ルール無用で愛し遭おう

「先生! 死ぬかと思ったんですけど!」

「煩い、私も死ぬかと思ったよ! 比較的無事で済みそうな木造建築があって助かった! 早く行って、私は家に戻れそうにないから…………そうだな、錫花ちゃんについていくかなあ!」

「こんな余裕がないとは思わなかった! 車内で話してたのって正解だったかもしれない!」

「君と揺葉と央瀬隼人君の事だねッ。ああその……まあ、コメントに困る関係がこんな事になるとはね!」

 発端はともかく呪いの所在が非常に厄介だ。図にして表そうとしてもかなりややこしくなる事請け負いというか。


 昔の揺葉の呪いによって隼人はモテモテになった。


 それに気づいた隼人が新宮硝次がモテるように変えようとした。


 一方で最初の呪いで隼人を好きな女子がアイツを振り向かせようと呪いを始めたが、教えたのは恐らく揺葉で、それを隠れ蓑に今度は大人の揺葉が俺に向かって呪いを掛けた。


 この時点で俺に掛かっている呪いは隼人同様『モテモテになる呪い』と『朱識揺葉の事を考えるようになる呪い』だ。それが何故か女子を発狂させ、治安を悪化させている。だからこの時点でもう一人別の誰かが俺に呪いを掛けたと見るべきで、そいつが『オタケビ姫』を使ってご丁寧にこんなイカれた世界を作り上げやがった。

「何々!? え、え? お兄ちゃんここどこ!?」

「細かい話は後だ後、行くぞ夜枝! 一先ず俺ん家!」

「流石の私もこの状況は真面目に答えますともええ。センパイ、自分の家までですけど迷わないで下さいね! 包囲されたらお終いですよ!」

「迷わないよ! 冬癒、おんぶしてやるから早く来い!」

「待って待って待って寝てただけなのに! え、え、え、ええええ!」

 納得させている暇はない。力ずくでも妹を引っ張り出して車から降りる。安全に駐車しようとしたら囲まれるので仕方ない……のだが、これはこれで派手に家屋を破壊しながら止まった為に早くしないと囲まれてしまう。

「もう何でこうなるんだよ! 変質者しかいねえぞ!」

「センパイ、こっちです。こっちは先回りされても逃げられます!」

「…………信じるぞ!」

「お兄ちゃん、なんかやばい女の人達がこっち来るんだけど!?」

「お前はああいう女子になるなよ!」

「な、ならないよ! パンツ丸出しって言うかもう……もうほぼ裸みたいなもんじゃん!」

 火事場の馬鹿力とは正にこの状況を指している。妹がどんなに小柄でも重いもんは重い。十キロのゴミ袋を重いと感じるなら余裕でその三倍以上の重さはある。普段の俺なら歩くだけならまだしもと言った具合に苦戦していただろうが、今は不思議と重さを感じない。出来れば足元も見たくない。呪いの影響を受けた女子の血と思わしき液体が道路を赤く染めてどう歩こうとそれを踏んでしまうから。

 帰ったら地獄が待っている。身構えていたつもりだったが想像以上に想像以上。まさか血の池地獄も斯くやというような道路が足元に広がっているとは。ここはまだマシなだけでもしかすると血で冠水している場所もあるかもしれない。そして恐らくその可能性が一番高い場所は……

「げっ……」

「あっ」


 予想出来ていた範疇ではある。


 俺の家の全方位を取り囲む女子の群れ。上下左右の概念もなく苔のように覆い尽くしおり、それを女性と認識していいかどうかは最早疑問になりつつあった。これが人形でも不気味なのに人間だと普通に動くから更に不気味だ。共通点はスカートの中やズボンから滴る血の数々、先生の言った通り顔は青ざめており、狂喜の笑顔とは対照的に身体は助けを求めているようだった。

「な、何! お兄ちゃんあれは……」

「…………」

 声を失って、身動きが取れない。身体が怯えている。一方的なハーレムなど嬉しくも何ともなく、俺はただの獲物だ。女子一人と目が合ったような気がしたが、それは気のせいになってくれない。一匹見たら十匹居ると思えと言われる虫がいるように、一人と目が合ったら最後、その他の全員にも何故か捕捉される。


「あ、硝次君だ♡」

「隣の女は誰!?」

「殺せ!」

「殺せ!」



【「私」の硝次君を取り戻」取り」戻」戻さ」戻さ」戻さ」戻」さな」さな」さな」さな」さな」さない」ない」ない」ない」ない」いと」いと」と」と」と」と」と」と!」」】



「やば! センパイこっち!」

「家に帰れねえんだけど!」

「お兄ちゃん! お父さんとお母さんは!?」

「どっかに逃げたよきっと! 信じろ!」

 

 

 家の中に入って確認しようとは思えない。今までの女子も大概都合の良い言葉ばかり受けて頭がお花畑だったと思うが今の女子に捕まったらどうなるかは未知数だ。何なら怪物にしか見えないので文字通り食べられる可能性も想定している。


 ―――何処に逃げ場があるんだよ!


