かえすがえすいってきかせるだめである

 夜枝が間に合ってくれたお陰で本当にギリギリの所で踏ん張れた。それもこれも、俺の節操のなさのお陰だ。錫花に好意を持っているから他の女子にどう見られても大丈夫、ではなくて。夜枝にもそれなりに好意を持っているから恥ずかしくなって止められた。

「色々買って来ちゃいましたけど、やっぱりかき氷な気がします!」

「私最近食べた記憶ないやっ。お兄ちゃんブルーハワイで良かったっけ?」

「ああ、その辺りに別に拘りはない。こう暑いもんな。涼まないと」

「じゃあ私は焼きそばを貰うよ。身体を動かしたらお腹空いちゃった。十分涼んだからね」

 テントの中の昼食は新鮮な気分だ。地べたに座って食事というのが、まず久しぶりな気がしている。直前のやらかしを反省しているので冬癒以外の三人から距離を取って、俺も久しく口にしてなかった涼しさを頂く。

「むー? 錫ちゃん、ビキニの紐緩んでるよ? どうしたの?」


「!」


「…………あ、後で直します。気にしないで下さい」

「へえ、でも今直さないと危ないよ。センパイの目の前でポロリしちゃう♡ きゃー♡」

「……夜枝さん。実際錫ちゃんのサイズって幾つなの?」

「具体的な数字は本人に聞いてほしいんだけど、確かIカップだったよね?」

「……」

 コクリ、と頷く錫花。何故だろう、顔が隠れているのに俺には彼女が赤面している様に見える。別に、今知ったばかりの情報でもない。隼人に貸されていたあの家で教えられた事だ。

 サッと足を組んで、前傾姿勢を取る。この距離だ、内緒話をしようにも聞こえてくるし、夜枝はそもそも隠す気がない。さっきも言ったが……俺は聖人ではなく、煩悩を克服した覚者でもない。男としての反応がある訳で、それを見られたくない。

 死んだアイツにどうこう言うつもりはないが、あらゆる側面において俺は経験不足だ。結局羨ましいのはお互い様で、隣の芝生同士はどれほど仲が良くてもやっぱり青く見えたというオチ。

「ふふふッ♪ 私が直してあげましょう♡ わるーいセンパイが錫ちゃんを襲っちゃうかもしれないからね!」

「お、襲わねえよ!」

「ふう。私は仲間外れで助かったよ。こんな痴話喧嘩にどうやって入ったらいいか分からないものな」

 自称大人の余裕を見せつける先生を正面に捉えている。自分が会話の輪の中に居ないのを良い事に調子乗り放題だ。きっと遊んでいる内にテンションが高まって本来の自分を取り戻したのだろう。

 それはとてもいい事だが、この状況だと腹が立つ。

「先生! 部屋の鍵開けといてくださいね」

「―――ッ! ば、馬鹿。同じ部屋だろう!? 君って奴は本当に……」

「い、いつものお兄ちゃんじゃない! 先生が凄く照れてる!」

「照れてない! これは照れてるんじゃなくてその…………ゅぅん」

 褒め殺してからというもの先生の反応は可愛い。分かりやすく顔を赤くして縮こまってくれるから踏み込みやすいのなんの。二十年前もこんな感じで反応してくれるなら可愛すぎて俺だったら告白していた。勿論『無害』な俺が成功体験に恵まれる事はないし、当時の先生は他の子にお熱だったから失敗したかもしれないけど。いや本当に、見る目が無さすぎる。逆にそいつは誰が好きだったんだ。

「この後何して遊びますか? ビーチバレーとか本当はやりたかったけど、知らない人と混じるの嫌ですよね! せっかくのデートですし?」

「夜枝さんと競争したい! 絶対私の方が早いもん!」

「じゃあ私がジャッジしてあげよう。浮き輪ボートにでも乗りながらね」

「新宮さんはどうしますか?」

「俺? 俺は……そうだな。この後みんなでやりたい事あるから、その準備も兼ねて砂遊びしてるわ」

 思い出作りというのなら遊びに付き合ってばかりも趣がない。全く情けない話だが、これだけ沢山の人に守られてきたのだ。今日くらいは俺が皆を楽しませたい。自分は『無害』だから積極的な行動には取り組まないなんて言わずに。

