孕んだスキの認知は何処?
まさか隼人が揺葉の事が好きだったなんて信じられない。友達という意味では好きだっただろうが、この状況でもまだそれに懐疑的な自分が居た。だってアイツがもし誰か好きならもっと積極的にアタックするだろうと思っているから。
「うーん……先生の推理を疑う訳じゃないですけど、なんか釈然としないですね」
「本当に? 私が二〇年前同じ立場だったら間違いなく殺してるよこれ。自分の所業を茶化すつもりはないけど、事実だ。それくらい腹が立った。無関係じゃなきゃまともでいられない」
「新宮さん。味方をしてあげたいですが、これは私も先生に分があると思います。幾ら仲良しの友達でも、好きだったり相手に見て欲しくなかったら下着売り場に連れ回すなんてのはちょっと」
「センパイ、散々私や他の子に対して下品だ売女だ痴女だ便器だ言ってましたけど、こんな子が居たなら文句を言う資格はありませんでしたね♪」
「お前だけなんか違う」
女性陣から散々な言われようで流石に少し自信を無くす。いやでも、と反論を考えたが特に何も思いつかなかった。
「………………あ、ほら。好きだったら真っ先に行動しようとしませんかね。俺と二人きりなんて看過しないんじゃ」
「モテすぎて振り回されてる状況じゃ無理だろうね。彼、善い人なんだろ?」
「聖人ですね。俺から見たら。うちの高校じゃ良く分かんない歴史上の人間よりアイツを教科書に載せるべきと学会で検討された程です」
「じゃあ猶更無理だ。好きな人以外には冷たい、近寄りがたい感じならそういう強行突破も可能だろうけど、そういう人なら振り回される。多数を優先するから好感度が高い訳だろ」
それは本当にその通りで、俺が昔優先していたのは揺葉の誘いばかりだ。特別そんなつもりはなくて、いつも先に誘ってくるのがアイツだけだったというオチ。『無害』だった俺に好きこのんで声を掛ける人間はおらず、それなら少しでも多く隼人との時間を過ごして好感度を稼いだ方が良かっただろう。
そう考えると、俺がこの事に気づくのは土台無理な話だったというか。気づく訳ない。今まで欠片も勘付く事さえ出来なかったのだから。
「…………そうなん、だ」
「多少納得は行ったみたいだね。でも大切なのはそんな事じゃないよ。彼が揺葉って子を好きだったかどうかはこの際どうでも良いんだ。彼が最後に言った言葉は覚えてるよね」
「えっと」
『いいよいいよ。もうすぐこのもやもやしたのも終わりだ。アイツがモテるようになったら、全部変わる。立場逆転結構。それでようやく、気持ちよく親友やれるよ』
「……ですよね」
「そう。問題は、彼が何処までこの問題を把握していたかだ。最初、私と彼と君でこの問題に手探りで……私はそこまで首を突っ込んではいなかったけど……挑んでいたよね。あの音声からは演技をしていた様には思えない。三嶺水都姫という、自分を好きでもなければ君と関連性もないような、全くの第三者だからこそ漏らした本音に思えるんだ」
「は、はあ」
「だから素直に受け取ると、君に対する嫉妬も、感じていた友情も本物。嫉妬していたからこそ本物の友情が後ろめたくなっていた。だから何とかしようとしていたように思える。それなのに、ヤミウラナイという言葉から始まった騒動はここまで拗れてしまった」
他人事みたいでそれ自体は先生が教えてくれたのだけど。これは仕方ない。実際ヤミウラナイと思われる呪いは成立していなかったのだから。じゃあこれはそもそも何だろうというのが今の進捗。女子も俺も把握していないなら、犯人しか知り得ない情報だ。
「……湖岸先生は、央瀬先輩もこうなる事は予想してなかったって言いたいんですね?」
「何? 何でそうなるんだ? 考え方は分かるよ。アイツが何か知ってたっぽいってのはな」
「知ってたっぽいっていうか知ってたんですよきっと。ただ、こうなる事は予想していなかった。先輩はもっと違うのを想像していたんじゃないんですかね。でも事は何故かおかしな方向に進んでしまったから……自分ではどうしようもなかった」
「霧里先輩、それはおかしいです。呪いに詳しいのならある程度の範囲までは仮定が行き届く筈。こうなる事は予想出来なかったというのも考えにくいし、もっと違う光景が想像出来ていたならやはり詳しい筈です。矛盾します」
そうだそうだと錫花の肩を持つ。何も知らなかったは無理があるが、詳しかったと考えるのは筋が通らない。
「じゃあ詳しくなかったけど、無知でもなかったんじゃないの?」
先生は矛盾を否定するかのようにきっぱりと言い切った。
