愛の巣窟病にご注意を

 思えば色々な事情があってこれまで病院に寄った事はなかった。女子が来てつきっきりの看護をされたら抜け出せないだとか、下手に知り合いのお見舞いに行こうものならそいつが殺害される可能性があるだとか。だから丹春が瀕死の重傷でも錫花の胡散臭い延命方法に賭けるしかなかった。胡散臭いというのは信用ならないというより、俺に知識がないから不安という意味だ。

「そういえば二人は何処に居るんだ?」

「呪いの影響下にない遠くの病院に預けました。訳あり患者なので、警察の方に口利きしてもらって、後は分かりません。私だけではあれ以上続けてもいずれ殺してしまうので……申し訳ないです」

「いや、出来る事を把握してるのはいい事だと思うぞ。実際、こっちの病院は怖くて使えないもんな……水季君は女装して入院してるのか?」

「その辺りの心配はないと思うよ。お姉さんが傍にいるなら誰も逆らえない筈だ。むしろ…………はぁ。神話の世界にさっきまで入り浸ってた自分達の心配をするべきだ。現実の時間はそう経過していない。ちょっと休んだけど、全然そんな感じがしないよ」

 話し合いは順調に進んだは良かったが、ついさっきまで『カシマさま』と戦っていたその疲労は想像を絶していた。実を言えばこの出発までに二時間ものラグがあった。なので時間帯としては十六時を超えたなら夕方と言うべきだ。季節としては夏なので、日が沈むにはまだ全然早いが。

「やっぱり日を改めた方が良かったんじゃないんですか?」

「……学校行かないといけないだろ、そうしたら。今日は男子が女子の死体を辱めてたな。その男子は先生が殺した。でもまだ男子が全滅した訳じゃないし、女子は女子で自分達の仲間が殺されたなら容赦しなくなるだろ。昨日だったかな、ショッピングセンターでは血を目から垂れ流しながら男性を切り刻んでた。しかもそいつらの所在は別に明らかになってない。こんな状態で学校行くのは危なすぎる」

「行かないって選択肢はないんですかね?」

「せめて俺だけは普通でいないといざ事件が解決しても元に戻れないだろ……俺だけは、変わっちゃ駄目なんだよ」

 強迫観念にも似た願い。

 いずれにしても学校には行く。男子と女子の抗争も、何処かで決着させる必要があると思っているのだ。具体的には何も決まっていないが、介入を辞めたらあらゆる方法自体が実行出来なくなる。一番手っ取り早く介入出来る方法は『登校する事』だろうから、やめられない。

「…………元には、もう戻れないと思いますよ。今まで死んだ人全員生き返らせるんですか?」

「俺は呪いについて詳しくないけどさ、科学みたいに広まらないのってそういう所じゃないのか? 関わったら碌な事にならない分野なんて関わりたくないだろ。その辺は割り切るよ…………」

 隼人を直接殺した奴をこの手で殺めるまでは。実際こっちの理由の方が割合としては大きいかもしれない。介入していれば何処かの女子がぽろっと漏らす可能性がある。

 そいつを殺せば、復讐は終わりだ。

「三嶺水都姫ちゃんには連絡を入れておいた。お見舞いというか、話を聞きたいって。同席したいらしいけど、いいよね」

「……関わらせたくないのが本音ですけどね」

 あの姉弟には同じようにそのままでいてもらいたかったが、あんな記録を渡されたら決して無関係とは言えないだろう。それに水都姫には、弟を殺されかけたという恨みもある。

「……ふとした疑問なのですが、新宮さんの状況で学校は夏休みが出せるのでしょうか」

「結局何が起きてもニュースにもならなければ外部から野次馬も来ないのが現実だよ。この騒動は認知されていないし、女子の横暴に対する制裁として先生がそんな真似を擦れば命が危ない。ま、あるんじゃない? 学校で企画して旅行とかは、無いだろうけど」


「じゃあ、行きませんか? この四人で海」


 錫花が前に出て、ずいっと俺に顔を近づけた。慎重が足りないのでいまいち迫られている感じはしない。

「…………普通なら断らないんだけど、いいのかな。こんな状況で抜け出すのは」

「私は良いと思うよ。このまま思いつめると潰れるのは間違いないし。いっそ確かめてみようか」

「何をです?」

「呪いが君にかかっているなら、この町を離れた場合影響も移動するだろう。そうなったらこの町は呪いの影響から外れて、大ごとになるのかどうか」

 先生はかつての被害者らしく合理的な提案を口にしたつもりだろうが、あの夜枝も検証の悪辣さに眉を顰めていた。下品で俗な後輩でも、人の心くらいはあったらしい。

 そりゃそうだ。呪いの影響が移動するかしないかなんてどうでもいい。いや、してしまった時点で関係ない。その町に今、俺達が味わってる被害を出すという意味なのだから。

「あ、頭おかしいんですか先生!? そんな事したら大変じゃないですか!」

「これでも大真面目だ。君にかけられた呪いは神を介した可能性が高くて『カシマ様』ではなかった。だけれど本物でない神というのは多くの場合土地に祀られた存在である筈。一個人の呪いに付き合ってくれる神で大規模なのは居ないんじゃない?」

「そう……ですね。それだけ規模が大きければ被害も報告されます。であれば当主様に話が届いているでしょうから、考えなくてもいいと思います」

「土地と言っても地図を見て簡単に分けられるものじゃない。神様の成立した時期の地図は形が違うかもしれないからね。だからもし影響が移動して、その影響が小さくなったなら神自体はやっぱりこの町に居る事になる。海に行くって事は隣町だよね。影響が元のままならこの町と隣町の間……境界線近くとか。少なくとも町の中心よりは端っこに神様が居る事になる」

 何処に居るかも分からない神様を炙り出す戦略的な考え方は、犠牲が前提で俺には到底真似出来ない。詳しい真意を聞いた上でまだ乗り気になれなかったが、先生は先生で本気で俺を助けようとしてくれている。それは分かった。

「センパイ。悩むなら後で考えてもいいじゃないですか。時間は沢山ありますから♪」

「……そうだな。まずは病院で話を聞いてからだな」

 夜枝は見覚えのある無邪気な笑顔を浮かべてから、スッと表情を消して。




「…………あんまりセンパイ困らせないでよ」




 愚痴っぽく、聞こえるように言った。
















 病院に着くと、看護師や患者と言ったあらゆる女性の目線が俺に突き刺さったが、大丈夫だ。何故なら俺に過度な干渉をしてくるのはクラスメイト―――悪く言えば学校関係者だけであり、これまで町中で他の女性が頭のおかしな挙動をした事はない。それはやっぱり女子であって、その狂行を止める人間は居なかったがどうせ誰も止められないし。

「わ、あ、あ、に、硝次君! き、来てくれたんだ……!」

「いや、来るって言ったのにその反応はおかしいだろ。やあ水季君。調子はどうだ?」

「調子はどうって、見ての通り腕が折れてますね。僕の事はいいんで姉ちゃんと仲良くしてくださいよ。それがお見舞いって事で」

「悪いけどそういう訳にはいかない。君がくれたUSBメモリについて話がある。水都姫も同席するんだよな」

「ふぇ、ふぇええええ……は、は、はい。そうですぅ……」

「話……まああんな物みたらそうっすよね。自然かなって思います。どうぞ何でも聞いてください。なんかあんまり長くないような気がするんで、答えますよ」

「……あんまり長くないって、何だ?」




「男子と判明した奴の末路は一つって大分前から分かってるでしょ。ほらほら、そんな事は気にしないで聞いてください。僕も、タダじゃ死ぬ気ないんで」

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