肉をパコらせ筋が勃つ
「…………センパイ、遅いですね」
「そう?」
腕時計を確認してみると、まだ五分も経っていない。年を取ったから時間の流れを遅く感じるようになった……あれ、逆か。早く感じるようになって、それでも実時間も体感時間も大差はない。
「気にし過ぎじゃないの。飲み物買いに行ってるだけだよ」
「買いに行ってるだけにしては遅いんですよね。だってちょっと探せばこの階に自販機ありますし」
「購買まで行っているのでは?」
「自販機が見つからなくて? 錫ちゃん、それは幾らなんでもだよ。心配になってきたから私、探しに行ってきます」
「……私もついていきます」
―――若いっていいね。
この程度で心配するなんてと思う私には危機感が無いのか、それとも彼なら心配ないだろうという信用か。三嶺姉弟と併せて三人で無の時間を過ごす。気まずくはない、こういう時間は好きだけど二人はそうでもなさそうだ。度々視線を合わせて、私に対する話題を探っている感じがする。
「そうだ。せっかくだしちゃんと聞いておこうかな。三嶺水都姫ちゃん、君は新宮硝次君が好きだよね」
「え、えぇぇえええええ! あ、あわあわあああ……だ、だ、誰にも言わないで下さいね!」
「やっぱ、分かりやすいですかね」
「分かりやすいよ。当人は気付いてない様だけど」
央瀬隼人君の言う事は正しい。『無害』だったせいなのかは分からないけど、彼は極端に自分の好意に対して鈍感だ。錫花ちゃんくらいハッキリしていればまた別なんだろうけど、奥手な乙女だった私には水都姫ちゃんの気持ちが痛いほど分かる。
「何処が好きなのか、戻るまでに聞かせてよ」
「ど、何処って…………言われても」
「あり過ぎて困る?」
「はい!」
こんな年で自称するのもおかしいけど、私も恋する乙女の一人だった。しかも相対的には奥手だったから、彼女の気持ちは良く分かる。彼はなんだかんだ言って一途に愛してくれるだろう。本音が明らかになろうとも周囲に勝手に対立させられても、央瀬隼人君を親友と言い続ける頑固さは、女子から見れば美点だ。
「せ、せんせえ。硝次君とはどんな関係なんですか?」
「ん? 先生と生徒だよ。成り行きで協力するようになって、それが今まで続いてきただけ」
「本当です、か? なんか先生の見る目が、女の子みたいな時があって」
「え」
動揺というより、言い方に問題があった。女の子みたいって、三十路を超えて言われても嬉しくないというか、むしろ嫌味まである。まるで私の精神が何年も成長していないみたいだ。もしかしたら図星というかもしれないけど、とにかく気に入らない。
「…………おばさんでも若い男の子に惹かれる事もあるんだよ」
彼女の観察眼に目を瞠った。自覚があったんだ。新宮硝次君が、時折好きだった子のように見えてしまってドキドキする。似ても似つかないのに、幻覚はぴったりとハマってしまう。
―――黙っておいた方がいいね、これは。
婚姻届を見せるのは簡単だけど、あれは秘密の契約であって迂闊に見せびらかす物でもない。三嶺水都姫にとって私はヒロインレースに値しない負け組だという認識をしてもらおう。
私の仮説にすぎないけど、『ヤミウラナイ』と誤認されたこの呪いには回避方法がある。最たる例は霧里夜枝。これを証明する方法はないけれど、正しければ三嶺水都姫も同じ方法で回避している。
だからこそ、そう言う意味でも心を折るような真似はよろしくない。婚約者の足は引っ張りたくないって、妻としては当然の事だと思わないだろうか。や、まだ役所には出してないけどね。
昔日の罪がそうさせているのか、私は狂った女子の様にがっつく事は出来ない。錫花ちゃんが彼を好きで本当に結ばれたいなら、その背中を押してあげたいと思うくらいには控えめだ。
若人を応援するのは、生き残りとして当然だよね。
「…………いやに遅いな。私も探しに行くべきなのか?」
「あ、じゃあ私も……」