 誰が統率を取っているかも分からないが、女子に見つかる回数が増える度にあちらこちらで黄色い悲鳴が聞こえてくる。そして確実に近づいてくる。上にドローンが飛んでいて見られているなら納得だが、何故全員が俺の位置を把握しているのだ。幾ら逃げられると言っても限界がある。戦いは数であり、人海戦術は立派な戦術だ。

 幾ら夜枝が逃げる事に自信があると言ってもどこかで追い詰められる。数が大きければ作戦を立てて居なくても自然と追い込み漁になるものだ。さて、どうやって掻い潜ろうか。この身体は一つしかないので、瞬間移動でもないとどうしても捕まってしまう。


「新宮先輩」


 黄色すぎる女性の声の中に燦然と輝く少年の声が一つ。その呼び方をする人間は現状一人しかいないし、この町に入って初めて見た男性になる。

「水季君」

 見た目は高校の制服を着た姉の水都姫だが、間違いなく彼だ。この地獄で長く生存しているという事はまだ男バレをしていないらしい。腕はまだ折れているみたいだが、退院出来るくらいには回復したようで何よりだ。

「案内します。姉ちゃんが居るからその場所は暫く安全です。ついてきてください」

「…………死んでなくて何よりだけど、良く生きてたな!」

「静かに。言っときますけど家から家を通りまくるんで遅れるの厳禁っすよ。姉ちゃんの所に面倒持ち込みたくないから、危ないと思ったら普通に全員ぶっちぎって逃げますからね」

「……分かった」
















 家から家、家から家、家から家。不法侵入上等で進み続けた果てに辿り着いたのは森の中にひっそりと佇む古民家だった。曰く元々の所有者が死んで誰も使わないまま残り続けていたとの事。鍵も簡単な錠前しかかかっていなかったから壊したとは水季君の言だ。

「遂に町から追い出されちゃいましたねっ」

 これじゃあデートどころじゃないなあ、なんて楽観的な事を言う夜枝。多分それは己のキャラに沿った演技だと確信していたが、ここにはあまりにも部外者が多すぎるし―――


 結果的に冬癒を巻き込む事になったのは最悪だ。


「あ、あ、あああああ、しょ、硝次君ぅ……良かったあ」

「水都姫は何でこの家に居るんだ? お前は俺とほぼ絡みないし無関係の女子だから大丈夫だろ」

「あ…………えっと、しょ、硝次君見かけなくなったから……た、多分危ないし、隠れ場所欲しいかなって思ったんだけど」

「あー……そうだな」

 二人は部外者であるべきだったから事情は説明していない。まして家も知らないなら俺が海に出かけた事など知る由もないか。向こうで酷い目にあったせいか自分でも意外に落ち着いているなと思う反面、冬癒の取り乱し方は普通ではない。

「なんで……え……おかしい……家、みんなおかしくなった……? 夢……?」

「…………」

 なんて声をかけてやればいいものか。俺がモテモテで困った事になったなんて口が裂けても言えない。事実だけど、事情を知らない人間なら茶化していると思ったって無理もないから。

「いやあ新宮先輩がどっか行ってる内にこっちは大変な事になってますよ。そろそろ責任取らなきゃ不味いんじゃないすか?」

「不味い事になってるのは見りゃ分かるよ。でも君達は大丈夫だろ?」

「そうもいかなくて……見ての通り出血してますよね。姉ちゃん居るから知ってるんですけど、あの時ってなんかイライラするとか?」

「イライラしてるから殺しに来るのかよ。あれは多分月経じゃなくて呪いのせいだし」

「いやあイライラしてるからとしか思えないんすよね。姉ちゃん危険に晒すといけないんで度々僕が代わりに出歩いてるんですけど、殺しに来たんすよ。『お前は好きじゃないのか! 硝次君好きじゃない奴殺す!』みたいな感じで」

「…………あんまり聞きたくないんだけど、君以外の男性はどうした?」

「それ、聞きます?」

 水季君は苦々しい表情を浮かべながら、身体を痛めたように目を瞑って言った。







「僕の知る限り、全滅ですね。何でこうなったかはちょっと分かんないすけど」






 



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る