炎天国楽浄土シースルー  2

「……………霧里先輩。それは言わない筈では」

「私も黙ってたかったけど、もうセンパイも気付いてたし。これ以上隠しても変な不信感を買うだけだよ」

「…………」

「錫花も知ってた……のか? や、お前が隠し事しないとは思わないけど、単に騙されてただけだと思ってた」

「……霧里先輩、これは」

「そっちは言っちゃ駄目ッ。センパイまだ気づいてないんだから!」

「は?」

 梯子を外されたではないが、今のは何もかも教える雰囲気だっただろう。錫花もわざわざ許可なんて取らなくていいから教えて欲しかった。二人は何を隠している。呪いに関わる事ではなさそうだが、純粋に気になる。

「何だよ、気づけたご褒美で教えてくれてもいいだろ」

「すみません新宮さん。こればかりは霧里先輩の許可が無いと」

「夜枝」

「ん~そうですね。じゃあ一緒に考えてあげますよ。錫ちゃんは私に言われて助けましたけど、じゃあ私は何でそれを知ってたと思いますか?」

「……お前が女子達と情報共有してたから?」

「でもでも、発端は六未先輩のお父さんの凶行ですよね。新宮さんに対するマッチポンプという事なら、助けに行くべきは錫ちゃんではないですよね。情報共有するからには私も協力しないといけなさそうなのに、その辺りはどう考えてますか?」

「……」

 早瀬達と協力している前提なら、協力しないといけないのはその通りだ。だが錫花はそもそも通う学校からして違う。中学生だから年齢的に当たり前という話ではなく、お嬢様学校に通ってるから接点の持ちようがないという意味だ。

「…………そもそもお前達はどうやって出会ったんだ?」

「いい質問ですね♪ 実は、こればっかりは偶然でして」

「親戚がこの町に居て、たまたま訪ねてました。勿論、水鏡ですよ」

「…………いや、分かるだろ」

「センパイ、親戚とか居ないんですか? 血縁が近いからって同じ苗字だとは限らないんですよ?」

「そうなのか……確かに考えてみれば変な話だな。毎回婿入りだか婿養子だかしてるみたいな話になる……気がする」

「水鏡が婚姻を結ぶ際、多くはこちら側に苗字を変えてもらいます。例外は現当主様の『首藤』と……もう少しいますが、割愛します。水鏡の歴史は古く、その名は庶民に苗字が存在する前から存在していました。なので現代において水鏡は苗字ですが、本来『水鏡』とは苗字ではなくその血を受け継ぐ者を全般的にさす名称となります」

「当主様はいいのかよ」

「仕事の時は水鏡を名乗るので……その度に不機嫌になってますけど。水鏡家としての仕事は特殊で、且つ必要であるため全国に広がる必要がありました。私は特に仕事を受け持ってはいませんが、例えばその地域で仕事をしなければいけない時、そして協力を求めたい時、同じ水鏡を訪ねます。一一〇番の家みたいな物だと思ってください。識別しやすくしているんです」

 何か、水鏡の話をされるとスケールが大きくなったような気がしてくる。ただの家系の話なのにどうして大袈裟に感じるのだろう。俺の家系に大した歴史がないからだろうか。偏見は良くないが、うちの親はこんな堂々と歴史は語れないと思う。

「……あれ? じゃあ当主様は頼れないのか?」

「どころか、暫く本家には頼れません。当主様が子供をそれなりの頻度で連れてくるので、その対応に当たっています。子供が四人も居ると体型の回復にもそれなりに手間がかかると言っていました」

「あれ、仕事すらしてない?」

「いえ、受ける時は勝手に受けていると思います。ただ、それとは別に当主様は子供と遊んでいる時と旦那様と触れ合っている時は凄く幸せそうなので、声を掛けづらいといいますか……」

 不意に、夜枝が耳打ちするように顔を近づけて来た。


「あ、これ以上は当主惚気が終わらないので程々にしてくださいね」


「当主惚気って何だよ」

「錫ちゃん、当主様に過度に憧れてるから、どんなに幸せそうかって話ならずっと出来ますよ」

 ……やけに詳しいな。

 夜枝も何度か同じ目に遭ったのだろうか。仮面を被っているからどんな顔をしているかは判断できない。ただ、声音は凄くご機嫌だ。聞いてて心地よいからもう少し惚気てくれても(これは惚気なのか?)俺は構わないが、話が前に進まなそうなので適当な所で遮った。

