ヴァギナの方舟迷宮
「じゃあ中身の事なんだけど……そもそも何でこんな事しようと思ったのか聞いていいか? あれは理由もなく聞く事じゃない」
「あー。そこから聞いちゃいますか。姉ちゃんの前で話すのはちょっと気が引けるんすけど……いい?」
「う、ぅう。そそれはあちょっと」
「水都姫。頼む!」
事情は分からないが、姉弟間で何かしら約束があるなら今だけは取り下げてもらいたい。彼女の手を握って頭を下げると、水都姫は露骨に声を震わせて、身体も震わせて、問答が成立するのか不安になりそうなくらい言葉に引っかかって。
「い、い、いいよ……硝次君の為、だから」
「ありがとうっ」
「はいはい。じゃあ説明しますね。簡単に言うと姉ちゃんの為なんですよね。姉ちゃんずっと新宮先輩の事気にしてたんですよ。知ってますかね。まあ知らないんでしょうけど。それでずっと二人の状況に業を煮やしてたっつうか。親友なのに何とも思わないのかって怒ってて」
「言わないでぇ…………!」
「で、言っちゃ悪いすけど、こんな事になるまで姉ちゃんの代わりに僕が登校してたんで、代わりに聞いてきてって感じですね」
「質問なんだけど、三嶺水季君。何故代理登校なんかしていたんだい?」
「…………それはこの事とは関係ないから教えないっすね。まあこれも強いて言うなら姉ちゃんに頼まれたっつうか。ま、もう一つだけ言うと、悪いのは新宮先輩なんすよね~」
「俺?」
「はは」
冗談なのかどうなのかは判別がつかない。水都姫が偽装登校させていた事と俺に何の因果関係があるのだろう。ただ今回とは全く関係がないそうなのでこれ以上追及する事が出来るとすれば、何もかも終わった後か。
言わざるを得ない状況になったか。
「じゃあ動機は分かった。聞きたいのはずばり、あれを聞いた時間だよ。お前が水都姫として学校に登校してたなら分かるんじゃないのか? いつって言うとあれだけど……ある時女子に呼び出されて、パシられたんだ。パシってきた女子は三人だったけど、関係した女子は多い筈」
「あー……その前か後かって話ですね。じゃあ前です。勿論僕は参加してないっすよ。だって女子じゃないですからね」
前。
という事はヤミウラナイ(は成立してないけど実行には移された)を受けていない時の音声。それがどういう事を意味するか分かるだろうか。隼人の発言を思い返そう。
『いいよいいよ。もうすぐこのもやもやしたのも終わりだ。アイツがモテるようになったら、全部変わる。立場逆転結構。それでようやく、気持ちよく親友やれるよ』
アイツがモテるようになったら。
最初、それはヤミウラナイの事だと考えた。だが違った。今までの話の流れから、俺以外の男子が迫害され、俺はやたらと身体の関係を迫られるこの状態は隼人にとっても不測の事態だった筈なのだ。だから俺と協力して解決しようという姿勢にもなった。
知っているなら一人で勝手に解決すればいいだけの事。先生を巻き込む必要もなければ家を焼かれる必要もなかった。家族はバラバラにされずに済んだし、男子の神輿―――或いは女子から見た宿敵として認定されずに済んだのだから。
大事なのは、ヤミウラナイの前にこの会話が発生したという事。
央瀬隼人は、ヤミウラナイの前、もしくは同時期に何かを実行した。
もうすぐ終わりという言葉には、既に実行して後は結果を待つだけという意味も捉えられるし、これからする予定だから、起きる結果に対して希望を抱いている風にも受け取れる。だからどちらかは分からない。だがどちらかは確実。
「…………錫花」
「はい」
「…………素人の質問で悪いんだけどさ。一人の人間に二種類の呪いがかかってたらどうなるんだ?」
「それは……より強い呪いが勝つだけの事です。複数同時にかかる事があるとすれば呪いの根源が余程近いか、或いは元々混ざっていた術なのか。その二つですね」
「神を介した呪い。隼人がやってた可能性は?」
