精の乱れは子の孕み

「!!!!!!!!!!!!」

「あー駄目♡ 動いちゃ駄目。そんなに動きたいなら後で幾らでも動けるから! パコパコスコスコ動くの、硝次君も好きだよね!」

「大丈夫、みんな好きだから!」

「時間がない! バレないようにはーやーく!」

 恐るべきはその手際の良さ。そして只ならぬ状態でも尚続く狂気の理性。女子達は全員が目から血を流し、焦点の合わない瞳をぼんやり動かしながらそれでも俺を捉えていた。幾ら油断していたとしても女子がなんともない状態なら叫ぶ事くらいは出来た。

 それすら出来なかったのは、異様な状態を認識した動揺のせいだ。まさか女子に襲われるなんて……いや、そもそも何でナース服を着ているのか。誰も注意しなかったのか―――

 する訳ないか、と思い直す。そんなまともな奴なら俺達と接触しないまでも、こんな危ない奴らに関わろうとはしない。それがあるべき自己防衛本能の姿だ。頭に布を被せられて状況は把握できない。ストレッシャーに寝かされ、拘束された状態で何処かへと運ばれているっぽい。傍には囲うように多くの女子がおり、仮にこの拘束を逃れても脱出は困難を極めるだろう。

 まあ、暴れてはいない。特に腕は暴れようとするとぐっしょり濡れた柔らかい割れ目みたいな物を触らせようとしてくる。それが何かは分からないが何となく危ないと感じたので無抵抗だ。

 

 ―――何処に連れて行く気だよ。


 連れて行かれる場所は病院内の何処かだろう。やけに自分が冷静に思えるのは、多分何も視えていないからだ。不安はあるが恐怖はない。下手に慌てるとむしろ怖いので慌てない。

 思考にだけリソースを割けるなら凡人だって賢者のように冷静になれる。これが本当の賢者タイム……なんて。今は冗談じゃ済まなさそうだ。発言を聞いた所、このまま何処ぞへ連れて行かれると俺は大乱交状態に持ち込まれるらしい。早く何とかしたいが、先生も錫花も夜枝も、まだ誰も俺が誘拐された事に気づいてはいない。

 ―――どうするかな。

 どうしようもない。考えるのを辞めるべきか。いや、それはおかしい。でも打つ手がない。なるようになる? 気づいた時には無責任の責任を取らされて晴れて浮気者だ。子供を産む機械ならぬ子種を出す機械か。最低すぎて萎えてくるが、生理現象としてどうして興奮する事はあるだろう。俺はそれが悔しい。

 だって呪いで勝手に好きになっている……いわば俺の内面も外見も見ていないような女子と子供を作るなんてどんな冗談だ。性格より見た目が好きでも見た目より性格が大事でも一向に構わない。少しでもいいからまず俺を見てくれ。話はそれからだ。


 俺は俺だけを見て欲しい。


 ただそれだけ。

 思えば揺葉は昔から俺と二人で遊ぶのが一番楽しいとか言ってたし(隼人をハブにしていたとかではなく予定で居ない事が多いので、リップサービスか何かだと思っていた)、もしアイツが俺を本当に好きだったのならあれは紛れもない本音で、どちらかというとあの隼人を疎ましく思っていたのか……なんて。

 やる事がないと下らない事も考えたくなる。


 アイツの本音が聞きたいな。なんて。


 もし本当だとしてもそれで嫌いになったりはしない。ただ親友の考えを知りたいだけだ。隼人の事を何でも知っている様で何も知らなかった。そしてもう二度と知る事は出来ない。大切で大好きだった親友は、どこぞの女子に殺されてしまった。

 そうだ、女子だ。もしかしたらこの中に隼人を殺した奴が居るかもしれない。だがどうやって炙り出す。それ以外の女子を頼れば簡単か? しかし親友を殺した奴だけはこの手で殺すと決めている。覚悟とかではない。当然のケジメとして。