「いや、君は弟を守ってた方がいいだろう。男一人は危険だ。私まで戻らなかったらもう絶対動かない方がいいね。錫花ちゃんまで戻らないのはいよいよ不味いような」
「不味い事になりました」
正に立ち上がろうとした瞬間、霧里夜枝が病室に戻ってきた。表情はいつになく焦燥に駆られており、余裕がない。手には携帯が握られていて、履歴には彼に対してのコールが無限に繰り返されていた。
「センパイはノーパン女子に攫われたと思われます」
「は、ノーパン?」
「マンじ…………えーと、女の子ってその、濡れるじゃないですか。それがもう、向こうのエレベーター近くがびしょびしょで、中がもう雨漏り起こしてるんじゃないかって感じで。女子トイレに下着が溜まってるのでもうチャンスとばかりに脱いだ可能性があるっていうか、すみません。私らしくないですけど、流石に困惑してます。控えめに言ってビッ痴女。お酒の缶もあったのでアル
「何を言ってるのか良く分からないけど、病院に潜んでたんだね。学校にも行かず潜伏してたなんて、そんな我慢強さがあったとは驚きだよ。連れて行ってくれる?」
見るからに錯乱している夜枝に案内してもらって犯行現場に赴くと、廊下は水漏れというより浸水しているかのように濡れていた。顔を近づけると、女性特有の臭いがする。いやちょっと……このニオイはまずいな。
「これは……嫌だね」
「ドブみたいな臭いしますよね。まさか身体にドブの出口がついてる人間が居るとは思いませんでした。大人数で揃ってセンパイを誘拐するなんて汚いし、健全なるセックスは健全なる行動に宿る訳ですね。心がドブなら身体もドブ。こんな女子に好かれるなんてセンパイが可哀そうです」
「そういう意味じゃない……呪いの進行度が高まって行動が過激化していってるんだよ。徒党を組んでるのは何故か分からないが、とにかく彼の命と貞操が危ない。錫花ちゃんは?」
「これ見たら血相変えて何処かに行きました。当たり前です。こんな女子と身体を交えた日には先輩はエッチな事が怖くてできなくなる事請け負いですから」
「―――成程。ふざけてるかふざけてないのか私には全く良く分からないな。霧里夜枝ちゃん。本音を聞かせて欲しいんだけど」
「本音って何ですか?」
階段を下りようとすると、彼女は私を見つめて首を傾げた。
「そのイミが、私には分かりません」
音を聞くに、俺は地下駐車場にでも連れ込まれた様だ。ストレッチャーから解放されても数多の女子の手が俺の身体を触って、車に運び込まれる。そこでようやく頭に被せられていた布が取られると、この車は大型トラックの荷台で、運転手は普通に無免許、俺は本格的に誘拐されているのだと悟った。
「―――うわ、お前等なんて格好……」
「好きなだけ見ていいのに♡ でも目を瞑ってくれてた方がいいかも!」
「やだ、見られてるって思ったらぞくぞくして来た……♡」
「孕む……孕むよぉおおおおおお」
下着とは人間の理性だ。そこから解放された女子のなんたる痴女っぷりには頭が上がらない。俯いて目を閉じて、全てを忘れるかのように思考をまっさらにする。こんな事になるならネックレスを置いていったのは悪手か。かえって病院内に固執させてしまうかもしれない。
「俺は何処に連れてかれる!?」
「ら く え ん!」
「ていうかお前等誰だよ! クラスメイトじゃないだろ!」
「私、E組の菜園だよ! 硝次君には昔からぐちゃぐちゃに犯されたいなって思ってたの。えへへ……ようやく夢がかなう、嬉しいな!」
「三年の幸村よ。私の身体に夢中になってね?」
俺は自分が憎い。
こんなにこいつらの事が嫌いなのに、身体は生殖本能に基づいて興奮しようとする。死にたくなる。だから見ないようにしているのだ。今だけは盲目でいい。想像力は要らない。
うぐうううううううううううううううう!
極まった現実逃避の末、俺は揺葉との仮想青春を想起した。
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