「へ?」
「私みたいな状態だよ。友達からヤミウラナイの事は聞かされたが、その詳しい仕様までは聞いていないとか。もしくは彼のモテ方は不自然だったから……自分にその呪いがかかってたのを知っていたとか」
「不自然って…………それは、ヤミウラナイを知った後だから言える事で、あれはずっと前からあんな感じで……」
とは言ったものの、女子はもっと消極的だったような気がしている。告白は一度失敗したら終わりと言わんばかりの勢いだったと思う。だから好感度を稼ぐことに終始していた訳だ。リトライがあり得ないならその一回までの積み重ねが重要。何回もチャレンジ出来るならアイツは随分前からもっと辟易してていい筈。
「考え方としては自然だよ。自分が呪いのせいでモテていたと知っていたなら、君にも同じ様な事をすればいいからね。それまでのモテ方は怪我人も死亡者もいないからまあ健全な方だったんだろう。となれば想像の偏りも不自然じゃない。自分がそうだったんだから」
「………………凄く、言い辛いんですけど。敢えて問いますね。何で央瀬先輩はそんな事しようと思ったんでしょうね」
敢えて、という言い方が気になった。まるで夜枝には最初から答えが分かっているみたいだ。
「なんでって…………俺が傷ついてるの知ってたから、喜ばせる為?」
「何でそうなんのか私には全然分かんない。センパイさあ、鈍いのもいい加減にした方がいいよ。本当。答えなんてとっくに出てるよ。今までの流れ的にもさ。あの人は文字通りセンパイと立場を入れ替えたかったからそんな事したんだよ」
「…………文字通りって」
「揺葉にだけ愛されるセンパイと、揺葉以外の全てに愛される自分だよ」
夜枝が後輩っぽさをやめて素の冷めた口調に戻っている。それだけ彼女は、真剣に語っていた。拳を握り締めて。
「気持ちよく親友やれるなんてあっちのエゴじゃん。だってそれもセンパイの立場と同じだもんね。センパイは散々あの人持ち上げてるけど、それと何処が違うの? 結局あの人はほんの少し欲が出て、それで全部台無しにした。出たとこ勝負みたいな浅い知識で何かして、それが裏目に出てセンパイは大変な思いする事になった―――悪いですけど、私。央瀬先輩の事はやっぱり好きじゃないですね」
「………………」
何もあらゆる人間に隼人を好きになって欲しいという気持ちはないが、親友に対して悪し様に言われると気分はよろしくない。お前にアイツの何が分かると言い返したくなる。
だが夜枝は見覚えのない表情で涙を流しており、それが俺には衝撃的だった。それはまるで、本音である事を明かすかのよう。
先生が場の空気を仕切るように溜息をつく。
「……人間、そんなもんだよ。嫉妬も友情も本物なら、割り切れない事も出てくるさ。それでもどうにか割り切ろうとした。それであわよくば揺葉って子の意識も向いてくれればとね。誰にもモテなくなれば振り向いてくれる。何だろう、乙女心ってそんな単純じゃないんだけど。そんな事にも気づかないなんてよっぽど好きだったんだね」
「……そんな単純じゃ、ない?」
「錫花ちゃんにはまだ早い話だったかな。新宮硝次君、その子と仲良くなったきっかけは?」
「え、覚えてない……です」
「じゃあ成り行きだね。彼女も別にその頃から夢中だった訳じゃないだろう。ただ、二人きりで過ごすという事はそれだけお互いを知るという事。良い所も悪い所も知って、それでもお互いが受け入れたから続いた仲だ。その上で惚れたのだから、ちょっとやそっとじゃ揺らがない。もしそれが成立したのだとしても、彼は本当に誰にもモテなくなるだけで終わっただろう」
揺葉の君への想いは呪いの絡む余地がない本物だと。
まるで自分の恋を嘲るみたいに先生は断言した。
呪う事でしか振り向かせられる自信が無かった。実力では勝負出来なかった。ただ恋をしたいがあまり、近くの本物にも気づけなかった。多様な後悔が一言に詰まっている。
「………………隼人」
「―――疑問なんですけど、こんな事を明らかにして何か意味があったんでしょうか。私には、新宮さんが傷ついただけにしか思えませんが」
「考え方を特定するのは十分役に立つよ。彼はある種、ヤミウラナイみたいに揺葉しか見つめられなかった。それにあの発言。『終わりだ』なんてのは実行した後だからこそ言える言葉じゃないかな? つまり彼は録音時点で何かをしたんだ」
「水季君に会いに行こう。時間軸の整理だ」
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