 もうそんな事は、言っていられない。

「準備…………なら、私も付き合います」

「ええ~何? お兄ちゃんが生意気にもサプライズ?」

「いや、そんな大層なモンじゃない。少し考えたら分かるから考えないでくれ。伏線なんてモンは無いんだ」

「っと、センパイもこう言ってますから、考えないでおこうね。釈迦に説法? 妹を調教? 何でもいっか」

「そんな存在しないことわざを類語みたいに語るなよ。それと先生」

「ん?」

「後悔しますよ。マジで」














 今日は海が凪いでいると言っても、海の機嫌なんて誰かに分かるもんじゃない。多少水面が荒ぶる事だってある。


「うわあああああああああ~!」


「あー言わんこっちゃない」

 気を抜いてボートに乗っかっていると波に攫われるだろうと思ったら案の定だ。沖合に流される様な危ない波でないにせよ、先生にしては警戒心が薄すぎる。競争を始めようかという度に夜枝に連れ戻される彼女の姿は見るに堪えなかった。

「成程、水鉄砲」

「そう。仁義なきバトルロイヤルをな。なんか冬癒が一杯持ってきてたから丁度いいかなって」

 砂で城を作るのは目隠しとしての意味合いもある。この手の工作物は苦手で完成間近で崩れ去るのが俺のジンクスだが、錫花が細かい場所を直してくれるお陰で今はそうなっていない。

「紐、すまん。抑えきれなくてちょっと触った」

「気にしないで下さい。私は……新宮さんが思ってるより品のある女性ではありません。貴方が、明確に手を出そうとしてくれた。それだけで凄く……ドキドキしてます」

「…………」

 充填した水鉄砲を錫花の身体に向けて発射する。

「きゃあッ!?」

「はは」

 彼女は驚いて尻餅をつくも、即座に手元の水鉄砲で反撃をしてきた。

「うおおああああ!」

「何するんですか。酷いです」

「わるかっ、つめて! ちょ、降参降参!」

「倍返しです」

 瞬く間に制圧されて俺の負けだ。錫花は「全く……」とため息を吐きながらシームレスに建築へと戻ってしまった。

「写真撮りたいから、画角に収まってくれ」

 立ち上がってカメラを構える。夜枝に何度戦っても勝てない冬癒と、それをぼんやり眺める先生、カメラに気づいて笑顔でピースを向ける夜枝と、手前でダブルピースをする錫花。


 パシャリッ。


 自撮りは難しいのでやめた。自分を撮りながら周りを取るのはシンプルに難しい。だからこれで大丈夫だ。集合写真はまた別に撮ればいい。飽くまでデート中の一枚として、これは採用。

 写し具合を確かめていると、錫花が城の反対側から四つん這いになってこちらに近づいてきた。

「撮れましたか?」

「ん、大丈夫だよこれくらい」

「ちょっと、貸してください」

 と言いつつカメラは取り上げられてしまった。心なしか今日の彼女はいつもより強引だ。何のつもりか分からないが撮り手が他に居るのなら写真は賑やかになるだろう。

 一度視線を切って水鉄砲の充填をしていると、不意に声を掛けられた。

「新宮さん」

「ん?」

 カメラが砂の上に置かれている。

「お酒が入ってたからなんて言い訳はしたくないです。だから今度は、素面で臨ませていただきます」

「は? …………ちょ、錫花? 周りに人が」

「少なくとも、三人には見られませんよ。こんな立派なお城がありますから」

 錫花は俺の足を掴んで引きずり倒すと、脚から首にかけて重量感のある胸を滑らせながら俺の真正面へ。ガスマスクを半分だけ外して、桜色の唇を露わにする。



「心の底から、お慕いしております。新宮硝次様」




「んぐ…………ッ!」

 



 タイマー通り、カメラはシャッターを切る。

 滑らかな背中に手を回す。紐はすんなり解けて、身体を離せば目の前でビキニが剥がれ落ちる、そんな状況を作り出してしまった。

「…………新宮さんの、えっち」

 こんな状況、妹には見せられない。砂の城を作ったのは間違いなく正解だった。抱きしめたまま転がって位置を入れ替える。

 或いは『無害』卒業の一歩だろうか。確かな事は、水鏡錫花の前ではそうはいられないという事。男女どちらにも特に不利益を被らない人畜無害な存在とは一体誰の事だろう。

 変わらない様にしたくても、変わらないといけない日が来る。始まりは小さなきっかけ。我儘。

「…………俺以外にこんな姿、見せちゃ駄目だぞ」




 



 独占欲の芽生え。

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