神威幸楽亡骸見世物人生
錫花は相変わらず左目部分だけを露出してそれ以外を仮面で覆い隠している。だが隠す理由である視線のキツさは緩和されており、何処か恥ずかしそうだ。その辺りは俺の主観だが、最低限言えるのは今の彼女は普段と比べて何割か増しで可愛く見えるという事。
「錫花。先に来てたんだな」
「頼られたので。その……着替えましたが、変ではないでしょうか」
「変って……?」
「白無垢は結婚衣装だものね。綿帽子がないのがちょっとだけ違和感だ」
「…………???」
「カシマさまの気を引く為に必要な行為です。神話については覚えていますよね」
流石に忘れてはいないし、そう言われると納得した。結婚式と聞いて騙され、死んだ女性こそカシマさまの神話だ。厳密な理屈等はさておき、結婚衣装を着れば気を引けるという考え方に異論はない。
「しかし直ぐに用意出来る物なのかい? 普段使いする衣装ではないと思うけど」
「当主様がわざわざ式を三回開く人なので、一般的な方と比べれば用意はしやすい方だと思います」
「は? え? 何の為に?」
「親族や友人を呼ぶ大々的な方と、二人きりの方と………………」
最期が良く聞こえない。錫花は徐に先生の方へ近づくと、俺との距離に注意しながらコソコソと耳打ち。
先生も顔を赤くして、俯いてしまった。
「………………そ、そう。す、凄い人だな。主に、夫への愛が」
「俺だけ蚊帳の外ってマジ?」
「君は聞かない方が良い。どうせ今回の事とは関係がないんだ。まあ納得はしたよ、沢山持ってるんだろう。サイズの問題なんかもどうせ解決されてる」
女性同士のデリケートな話なのかもしれない。気にならないと言えば嘘になるが、あんまり問い詰めても錫花が可哀そうなので努めて気にしないでおこう。
―――流れ、忘れたな。
確か固くて開かなかった扉を開けようとしたら、内側から錫花が出てきたんだっけ。中を覗くと、案の定、小屋の中には農具―――いや、そう呼ぶには物騒な物ばかり置かれている。釘とか、鎌(草刈り鎌ではない)とか、金鎚とか、鉋とか、返し刃が並ぶ妙な器具とか。
足元の床は板が外れており、下には階段が続いている。彼女はここから戻ってきたのか。
「下から来たんだよな。何かあったのか?」
「それを見つける前に扉から凄い音がしたので戻ってきました。改めて調査したいと思っています」
じゃあ本当に少しだけ早く来ていたらしい。時間差を考慮するとこの下は中々広い空間が待っていそうだ。何となく俺が先頭になった方が良さそうだと思って先に地下室の奥へ。梯子を下りる直前、錫花がこん棒を扉の横に置いてつっかえさせていた。
「……ちょっと待て。お前よく着物姿で梯子下りたな」
「足元はちゃんとした靴ですから」
「そういう問題なのか……?」
白無垢を着る事は今後なさそうなので良く分からない。光源もなくいつ終わるかも分からない梯子を下るのは普通に怖い。何かの間違いで手を離して身体が放り出されたら無事じゃ済まなそうだ。降ろす足もいつ地面に着くかと思うと不安で不安で。だからどうしても慎重になる。
「そうだ、夜枝も一緒に来たんだけど鳥居を潜ったら居なくなったんだ。それはやっぱり、神話を知らないから来られなかったって認識でいいのか?」
「ですね。ただ、どうも向こう側とは神話を隔てて繋がっている様で……私がここに来た時には鍵が掛かっていたのですが、特に何をした訳でもなく開いたんですよね。私がカシマ様に好かれる道理はないので、そういう事情があるなら霧里先輩が鍵を開けたと考える方が自然ですかね」
「ま、携帯は繋がらないから彼女の行動をこちらで操作するのは難しいけどね」
そして夜枝から俺達の行方など知る由もないから力を合わせるのは難しいと。
