炎天国楽浄土シースルー 1
「え、この雰囲気は何?」
先生がコンビニから戻ってきたが、その瞬間は夜枝に押し倒されて、正に唇を奪われている真っ最中であった。車の中は狭く、半端な抵抗は良くない部分を触ってしまう可能性がある。まだ錫花も冬癒も起きていないし、こんなしょうもない事で一々起こすのも忍びない。
だから抵抗していないのだが、それを良い事に夜枝は積極的で、先生が戻ってくるまでに五回はキスされた。
「車上キスは自分の車でやって欲しいな。凄く入りにくいから」
「すみません。センパイがあんまりムラムラするって言うから♡」
「言ってない。こいつが強引に迫ってきました」
「うーん、全面的に新宮硝次君の言い分を信じましょう」
「酷い先生! 男尊女卑です!」
「この状況でそれを言うなんていかつい度胸だね。現状、彼以外の男子は尊ばれているどころかゴミのように弄ばれているのに。女子が卑しいのは否定しないけどね」
呪いなんてそんな物だと先生はレジ袋を渡してきた。中には後ろで眠る二人用のお弁当もあり、特に女子二人はサンドウィッチが用意されている。俺は朝から唐揚げ弁当を食べる分には全く問題ないが、夜枝までハンバーグ弁当が用意されているのは……悪意という程ではないが、重くないだろうか。
「飲み物は注文されなかったから選べるように幾らか買ってきた。それは自由に選んでくれ」
「わあ、リッチですね♪ コンビニ弁当に贅沢なイメージはないですけど、飲み物が自由だと何となくお得な気分です」
「気持ちは分かるけど、お前的にその弁当は大丈夫なのか?」
「女子は等しく食が細いなんて偏見ですよセンパイッ。ええ、全く問題ないです。根拠とかはないですけど」
「さあ、時間がズレると困るから二人も起こしちゃおうか。まあ空腹が限界に近づいたらその内勝手に起きるとは思うけどね。私は朝食も兼ねて少し寝るから、話しかけない様に」
「あ、はい。お疲れ様です。じゃあまあ……起こすか」
錫花と冬癒は寝起き且つ、片方は元々寝ていた関係で起こしたこの瞬間から初対面となる。二人の相性が悪いとは思わないが、特に冬癒がどういう反応をするか気になってきた。
理由は言わずとも分かるだろう。俺に彼女候補として友達を薦めてきた時の会話を思い出せば、それが理由だ。まさか同じ中学生にしてグラビアアイドル顔負けのスタイルを持つ少女がいるとは夢にも思うまい。
「冬癒。おーい冬癒、起きろよ。おーい」
「…………ん。ぅぅ……うーん」
「起きろー! 起きないと御飯食べられないぞー!」
「……後……二分…………」
後二分とは、日本語を理解出来ない諸君には到底難しい事と思われるが、大体三時間くらい眠らせろという意味である。どうしようもない妹だ。暫く身体を揺らしてみるが、起きる気配がない。
仕方ないので、錫花を先に起こす事にした。
「おーい、錫花。起きてくれ。ご飯だぞ」
「…………」
「夜枝。お前って顔見た事あるんだよな」
「…………んくっ。食べてる最中に話しかけないで下さい。ありますよー」
「ならちょっと顔見てくれないか? 仮面もそうだし、目の見える方が下になってて分からない」
「えー、センパイが勝手に見ればいいじゃないですか」
「俺は、アイツから見せようと思うまで見ない」
もうそこまで見たいとも思っていない。仮面姿を見すぎて、もう慣れてしまった。夜枝は渋々と言った様子で弁当を置くと、錫花の仮面を剥がしてそっとその寝顔を確認。
「…………ん、起きてます」
「え?」
「…………霧里先輩。そういうネタバラシは良くないと思います」
身体を揺らしてそれでも起きないならもっと別の手段を模索しようと思っていたが、なんと彼女は大分前から起きていた様だ。身体をゆっくり起こすと、軽く首を捻って調子を整える。
「おはようございます、新宮さん。元気そうで何よりです」
「おう。寝たふりしないでくれよ」
「ついさっきまでは本当に眠っていましたよ。それで…………」
錫花の視線は、この期に及んで夢の世界にしがみつく哀れな妹へと向けられている。
「俺の妹だ。まあちょっと、ついてきた。気にしないでくれ」
「そうですか……朝食、ですよね。ならば彼女も起こした方が良いのでは?」
ところが起きないんだ、と両手を上げて降参の仕草を見せると、錫花はそっと冬癒の背中に手を置いて、何かを確認している。
「…………新宮さん、多少手荒な手段は使っても大丈夫ですか?」
「それはやめろ! ただ寝てるだけだからあまり過激な手段を取られても困る」
かといって穏便な手段も取れないので、もう冬癒は起きるまで放っておくのが一番という結論に達した。三人で朝食を食べていればその内起きるだろうという希望的観測は、有効に作用してくれないと非常に困る。
「緑茶が欲しいです」
先生は運転席と助手席を贅沢に使って、静かな朝食を楽しんでいる。俺と夜枝と錫花はそれとは対照的に騒がしく―――なれたら、誰も朝は弱くない。存外、静かな物だ。相対的に夜枝が一番騒がしく感じるくらいには、黙々と食べている。
「で、センパイ」
錫花が起きれば話すことは一つだろうと、夜枝は脈絡もなく切りだした。
「本当にその通りで、私が錫ちゃんをセンパイに差し向けたんですよね」
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