「あー、そうだな。夜枝、ちょっといいか?」

「会話に入る隙間なくて黙ってたんですけど?」

「知らん。ちょっと話したい事がある」

 家の外に出る分にはまだバレない筈だ。ここが隠れ場所として最適なのは地理的な問題であり、この家自体に隠密性はない。少し外へ出るだけなら大丈夫だ。三人を残して後輩と即席の密会をセッティング。出来れば壁から聞き耳を立てても聞こえない位置が望ましい。

「何ですか?」

「水季君が居てもデートは可能か?」

「んな訳。センパイってロマンが分からない人なの? 適当にやり過ごそうよ。私は貴方に従うから、方法は任せる」

「…………うーん」

 と言っても水季君は敵ではないし、デタラメ言って煙に巻くのも気が引けるような間柄ではある。錫花達に合流させるのも、やっぱり部外者だから向こうに負担を押し付けているだけだ。かといってこのままデートが出来ないのも―――交換条件という訳ではないが、彼女を満足させないと邪魔をしてくる可能性が無きにしも非ず。

 本人にその気がなくても『オタケビ姫』から何かしらアクションが起こされるかもしれないが。

「じゃあ思いついた。俺に丸投げするからにはお前も良い感じに話題を合わせてくれよ」

「はい♪ 夫婦の共同作業ですね! 結婚式で思い出として語られるるんですよね知ってます! 二人の馴れ初めは~」

 妄想結婚劇場による一人芝居が始まったのを強引に中断。家の中に戻って水季君を一先ず迎え入れる。


 ―――何だかんだ君の能力は買ってるんだぜ。


 隼人に本音を喋らせた事。それは彼を除いて出来るような事ではなかったと思う。姉の立場を使っていたとしてもだ。

「よし、それじゃ行こうか水季君。冬癒はちゃんとここで待ってろよ。いいか、俺が心配だから探しに行くとか絶対にやめてくれよ!」

「わ、分かったって……あ、でもお兄ちゃん!」

「何だ?」




「お腹空いたかも………………ご、ごめん」

















「腹が減るのは仕方ないですよね。僕もお腹空きましたよ」

「だからってお店の物を無断で盗むのは後々取り返しがつかないんじゃないか?」

「別にレジにお金入れてればいい話だと思いますけど。機械類が狂ってる訳じゃないんですし」

 冬癒の気分がどうであっても空腹は避けられぬ生理欲求だ。それが限界を迎えた時、飢えを満たす為に彼女は出てきてしまうだろう。俺達がどうでも良くても食糧問題は最優先に解決するべきだ。

 そして食料が確保できたなら水季君を使いに出して一時的に離脱させる。これならデートを進められるだろう。狩に戻ってきてもそれはそれで調べたい事がある。彼が姉に女装している状態は役立つ筈だ。

「冬癒ちゃんってお菓子好きですか?」

「人並に好きだけど、お菓子を食料と言い張るのか? もっとお弁当とかだろ。お金は俺が払うんだから高いのはなしだぞ」

「僕は店員ってマジですか? じゃあ姉ちゃんの分もそっちで探しといてくださいね。レジから外も見ておくんで」

 水季君は全く疑問に思っていないようだが、この状態をおかしいと思わなければ何かしら異常がある。奥の商品棚で夜枝と合流すると、口を合わせて疑問を突き合わせた。



「「何でお店に誰も居ないの」んだ?」



 男性も女性も居ないのはまだ分かるが。

 一つも死体がないのはどういう事だ。





 まるで使ってくれと言わんばかりに、都合が良すぎるじゃないか。

 

 

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