恋愛散花繚乱
「バイキング形式って、なんだか行きなれてないと特別感があっていいですよね!」
「そんな事言うけど、君は新宮硝次君と一緒に食事出来るのが嬉しいんじゃないの?」
「それはまあ……ふふふ♪」
「夜枝さん夜枝さん! お兄ちゃんもデレデレしてますよ! やっぱりお兄ちゃんのこいびゃああああああああ!」
頭を揺さぶって言葉を切らせる。俺がデレデレしているとか、そんな訳ない。ただ、心ここに在らずという意味なら間違っていない。もうすぐ揺葉と再会できると思うと、とてもじゃないが目の前の光景に集中できない。
食事も美味しい事は分かるが、具体的にどう美味しいかが分からない。
「お兄ちゃん、何すんのッ」
「お前が変な事言うから。俺は至って普通だ。そうだよな錫花」
「そう……でしょうか。すみません。賛成出来ないかもしれません」
「気持ちは分かるけど、そうやって他の事に気を取られていても仕方ないよ。それで何か好転する訳じゃないからね」
先生だけは俺の気持ちが分かるらしい。そのせいか冬癒の関心を引かない為か分からないが直接言及はしない。それとなく俺の様子は咎めるも、それ以上は人の事を言えなかったと自嘲するかのようだ。
「しかしこうも人が居ると意外と錫花に誰も注目しないんだな」
「あんまり関わりたくないんじゃないでしょうか? ほら、世の中には繊細な事情もありますからね。火傷とか病気で顔を見せられないとか……水着の時は身体が丸見えだったからまだ物好きが声を掛ける可能性はありましたけど!」
「はあ。そういうもんか」
錫花の事情を知っているだけに、その発想はなかった。何の気なしに当人を見つめていると顔を逸らされた。髪の払われた耳が仄かに赤く見えるのは何故だろう。恥ずかしがらせる様な事をした覚えも、俺自身がした自覚もない。
「センパイ、私と一緒に取りに行きませんか?」
「ん……いいぞ ていうかもう食べたのか」
「一周目からあんまり重いモノ食べるのもね……さっきまで泳いでましたし!」
というのは建前で、話したい事があるのだ。流石にこれは分かりやすくて助かる。トレイを持って三人から離れている場所へ向かうと、夜枝は肘で俺の腰をついて不機嫌そうに尋ねてきた。
「で、これを食べたら行くんですか?」
「うん?」
「花火どうするんですか? まさかと思いますけど、すっぽかすなんて言いませんよね?」
「ああ……いや、そんなつもりは。ていうかそんなに時間かからないだろ。ちょっと話すだけだ。すぐ戻れるって」
「…………錫ちゃんも湖岸先生も冬癒ちゃんだって楽しみにしてるんですからね」
「全員知ってるのか……」
「私がこっそり通達しちゃいました! でも女だけで遊ぶなんて時間があれば幾らでも出来ます。センパイと遊ぶのは今しか出来ません。絶対戻ってきてくださいね。私が心配してるのは、揺葉に誘惑されて戻ってこれない事なんですから」
「は、はあ? お前、揺葉がそんな事する訳」
「でもセンパイの事が好きなんですよね。央瀬先輩が羨ましがるくらいには」
そう言えばそうだった。
やっぱり実感が沸かない。俺が揺葉を好きだったかどうかは確かなのに、向こうからも矢印があったなんて……今更全否定はしないけれど、ピンと来ないのだ。そんな曖昧な関係、もしくは好意を隠したまま親友として何年も過ごした。これはその弊害と言ってくれてもいいが、やっぱり語弊がありそうだ。
友達だったからこそ遠慮のない距離で付き合えたという事もある。恋人であったなら隼人との距離も遠くなっていただろうし、今更それが間違っていたなんて言わない。二人との時間は俺にとってかけがえのないモノで、一言で言えば幸せだった。
「……ああ、いや。ごめん。一つだけあったわ。戻れなくなるかもしれない場合」
「へ?」
「………………その時は。いや、何でもない。忘れてくれ。戻ってくるよ」
三人とのデートがあんまり楽しくて、忘れてしまっていた。そうだ、その為に俺はこんな事をしたのだった。
忘れていれば良かったな。
『揺葉。ご飯食べ終わった』
『……の割には、元気無くなってるけど?』
