純情純白の逢瀬
冬癒が居る道理はなかったが、間違いが起こらない為と考えたらそれもありかと思っていた。ほんの少し残念みたいな気持ちもあったかもしれないけど、また何かの拍子に錫花と身体を密着させてしまったらいよいよどうなるか分からない。いつぞやの時のように妄想でお尻を揉むくらいで済めばいいが、それで済むのかどうか。
「やっほーい、早速泳ぐぞ―!」
「私は疲れたから少し休ませてもらうよ。若者は好きに遊べばいいさ」
「湖岸先生。いつも年齢気にしてるのにこんな時だけ高齢仕草しなくても。そういえば先生も水着持ってきたんですか?」
「…………泳いではしゃぐような年齢はとっくに過ぎたさ。波打ち際で涼む程度の恰好なら用意してあるよ」
「えー。生徒が水着を着るのに先生が着ないのは不公平だと思いまーす!」
「私はクラスを受け持ってないし、大体公開処刑が過ぎるよ」
「湖岸先生。スレンダーで、脚も綺麗で、素敵だと思います」
「ヤミウラナイの後遺症かな。自分を少しでも美しく見せたいという気持ちは正直今もあるよ。だからまあ、体型くらいは頑張るさ。しかし若さはどうしようもない。私は水鏡の女ではないからね。色々気になる事とかあるんだよ。お尻の肉とか」
何でそこで水鏡、と思ったが、そうか。確か水鏡の血は特別なのだったか。俺は他の水鏡を知っている訳ではないが、錫花を見ていると特別と言われても何となく分かる気がする。発育はある程度は努力かもしれないが、生まれ持った性質として恵まれているなら中学生時点でこのようなグラマラススタイルを獲得しても不思議はない。
ただ、そこと比べるから話がおかしくなるだけで、先生は十分可愛いと思う。これは間違いない。
「俺も先生の水着見たいです……」
「え?」
「お兄ちゃんは着替えないでやんすか?」
「お前テンションおかしくて口調も変だぞ。せっかく海に来たのに空気読まない先生を説得中だ。お前はその………………………」
……………………。
……………………。
…………………。
………………。
……………。
…………。
………。
……。
「先に着替えててもいいぞ」
「え、マジ? 話分かるじゃーん! やたー! あっちで着替えてくるッ!」
「おう。部屋が広くて良かったよホント。あ、なんかルールっぽいから水着に着替えたら上に何か着ろよー。脱ぐのは外な」
冬癒に使わせたくはないが、その気になればアイツだって女子なので問答無用。水着そのままで外に出ようが全裸で外に出ようが咎められる人間は居ない。最高峰とは言わずとも高めのホテルに来たのならその雰囲気も楽しみたい所だ。だもんで、俺も守れる場所なら守っておきたい。
この辺りのルールが煩わしいならビーチテントでも置いてそこで着替えればいいと思う。荷物として持ってきているかどうかは知らない。
「というかだね、気にするべきは私なんかではなく、錫花ちゃんじゃないの? 水着は結構だけど、その仮面は木製だろ? どうするつもりなんだい?」
「お気になさらず。抵抗手段としては当てになりませんが、顔を隠すだけなら用意があります」
「シュノーケルマスクはあんまり顔隠れないよ?」
「いえ、それではなくて。私の事は気にしないで下さい。新宮さんに顔を見られないのなら何でも構いませんから」
俺以外に顔を見せているので分かり切っていたが、本人も意識していた様だ。顔も知らないのにこんなに彼女を好いている自分もどうかと思うが、それは揺葉にだって言えるか。
―――どんな水着でもトンチキな姿になるのは想像出来るよ。
でもちょっと気になる。生着替えも十分気になるけど、今、隣でそんな事されたら背中から胸を鷲掴みしそうだから駄目だ。俺は『無害』であって『不能』ではない。男としての自分は弁えてるつもりだ。それで思い切り反撃してくれるならともかく、彼女は絶対にそんな真似はしないだろうから。
「お兄ちゃん、私着替えたよー!」
奥の部屋から声がする。いつだったか、冬癒をダシに女子から逃げ切ろうという案もあったっけか。
