カノジョの気持ちが欲しくて欲しい
「はぁ……流石にもう疲れた。私も年だ。これは本当。やっぱり海の家でパフェでも食べながらのんびりするのが一番だよ。遠目に元気な学生諸君でも見ながら。そうは思わない?」
「……………………」
「新宮硝次君?」
「あ、はい。すみません。ちょっと考え事してました」
日暮れが近くなって、もうすぐホテルに戻る予定だ。だがどうしてもここのパフェが食べたいと先生が言って聞かなかったので、俺が付き添いとなってきている。錫花も体力が切れてテントで仮眠中、夜枝と冬癒だけがまだ遊んでいた。
「珍しくはないと思うけど、さっきからそうだよね。霧里夜枝ちゃんに何か言われた?」
「……分かるんですか?」
「そりゃあ先生だからさ。保健室に居ると色んな子が来るんだよ。だからこれくらいはね」
目からうろこ、考えもしない発言だった。誇れる様な長所とも思えなかったが、『無害』は当時の俺にとってアイデンティティとも呼べる状態。確かにお陰様で交際の機会にも恵まれなければ、たまに脈があるかと思っても隼人への踏み台にされてばかり。
結局それが効果的だったのは揺葉だけで、当時はその気持ちに気づく由もなかった。男子からも女子からも好かれもしなければ嫌われもしない。そんな中立の立場こそ波風立てずに生きるには大切なんだと。
―――メリットこそ小さいかもしれないが、デメリットはないもんだと思っていた。
「先生。優しくする事は悪い事なんですかね」
「……難しい質問だね。一般的には善い事でしかないけれど、人が良すぎると損をする社会なのもまた事実だ。正直者は馬鹿を見るとも言うし、優しさを理解出来ない人間もいる。何を言われたか知らないけどさ、一々悩む辺りが本当に素直だなって思うよ。難儀だともね」
「俺のアイデンティティみたいなもんだったんですよ。いや、告白が成功しない逃げの言い訳とも言えますけど。まあそれで得する事もあったんですよ。隼人と親友のままでいられたのもきっとそういう性質だったからだし。ただ……どうも俺、夜枝と前に話してるか会ってるみたいなんです。でも全然覚えてない。アイツに、優しくするのが当然な人が優しくした人の事なんか覚えてないって言われましたよ」
「あー……それはそれは。因みに覚えてないのは」
「マジです。図星で、本当に誰も覚えてないんですよ。流石にフられた子は覚えてますけど、その中に居ないし」
先生は笑っていいのか悲しんでいいのか分からない様な表情でパフェを食んでいる。こういう言い方をされたら誰だって困るか。特に先生は恋愛経験が豊富な人間でもないし、どちらかというと導かれる側。
でも大人だから、頼らせて欲しい。
「アイツ、ジブン探しってのしてるらしいです。心の底から感情が……要は素直になれないって事なんだと思いますけど打算が入るとか入らないとか。アイツのこれまで見せて来た表情って、全部絵で描いた事あるんですよ」
「どういう事?」
「自画像のスケッチがあって。表情差分が。顔に出るのが全部それだけっていう。なんか、それと関係あるのかどうかは分からないですけど……本当の気持ちって何でしょうね」
「…………それは、本人にも分からないならもう誰にも分からないな。今感じてる気持ちが本当だと思うけれど、本人が違うと言うなら違うんだろう。でも、多分君に言った言葉と関係してる気がする」
先生は耳を弄りながら、首を傾げてそっぽを向いた。
「君が無意識、条件反射で優しくした人について全く覚えていない様に、その人に根付いた性質は厄介だ。私はその話を初めて聞いた。君に打ち明けたという事は―――そして、君の欠点を指摘したという事は、君に優しくされて思う所があったんじゃないかな」
「思う、所……」
「例えばだよ。君に優しくされて自分でも知らない表情が出てしまった。それは無意識で、鏡でも再現出来ない。だから君に教えてもらいたかったけど、君は覚えてないだろうと見透かされたとか」
例えばだからね、と念を押されるも、そう言われるとそんな気がしてきた。だがどれだけ咎められても思い出せないものは思い出せない。簡単に言ってくれるが、思い出せる様な奴はそもそも揺葉の顔を忘れないのだ。
「これ。謝った方が良い奴ですか?」
「謝ってもどうしようもないだろ。それで思い出す訳でもないし。当人もそれを期待している様には見えないな。もう少し踏み込んで話を聞いてみたら? 私が言えた事でないけれど、正直に直球で聞いてみないと分からない事だってあるよ」