『やるべき事を思い出しただけだ。気にしないでくれ。何処に行けば会える? 浜の何処かか?』
『んー、近くにさ、一階の崩れたホテルがほったらかしになってるんだよね。でも横の非常階段から上に上れる。四階で待ってるわ。因みに上からアンタの姿が見えたりするからほんとにすぐ近くよ』
―――あそこか。
手を振ったりするのが視えたりはしないけど、海岸近くを歩く俺が見えているという事は消去法で見つかる。かつては立派だった事が窺える建物は、見る影もなく一階が崩れており、扉が閉まっていた。硝子も割れており、内側に瓦礫が散乱している。ゲートは封鎖されており、そこを乗り越えたとて立入禁止のロープがあったが跨いで超えた。
『せっかくだし、会うまではこのまま話そっか』
『…………大事な事は、会って話したいぞ』
『それは私も。だからどうでもいい話でもさ……いいでしょ? 例えばほら……今日はどうだった? 楽しかったのは見てても分かるけど、アンタから言いたい事はないの?』
『楽しかったよ。遅れた青春を味わってる感じだ。こんな事にならなけりゃお前と隼人と一緒に行きたかった。童心に返ったっていうかさ……これまで簡単に人が死んでて、ちょっと麻痺してた。これが日常だよ。これが……幸せだよ。ずっと、求めてた』
人一人で横幅が限界な細い非常階段を上っていく。これが軽犯罪かどうかなどどうでもいい。俺はアイツに会いたい。会わなければならない。倫理も道徳も理性も法律も俺を救っちゃくれない。誰も女子の凶行を止められない。
止める為に。知る為に。
『そっか。まあ、そうよね。私だって楽しかったわよ。アンタの顔見てるの。久しぶりにドキドキしちゃった。ああやっぱり、アンタは変わってないんだって。心臓が飛び出しそうで、何なら今も。今度はちゃんと会えるって分かっただけで……頭がどうかしちゃいそう』
『それは違う。俺は変わったよ。変わらないといけなかった。もうお前の知ってる俺じゃないって』
『いーや、アンタは変わってない。何事も見方よ。変わったって、変わらないといけなかったって自覚があるなら、やっぱり変わってない』
『そんないい加減な解釈があるかよ。揚げ足取りじゃねえか』
『あ? 乙女心舐めんな? アンタが変わってたら一発で分かるし連絡だって取らないわよ。あ、でもアンタの好みのスタイルになれなかったら取らなかったかも。ふふふ』
二階を過ぎて、三階へ。動悸が、予感が。止まらない。
『何だよ。お前まで巨乳好きって言うつもりかよ。そんな至上主義になった覚えはないぞ。人に因るってだけだ。うちの後輩が巨乳だったらなんか違うし』
『でもある程度メリハリがないとビキニって映えないのよね』
『水着ってお洒落なんだろ? 自分が可愛いと思うならいいんじゃないのか?』
『私は悩殺目的なので違います。だからちょっと恥ずかしいけどちゃんと着て来たわよ。顔を合わせたらそれどころじゃないけど……丸く収まったら感想聞かせてね?」
三階から、四階。足が、駆ける。翔る。早まる。
『…………なあ揺葉。その。お前って俺の事。男として……好きなのか?』
『今更気づくとか、おっそ』
正しく煽るようなせせら笑いが電話口に漏れている。笑い声が収まるまでに四階に辿り着いて、後は扉を開けるだけだ。
『好きだった、なんて言わないわよ。私は今でも硝次君が好きだから。アンタの気持ちなんて知らない。私は、超好き』
『………………今、扉の前に立ってる。そろそろ、切るな』
『―――じゃ、またね』
『ああ』
ドアノブを握って、動けなくなる。幸せな時間はいつだってすぐ終わる。そしてまた、辛い時間が始まる。
…………。
……………。
………………。
…………………。
……………………。
自分でも何を考えているか分からない。ただ踏み込みたくない気持ちが、今になって沸き始めていた。覚悟があっても躊躇いはする。俺はこの呪いを乗り越えないといけないのに、どうしてこんな事になってしまうのだろう。
―――行かなきゃ。
隼人の復讐を。そして真実を。
扉を、開けた。
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