「じゃあ俺は冬癒と先にビーチ行ってるんで、先生はちゃんと水着に着替えてくださいね」
「え~? センパイ、生着替えは?」
「それよりはサプライズを味わいたい気分なんだよ。俺は。いやあ男はパパっと着替えられて楽でいいな。それじゃあ適当に着替えて行ってきます」
後は女三人でよろしくやってくれと説得を丸投げ。素早く着替えると、冬癒を引き連れて部屋の外に躍り出た。家族を置いてホテルに来た事に妹は微塵の後悔もない。ただ楽しそうにスキップを踏んで、エレベーター前で俺を呼んでいた。
「このエレベーターもうすぐ来るよっ」
「お、運がいいな。それ使うか」
エレベーターを待っていると、自動ドアが開いて、夫婦と思わしき男女が先んじて降りる。その片割れ―――セミロングの女性の方に、冬癒は見惚れていた。
「綺麗…………」
「雫。俺達の部屋はこっちですから、一人で出歩く時は注意してください」
「有難う。でも一人で出歩くなんて怖いな。何をするか分からないし、その時は一緒に来て欲しいよ」
「違いない、遅めの新婚旅行ですし、たまには甘えてください」
「いつも甘えさせてもらってるのに……君って人は」
夫婦は俺達の事など目もくれず、いちゃつきながら違う部屋へと入っていった。
「おいてくぞー」
「あー! 酷い! 待ってよ、ちょっと見惚れてただけじゃん!」
「見惚れすぎだ。錫花とか夜枝とか先生はまだしも、他人だぞ。なんか二人だけの世界入ってたから良かったものを、怖い人だったら絡まれるぞ」
「ちぇー。はーい」
「はぁぁあぁぁあああああああああああああああああああああ!」
ビーチにやってきたが、クラスメイトの気配はない。一般女性は俺を口説いたりしないし、身体の関係を迫ってきたりもしない。むしろ多くの場合は逆ではないだろうか。ナンパをする男性は決して多くないが、確実に存在する。多くはグループで、見ると品定めをするように女性の多い場所を通過しているようだった。
「あれくらいだったら可愛いもんなんだけどなー!」
「なに言ってんのお兄ちゃん」
冬癒はチェック柄のビスチェにデニムのスイムパンツと、活発な印象を残した水着を持ってきていた。水色の上着は隠すために着ていたもので、今は前を全開にただ羽織っている。
「お、いいじゃん。似合ってるよ。遊びたがりって感じだ」
「でしょでしょ? 私も可愛いと思ったんだ! で、お兄ちゃんは何で上を脱いでないの?」
「いや、普通に恥ずかしいから」
代わりにパンツはちゃんと縞模様のシンプルな物に着替えてきた。上を脱げば後は泳げるのだから細かい事は気にしてはいけない。
「もしかしてお兄ちゃん、腹筋なくてお腹がぶよいから見せたくないとか?」
「小学生の頃ならそうだったかもな」
仕方ないのでお腹だけ捲ると、こちらの方が恥ずかしい事に気が付いた。冬癒は興味深そうに腹筋を見て、触っている。
「運動してたっけ?」
「色々とな」
己を『無害』などと自虐する前は、積極的な恋に励んだ事もあったが、全て空しく終わった。そこで俺のモチベーションは尽きていたが、いつか揺葉に会う時に幻滅して欲しくなかったので、悪しき体型に戻る事だけは許せなかった。隼人もその言い分には理解を示して協力してくれたが、真意を知った今となるとアイツも複雑な気持ちだったのだろうと窺える。
「みんな来るの遅いから、先に海で泳ごうよ! 私沢山持ってきたよ! ほら水鉄砲とか!」
「早速か。でもそもそもお前泳げたっけか。悪いが子供相手に全力を出す程大人げなくないんだ。まずお前が泳げる所から見せろ」
「お、言ったな? お兄ちゃん舐めてんな? 私想像以上に泳げるよ。その証拠に、今から世界一の飛び込み見せるから。もう走り込み違うから!」
「あ、砂浜で走ると―――」
僅か三歩目で足を取られ、転びかけた。
「……人も居るからな。せめて波打ち際までは歩いていけ」
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