 揺葉も殺したいと願っている筈だ。すると俺だけが殺すのはアンフェアか。ならば先にアイツと再会して、その上で二人で殺害する? ああそれは良い案だ。共犯として地獄に落ちる事を前提に何処か遠くで静かに暮らす。そんな人生が許されるなら是非にも。

 ならばまずは俺にかけられた呪いとやらを解除しないといけない。錫花にも先生にも夜枝にも協力してもらわないと駄目だ。俺は一人じゃ何にも出来ない。この状況だって抜け出せない。それは情けないとも思うし、これこそモテないと思う確かな理由だ。

 俺にとってモテる男とは央瀬隼人のような聖人であるべきで、間違っても自分のように情けなく平和主義者で時に短絡的で感情的な人間なんかじゃない。一人じゃ何も出来ないような弱弱しい男がここまで理不尽にモテる時点でカラクリがあるって少し考えれば分かるだろう。

 責任なんて取りっこない。一体どれだけの家族に挨拶をしないといけないのか。そもそも何人子供が生まれるのか、その養育費はどうなる。働いた所で賄えるものか。それにあれだけ過激だと仮に結婚しても性交渉は限りなく続くだろうから俺は――――――



「っちがああああああああああああ―――むぐっ」



「しずかに♪ 煩くするなら私をオホっと言わせる事が出来たら幾らでもケダモノのように叫んでくださいませ? ご主人様?」

 ああ駄目だ。考えるくらいしか出来ないと思考は手が付けられない。無意味なもの、必要ないもの、あり得ないもの。全部を考えてしまう。なんだ今のは。真面目か俺は。

 こちらにだって権利くらいある。よりどりみどり、あらゆる色を取ろうなんて馬鹿か。どうせ結婚しないといけないならせめてそれは俺に選ばせて欲しい。揺葉でも錫花でも先生でも、この際夜枝でもいい。選択させろという話だ。

 何故自分の思考の中でも不自由を感じないといけないのかこれが分からない。有乳無乳の女子の中で錫花より巨乳の女子は今すぐ手を挙げろ。絶対居ない。かけてもいい。夜枝より顔が綺麗な奴は今すぐ手を挙げろ。先生よりアンニュイな感じの奴は手を挙げろ。

 

 揺葉より俺の事を理解しているという奴は今すぐこの場で手を挙げて俺を助けろ!


 冷静になっているというのは嘘だ。これはこれで動揺している。とてつもなく、これ以上ないというくらい錯乱している。自分でも何が何だか良く分からないが、とにかく不特定多数の女子と子作りさせられる状況を避ける為に足切りをしたいみたいだ。見た目は足切りをする上で簡単なので選んだと。

 

 またエレベーターに乗って、下階へ参るらしい。


 病院の構造がまずどうなっているのか。地図を見るべきだったのかもしれない。或いは完全記憶能力を保有しているなら一瞥した記憶から全てを掘り起こし脱出ルートまでの動きを計算出来ただろうが、そんなハイパースキルを持っていたら苦労しないし、昔はもっと自分の持ち味として告白の材料に使っていただろう。絶対記念日を忘れないとか。



 ――――――助けてくれ。



 情けないとか、どうでもよくなってきた。助けを求めないとどうにもならない。それは話し合いだけではどんな物事も解決には導けないように(結論や実行の手順がない為)、古来から決まっている不変の常識。

 自分の力でどうにもならないのだったら他人を頼れ。

 少し考えて出来ないなら考えた上で他人を頼れ。

 報告、連絡、相談。

 全部出来ないけど、抱え落ちはあまりに無謀。エレベーターの扉が閉まる直前、俺は片腕を拘束から外すと自分の身体に入れて、青い桔梗のネックレスを外の方向へ捨てるように投げた。


「え? 今の何?」






 気づいた所で、扉はその僅かな時間に閉まってしまった。俺は何処までも下へ連れて行かれるだろう。後は奇跡的に誰かがあれを見つけてくれれば。錫花から貰ったプレゼント。



 






 凄く、嬉しかったんだよな。

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