女女女女女女女女女の流行病

 本殿に到着したっぽいが、早々に先生が首を傾げた。

「拝殿が無い……?」

「え?」

「ほら、裏手は森が広がってて特に何かあるとは思えない。まあ隠されてるだけという可能性もあるけど、まともに考えるならこれが本殿になる。だけど本殿っていうのは神様の為の物だから。今いち神社っぽくない……かな。私達が行くのは基本的に拝殿って場所になるんだ」

「そこに違いがあるなんて知りませんでした。でも確かになんか小さいですね」

「人間の為の建物じゃないからね。小さいって言っても、どうやらこの神社は昔はそれなりに有名だったのかな。本殿にしても大きい方だよ。木材に年季を感じるだろ?」

 拝殿のない神社……一般には公開されてないとかそんな感じだろうか。カシマさまの神話を聞く限りだと、後ろめたい事をしているみたいだからそういう事情でも納得は行く。

 そしてここにも夜枝は居ない。

 迂闊に中に入るのは、と躊躇している内におかしいのは建物の有無についてだけではない事に気が付いた。裏手には何もないように見えるが、左右には入り口とはまた別に鳥居がある。先には道がそれとなく続いており、何処かには行けそうだ。二手に分かれるつもりはない。

「まずは目の前の建物から調査しようか。錫花ちゃんの資料にちょっと目を通しただけのにわかだけど、入れるなら多少分かる事があると思う」

「錫花、遅いですよね。夜枝と違って神話を知ってるから、入れると思ってるんですけど」

「そこは分からないな。ただ彼女の話によると、水鏡の血はかつて『怪異姫かいき』と呼ばれていた事もあるそうだ。もしも到着しないようなら、全力で妨害されているという線も考えられる。いずれにせよない助けは期待しちゃだめだ」

 そんな割り切った考え方は生来の物ではなく、大量に人を殺した後が故の諦観だと俺でも分かった。無い助けは期待してはならない―――それは翻って、昔の先生が助けを求めていた証拠でもある。

 ただでさえ冷え切った空気が、階段を覆う屋根に差し掛かると妙な匂いを発するようになった。血の跡は階段を通って本殿の中まで続いているが、これが原因ではなさそうだ。先生が本殿の扉に手を掛けるが、ガチャガチャと音が聞こえてくる。

 扉は一向に開く様子が無い。

「ふむ。開かないか。鍵がかかっているみたいだね」

「周り見てみますね」

「別行動はやめな。私も一緒に行くよ」

 何も真正面から入る必要はない。中に入る為なら手段など選んでいられるか。どうせ人が来ないなら好きにやれる。裏手に回ってみたが、他に扉や窓らしい侵入口は見つからなかった。

 壁を見つめている内に、先生は手すりを飛び越えて下の方を覗いていた。高床式の造りなので、すっかり頭から抜けていたが秘密の入り口が下の方にあっても違和感はない。

「何か見つかりました?」

「何かはあったけど、中に続く入り口じゃなさそうだ。引っ張り出せると思うから手伝ってくれる?」

「分かりました」

 同じように手すりを飛び越えて地面に降りる。森の中に居るからか、昼間なのに妙に薄暗く、中の物が見えにくい。携帯のライトを通すと、確かに床を支える柱に囲まれて、箱のようなものが置かれていた。

 小さな箱と呼ぶには先生くらいの大きさがある。横幅も結構あって、一人で運ぼうとすれば端から端まで腕を伸ばして、身体全体で運ばないといけなさそうだ。

「私がそっち持つよ。頭に気をつけて」

「あいた!」

「…………だから気をつけろって言ったのに。中はかなり重そうだ。引きずってでもいいからゆっくり行こう」

 先生と協力して箱を外に出すと、改めてそれを観察する。子供が一人入るくらいの縦長の木箱は、表にお札が張られており、何と書かれているかは分からない。被さった蓋を開けようとしたが、しなやかな枝でぐるぐる巻きにされており、切るモノがないと手も足もでない。