「……私はあの人の事を詳しく知りませんが、ゼロではないです。結局、神を知っているなら誰にでも可能ですから」
「センパイ。神様使ってまで不測の事態なんておかしな話ですよ。ゼロじゃなくても限りなく低い。何も知らないまま神様頼るなんて不自然じゃないですか?」
「単なるゲン担ぎのつもりだったという事もあるよ。私みたいな情報弱者は特にそんな都合の良い発想をする。ただそうなると厄介なのは彼が何処で神を知ったか。ただそこらへんを歩いてたら分かるってもんでもないだろ、新宮硝次君。彼はオカルトに詳しかった?」
「普通くらいですよ? テレビでやってたら見て怖いなー程度っていうか…………」
「…………混ざる…………」
独り言はハッキリしていた。見ると錫花が思考に没頭して独り言が漏れているようだった。
「錫花、大丈夫か?」
「…………混ざる可能性は十分あり得ます」
「え?」
「そもそも、最初から妙な話なんです」
それは飛び出す言葉がオカルティック全開でぶっとんでいるという意味ではなく。
「ヤミウラナイは央瀬さんに掛けられる予定で、央瀬さんは新宮さんに呪いを……恐らくかけて。実際の所ヤミウラナイは不成立で、新宮さんにはそれより強大な呪いがかかっていた。覚えていますか? ヤミウラナイを起こしている箱が空っぽだったのを」
「確か……あれだったよな。呪いは見られない事が基本で、別に中身を抜く必要性はないみたいな」
「むしろ成立してたら触れた人に呪いが及ぶみたいな話もしてましたね♪」
「オカルトというより、ある種単純な話なのですが。呪いの大元を二つ閉じ込めてしまえば、それは大きな呪いになります。私もこんな状況は初めてでうまく説明出来ないんですけど……央瀬さんに向けられた呪いの中身を誰かが奪って、それを使って……いや、央瀬さんに向けられた呪いの中身を央瀬さんが奪って、それを使って大きな呪いを作れば、新宮さんには二つの呪いがかかる事になると思います」
「待て待て。あれは隼人に内緒で行われたんだぞ!」
「それは絶対に、流出していませんか? 例えば三嶺水季さんが漏らしたとか」
「僕は漏らしてないよ。たださ……あの後愚痴みたいなのも聞く羽目になったんだけど、あの人めちゃめちゃ沢山の女子と個人的にやり取りしてるんだね。僕も吐き気してきちゃったよ」
「そりゃあモテるからな………………え?」
ちょっと待て。矛盾というか。可能性というか。
関係のない第三者こと水都姫(水季)に隼人は己の行動を教えた。それは今、俺にこうして聞かれているなら悪手だったが、果たしてそういう迂闊な行動を何故他の誰もしないと言い切れる。
呪いの力は強烈だ。
『自分以外の告白を拒否する』。その願いが叶うと知った女子がうっかり漏らしてしまう可能性。それが断片的情報だったとしても、あのモテ男には切り売り出来る情報がある。自分の好感度だ。
隼人に言い寄られて、本当に漏らさない女子が居るのか?
「―――なんかこんがらがってきたな。少し休憩しよう。お見舞い代わりに飲み物でも買ってくるかな」
「あ、先生は待っててください。俺が買いに行きます」
あり得ないという事はあり得ない。
だが、頭を使い過ぎた。俺も少し休みたい。わざわざパシりを買ったのもその為だ。
病室を出て、自販機を探すべく廊下を歩く。もう少し探せば近くにあるかもしれないが、一階で見かけた記憶が多少遠回りでも確実性を優先させた。階段とエレベーターで二つの行き方がある。横着して、後者を選んだ。
「次は~乱姦~朝までしっぽり着床ツアーのメインでございまーす♡」
え。
自動ドアが開いた瞬間、ナース服を着た女子達が俺を引きずり込んで、頭に布を被せた。
「ここなら赤ちゃん取り出しても大丈夫だからね、硝次君♡」
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