「―――へっ。本当に先生が言う事じゃないや」
「……そうだろ?」
「あー楽しかったー! こんなに沢山遊んだの久しぶりかも! お兄ちゃんについてきて良かったらったらったー!」
諸々の荷物を無事に回収し、ホテルに戻って来た。全員が全員、あまりにも遊び疲れたものだから、特に冬癒は早速ベッドに寝転がっている。シャワーで体を綺麗にしたとはいえ、気持ち悪くないのだろうか。錫花は行きで着ていた半袖を再度着ようとしたが、落ち着かないのか縞模様のTシャツに着替えていた。ガスマスクは勿論、いつもの仮面に戻っている。
「遊び疲れるって……変な気分ですね……」
「私なんか今すぐにでも眠れるよ。遊びすぎて翌日身体が壊れるかもしれない。その時は頼んだよ……」
「先生さっきまでパフェ食ってたじゃないですか」
言いつつも、俺だって疲れた。ソファに座って寝転んで、それが限界だ。緊張の糸が切れたに違いない。夜の花火とか、今はそんな体力さえない。少しでも休まないと。そろそろ下の階で夜食代わりのバイキングだって始まるし。
「センパイ、そろそろいいんじゃないんですか?」
元気一杯なのは夜枝だけか。隣に座った後輩に携帯を渡される。二秒前までポケットに入っていた。
「…………何を?」
「何をって、電話ですよ。また目的忘れたんですかッ? どうしようもない人」
「ああ…………そう言えば」
「? 何の話?」
「冬癒ちゃんは関係ないよ! センパイが電話したい人が居るって話だから!」
忘れていた訳じゃない。上体を何とか起こして、ソファに寄りかかる。このデートの目的は監視していると思わしき揺葉の警戒心を解く事だ。もし疑っている事がバレたら消息を絶ってしまうかもしれない。いわば、泳がせている状態と言ってもいい。
「…………じゃあ、万が一他の人の声が入ってもあれだから、窓際で話す。何て言えばいいんだ? 二人きりで話したい事があるみたいな?」
「とにかく直接会えるなら何でもいいと思います。静かにしているので、どうぞ」
錫花に促されて、揺葉の番号に連絡を掛ける。
トゥルルル……。
こんなに疲れていても、親友への電話は緊張する。
『はいはい。ワンコールワンコール。どったの?』
『揺葉か? その……今、奇跡的に夏休みでさ。海に来てるんだ』
『知ってる。だって私もそのビーチに居たし。ずっと見てたよアンタの事』
『……………………声、掛けてくれよ』
『なーんか楽しそうだったからさ。ごめんごめん。ま、水着姿の女の子見てデレデレしてるアンタを見るのも楽しい訳よこっちは。硝次君もちゃんと男なんだなって思ったの。ほら、昔の思い出しかないからさ』
『お前の方はナンパされなかったのか?』
『ナンパなんてお断りよ。アンタ以外はノーセンキューってね。だから、手当たり次第にナンパしてくれたら私も付いて行ったかもね。なーんちゃって』
笑みが零れる。それにつられて揺葉も笑い、更につられて俺が笑った。
『……で、何か用事? 困った事があるなら助けてやんよ。何でも言ってごらんなさい』
『………………や、いい。ちょっと声が聞きたくなっただけだから。本当は会ってあの時のお礼とか言いたいけど、それは頷いてくれなさそうだしな』
『………………………会っても、いいわよ』
『…………え?』
本当に驚いている。押して駄目なら引いてみろの理屈で敢えて引き下がったまでは策略だが、向こうからここまで直接的に誘ってくるのは予想外だったのだ。
『硝次君に、色々伝えたい事とかあんのよね。誤解って程でもないけど……話さなかったら後悔しそうだから。どうせホテルに泊まってんでしょ? ならご飯食べ終わったらもう一度連絡してくれる? 二人きりで……今度はちゃんと顔も見せるから。いい?』
『え。あ。ああ。ゆ、ゆる、はさん? あ、あの。で、出来れば水着姿とか見たいなって思ったり……め、目立つから会う時の目印にもなりそうだし?』
『―――そんなキョドらなくても着てやるっつの。昔と違って色々成長した私を見て悩殺されなさいよ。じゃ、また後でね。正直、逢瀬してるみたいでちょっとワクワクしてるんだから、寝ないでよ』
電話は一方的に切られた。
振り返ると、夜枝が口を尖らせながら拍手をしていた。
「お見事ですセンパイ! しかし幾ら騙すのに気が引けるからって、本心からデレデレしなくてもいいのに!」
欺瞞だらけの後輩には、俺の本音など透けて見えているらしかった。
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