「裏返してみよう」

 コロンと箱を転がして、裏側を見遣る。特別変わった物はないが、四方がネジで留められていた。その辺にドライバーがあれば、底を抜いて中身を覗けるかもしれない。

「……転がした感じ、中に水が入ってるね。漏れてないのが不思議なくらい詰まってると思う。中には何があるんだろう」

「お札になんて書いてあるか分かりませんか?」

「……いや、読めないな。専門家がいなきゃ分からない。これはいよいよ、どちらかの鳥居に行くしかないか。左と右、君はどちらに行きたい?」

「左で」

 箱は放置しても問題なさそうだったので、確認しやすい場所まで運び直してから、入り口から見て左側の鳥居を進んだ。

「…………?」

「どうしたの?」

「…………いや、何でもないです。ここって変な場所だなあって」

 また井戸を見つけたが、それは入り口の鳥居のすぐ後ろにぽつんと口を開けていた。あんな所に井戸があったなんて、気づかなかったが。
















 左の参道……と言っていいかは分からない……を進んだ先にあったのは、切株に囲まれた今にも崩れ落ちそうな小屋だった。扉には鍬が倒れたまま挟まっており、物置か何かとして使われていた事が窺える。

 だがそれより確実に目を引くのは切株に倒れた白骨死体だ。横たわっているというより身体を押し付けられたまま死んだ様に見える。一つや二つじゃない。半分以上が同じ状態だ。

 共通しているのは手首から先の骨が無い事と、首が分離して、そこかしこに転がっている事だ。それ以外はまちまち。中には肋骨が踏み砕かれた死体もある。


 ―――惨いな。


 肉が付いていないだけで冷静になれるのもどうかと思うが、骨だけでも分かる凄惨な現場は、否応なしに緊張感を持たせる。怖いとかじゃなくて、何となく想像で、自分の骨がこんな目に遭ったらと思うと。痛い。

「……ぎーこぎこぎこ」

「先生?」

「ぎーこぎこぎこぎこぎこぎこ。ぎこぎこぎこぎーこーぎこぎぎぎこここ」

「……先生!」

「ん? どうしたの?」

「今の何ですか? 頭がおかしくなったのかと思ったんですけど」

「死体を見てたら何となく分かるんだよ。この手首はのこぎりで切られたんじゃないかなあって。骨を切るのって大変なんだ。ぎこぎこしなきゃ切れないって訳でもないけど、普通の刃物でいい感じに切るのは技術がないとね」

「じゃあ……これは何も関係が無いんですかね」

 切株の影に隠れていた鉈を拾い上げる。初めてこの手の刃物を握ったが、こんなにも重量感があるのか。驚いてちょっと落としそうになった。

「ちょっと錆びてるね。でも、それはどちらかというと首を落としてたんじゃないかな。断面がそんな感じする」

 先生はさして興味もなさそうに小屋の方へと向かっていく。鉈は何かに使えるかもしれないし、持って行こう。重くてもかさばる物じゃない。

「ごめん、新宮硝次君。この扉、立て付けが悪いみたいなんだ。それか何かが突っかかってる。男手が欲しいな」

「分かりました。こういう時くらい任せてくださいよ。あんまり力自慢した事はないですけど、たまには頼れるって所を見せてあげます」

「頑張れー」

 どっこいしょと先生は切株に座って低みの見物。まずは扉に手をかけて力一杯横に引っ張った。ガタガタと言うだけで、びくともしない。力の入れ方を変えて何度もチャレンジしてみるが手応えは同じだ。

「かった!」

 苛立って、膝蹴りを扉に叩きこむ。すると扉はすんなりと開き。

「え?」

 触ってもないのに開き。中から見覚えのある仮面と―――白無垢の着物が現れた。




「新宮さん―――成程。私は、早すぎたんですね」





 

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