隣の彼女は中学生

 ホテルに到着するらしいことは分かった。各自、荷物を抱える準備は出来ているが、その前に気になる事が合った。

「ホテルのお金、払ったんですか?」

 全ては揺葉を欺くためだが、元々この計画の始まった理由は呪いの効果範囲について調べようという話だったではないか。神様を介しているならその範囲は無制限ではない。必ず範囲外が存在するから遊びに行って確かめよう……と。確かそんな流れだった。

 もしも効果が及んでいるのならお金は払わなくても済む。クラスメイトに絡まれなくてもそれで呪いの有無は分かる筈だ。

「……私は大人だから、ちゃんと払ったよ。払わなくてもいいかどうかじゃない。呪いが解けた後、お金を支払ってなかったらややこしそうだなと思ったからさ。それに、若者の教育上よろしくない。お金は払わなくてもいいものなんて、そんなのは新宮硝次君が犠牲になってる限り成立するだけの幻想だよ」

 淡々とそんな風に言ってのける先生が、何故だかとても格好良く見える。俺の犠牲は許さない。そんな風に言ってくれる人が少しでも居てくれるなら嬉しい。大勢の幸福の為の犠牲が自分になったら途端に反発するのが人間だ。俺もその中の一人であり、見知らぬ人間の糧にはなりたくない。

 駐車場に車が停められる。先生が先に降りると外からスライドドアを開けて降車を促した。

「さ、各自荷物を持って行こう。割合は均等に行きたいけど、こういう時くらいは男手に頼りたいな」

「まあそれくらいはやりますよ。ここにはか弱い女子しか居ないですからね」

 俺にとってか弱いという意味とは警戒しなくていい女子という意味になる。先生も夜枝も錫花も冬癒も、敵意もなければ害意もない。夜枝に関しては散々信用は出来ないだの胡散臭いだの言ってきたが、錫花を最初に引き合わせてくれた事を認めた時点でそれは言えなくなった。

 発言がやたら思わせぶりなだけでいい奴だと、多分その判断は間違っていない。

「うわ……俺も色んな物入れたから人の事は言えないけど、重いな」

「頑張れーセンパイ♡」

「その言葉だけで頑張れたらいいけど……な!」

 火事場の馬鹿力を発揮するような環境ではない。俺に重めのバッグを任せて各自無理をしない程度の荷物を持つ中で、俺だけがややキャパオーバー気味の荷物を持たされていた。

 これに不平不満を言っても仕方ない。仮に分散させたところで誰か一人がキャパオーバーするだけだ。それなら俺が全てを背負えば全てが幸せになる。ああこの感覚、懐かしい。クラスメイトが昼休みに使って荒らしたグラウンドの後片付けをよくやっていたっけ。

 基本的には揺葉と隼人も手伝ってくれて。だから雑用でも、楽しかった。

「…………良し、いっちょ頑張るか」

「お、流石。ごめんね。私が無理すると腰を痛めそうだから」

「先生に無理させるつもりは最初からないんでそこは安心してください。男手として頼ってくれるなら嬉しいですよ。少なくとも単なる子種出すオスとして見てくれるよりはね。アイツ等、俺の事なんてまるっきりみてなさそうだから」

 呪いの強制力は絶大だが、『好きな人だから好き』の様な問答無用の理屈しか感じられない。そこには愛も無ければ恋もなく、当然理解など存在しない。だから俺もその想いに応える事はない。

 「……ああそうそう、言い忘れていたけど、料金面以外では特権を存分に使わせてもらうよ。面倒だからね」

「例えば?」

「チェックイン周りの事とか。駐車関連かな」

「え、じゃあ呪いの効力及んでるじゃないですか」

「そう言う事になる……と言いたいけど」


「ここ、妙な気配がするので、そうとも限らないですね」


 荷物を両手に持った錫花が頭を振って俺の方を向いた。

「霊的な気配が……強いので、範囲外でも効力が持続する可能性はあります」

「何、何の話? お化け? 錫ちゃんお化け見えるの?」

「見えるよ。信じるかは任せる」

「すごっ。お兄ちゃん凄い子と友達じゃーん!」

「怖い事言ったのに何にも動じてない……センパイの妹って凄いね」

「怖いって言っても現実味ないからな。俺は……ちょっと冗談じゃないけど」

 神話の世界で散々苦しめられたので、その手の話は暫く御免被る。奇跡みたいな撃破というか、とにかくもう一度は無理だ。再現性がない。

「ここにも『神話』があったりするのか?」

「…………ちょっと、個人的に後で調べてみます。勿論、新宮さんとの時間を割いたりしません。私にとって……凄く、大切な時間だと思いますから」
















「うわあああああ! すっごい広い!」

「高いホテルだからね、まあこれくらいは」

「シャニカマ先生、もう少し素直に喜ぶべきですよ。冬癒ちゃんを見倣ってください」

「…………」

 確かに、凄く広い。ベッドも大きいし、別世界に来た気分だ。実際別世界で、俺の家とは比べものにならないくらい清掃が行き届いていて、清潔感がある。妹と違って息を呑んでいた。もしくは呑まれていたかもしれない。

 

 ―――こんな場所に来る日が訪れるなんてな。


 それにしても男女比がおかしいので、どれだけ部屋が広かろうと多少肩身は狭くなる。俺は何処で着替えればいいのだろう。いや、候補は幾らでもあるのだが……隣で着替える訳にはいかない。

「因みに錫花。ここにも霊的な気配はあるのか?」

「ここにも……という言い方は正しくないですね。海を起点にかなりの広範囲で同じ気配を感じます。それ以上は分からないですけど……眠る時はカーテンを閉めておいた方が心臓に優しいと思います」

「えっ……先生、もしかしてここって心霊スポットですか?」

「いや、そんな噂は寡聞にして聞いた事がないけど」

「気づいてないだけだと思いますよ。心霊スポットと呼ばれるような場所は大抵、直近の年に事件があって騒がれる所から始まるじゃないですか。騒がれていないだけで人が死んでいたとしても不思議はない。まして海ですからそういう事もあると思います」

「急に雰囲気壊す様な事言うなよ……泳ぐの怖くなる」

「これは何処の海でもそうだと思います。大丈夫です。噂が立っていないという事は滅多な事では活発にならないという意味ですから。普通にしていてください」

 普通に、普通に。

 考えていると普通がどういう状態か分からなくなってくる。意識しないようにすればするほど、むしろ意識してしまう感覚に近い。

「全く、仕方ないセンパイですね。ここは一つ、私が鎮めて見せましょう」

「お兄ちゃんを鎮める!? 凄い、いつも正気じゃないお兄ちゃんを鎮められる人が居るなんて……」

「おい、妹」

 いつも正気じゃないのは俺でなく、この世界だろう。

 夜枝は耳元でそっと、悪魔の誘惑を投げかけた。



「冬癒ちゃんを先に着替えさせちゃえばあ……私と錫ちゃんの生着替え、見られるかもしれませんよお?」

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