「で、夜枝とは何処で出会ったんだよ」

「あ、すみません。親戚の家を訪ねる際に、私が道に迷ってしまって。その時声を掛けてくれたのが霧里先輩なんです」



「………………ぅん。お兄ちゃん、お腹空いた」



 三人で下らない話をしていたら、空腹で冬癒の目が覚めた。話は一度ここで中断。続きは気になるけど、昔にさかのぼってる時点で俺に掛かった呪いとは関係なさそうだし。

「冬癒。起きたか」

「うーん。ここ何処……? 車…………?」

「おはようございます」

「うーん……? え、誰! お兄ちゃん不審者がいる! 目が怖い!」

 うん、まあそうなるよな。

 何となく分かっていた反応だ。心なしか錫花はコンプレックスを突かれてしゅんとしている。対処法として自分でもどうかと思うが、俺が背中を向けている内に冬癒には彼女の顔を確認してもらう事にした。

「え、あ、あ…………え!? ご、ごめんなさい! 凄い美人ですね!」

「同い年ですから、そう改まらなくても結構ですよ」

「錫ちゃん。人の事言えてないよ。お互いため口にしなきゃ」

「……難しいですね。それでは……名前は?」

「に、新宮冬癒……え、本当に同い年?」

「十四だろ。だったら同い年だ」

「え、ええ…………本当にぃ……?」

 こんな場所で嘘を吐く意味もないのに妹が疑おうとする事には共感しかない。何を見てそう思ったかは一目瞭然で、そこには男も女もないというか。むしろ同性だからこそ発育の違いについて目を瞠るのはさもありなんといった処。

「水鏡錫花だよ、貴方のお兄さんとは、お友達。宜しくね、冬癒」

「あ、よ、よろしく…………」

「色々言いたい事があるのは分かるけど、ご飯をまずは食べろ。お腹空いただろ」

「お、お兄ちゃん気が利くじゃーん! いっただきまーす!」

 寝起きだった事など忘れて、冬癒は元気一杯だ。錫花の綺麗さを見て目が覚めたとしか思えない。振り返ると、妹は早速錫花に絡んで色々な事を聞いていた。仮面はとうに付け直しているので、俺には素顔など見えない。


 ――――――俺にももっとフランクでいいんだけどな。


 本人の手前、言うのは憚られるが。



 錫花のタメ口を聞いてしまったら、心がときめいてしまった。
















 朝食を終えたら、いざ目的地のホテルへ。

 女三人寄れば、ただ騒がしくなる。主に冬癒が騒がしい。俺はそんな三人の雑談を聞きながら窓の景色を眺めていた。話のタネになるのは主に服の話と俺の話。今まで『隼人』の傍に居ただけで特に冴えなかった俺にどうしてこんな友達が居るんだという話を、何故か俺に振るのではなく友人関係にある二人に振っている。

 錫花も夜枝も今日の騒動の事は出来るだけぼかしつつ、俺との出会いを語ってくれた。しかし夜枝は出会い方が変態すぎるので、エピソードがごっそり変わっている。実は中学校からずっと一緒の学校に居たとか……真偽は分からない。一個下の学年だろうし。

「お兄ちゃんモテモテじゃん。実は今までも彼女居たの?」

「居ない」

「うーわ。カワウソ」

「コツメカワウソの方がモテますよ」

「お前は俺を褒めたいのか馬鹿にしたいのかどっちなんだ」

「やーお兄ちゃん、でも一人くらいできると思うんだよね……本当に一人も居なかったの?」

「俺には優しさも、男らしさも、運動神経も、頭の良さも、面の良さも足りなかったんだ。妹なら分かるだろ。『無害』だったんだよ俺は」

 自虐気味に、俺を象徴する二文字を告げる。それが全ての始まり。新宮硝次の全て。或いは、誰かが求めたステータス。

「でも、そこがいいと思うな」

 錫花は口調の切り替えに慣れていないのか、いつもよりややあどけなさの残る声音で、俺に視線を向けた。

「新宮さんの良い所だと思うよ。私は好き……です」




「やーやー。話を遮るみたいで悪いけど、そろそろだよ。荷物を持つ準備をしてくれる?」

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