足が地面に着いたので梯子から手を離す。
「着きましたね」
「取り敢えず暗いから先生が降りてくるまで―――っと!」
暗いなりにも至近距離に居たので何となく錫花が脚を踏み外したのが分かった。たった一段だけだが、それでも後頭部を打ったら大変だ。何事かと考える前に身体が動いて背中から彼女の身体を抱きしめる。「きゃっ」と小さな声が漏れたかと思うと、縮こまってしまった。
「何々? ちょっと、下で何か起こさないでよ。怖いから」
「いや、錫花が落ちかけただけです。大丈夫か?」
「…………有難うございます。そろそろ、離してくれると」
「あ、悪い」
梯子から離れて先生の到着を待つ。流石に先生が脚を踏み外すドジは踏まなかった。携帯からライトを起動して前方を見ると、掘り抜かれた通路が何処までも先に続いていた。
「地下壕……?」
「初めて見た気がします。随分奥に続いてますね」
「奥に扉があったと思います。そこから先は見てません」
先に進もうとすると、誰かが俺の手を握った。指の小ささから、錫花だと直感的に分かる。
「ライトがあっても暗いですから、気をつけてくださいね」
「……ああ」
握り返すと、彼女の方から力が抜けていって、俺が無理やり手を握っているみたいになる。何でもいい。白無垢姿の彼女はちょっと足元が危なっかしいから。
地下壕はひょっとすると神社よりも広いかもしれない。通路の先には十字路が広がっており、さらにその先には扉。正面の扉にはダイヤル錠と鎖がかかっており、ナンバーが分からない事には先に進めない。
「この先に何かありそうですね」
「頑張ったら鉈で破壊出来たり……」
「君が鎖を斬れる程の腕前なら役に立つだろう」
軽く一蹴されつつ、探索の流れになる。神話と現実の関連性について考察をしたいなどと言い出したので、先生は通路の中心で待機。俺と錫花で周りを探す流れになった。
「見た所、正面以外の扉は開いてますね。中央に湖岸先生がいるなら、手分けしても問題ないと思います」
「そっか。じゃあ手分けするか。丁度部屋数もそんな感じだし」
そしてたまたま左側に近かったので左側を調べる事になった。扉の先には色んな道具が置かれているが決して物置とは言い切れない。中央にある二つの簡素な寝台(どれくらい簡素かというと、長方形に棒がくっついて立ってるだけ)がそれを示している。
上には囚人が足首にでもつけていそうな枷っぽい物が転がっており、長らく使われた痕跡はない。埃も錆も十分だ。
「…………」
錆の原因は寝台にぶちまけられた赤黒い色―――もとい、血だろう。上の切株に放置された死体もそうだが、ここでもやはり何かが行われていた様だ。壁に沿っておかれた棚には古めかしい本が並んでいる。
「ほこりっぽいな」
手に取るのもばっちいと思えるくらいの汚さだが、タイトルはどうしても気になる。『人体の構造』か。その隣には『
試しに『解体卸シ売場』とやらを開いてみると。
「………………うわ」
タイトルに偽りなしだ。解体卸シ売り場―――つまりバラバラにした人体のパーツがどの場所で売れるかについて書かれている。神話の時代がいつかは分からないが、そういう業者なら一括で買い取ってくれないのだろうか。
裏表紙には売り上げが記載されており、『女・手』『男・脚』『男・顔』が人気商品―――という言い方は良くないが群を抜いて売れている。指の中では『薬指』が一番人気だ。
まだ調査は終わっていないが、先生に渡してみようか……。
「先生! ちょっとこれ見て欲しいんですけど!」
「ん? あまり役には立たないと思う……け…………ど」
中身を見て、言葉を失う。
先生は渋面を浮かべながらパラパラと本を捲っている。
「…………成程ね。これは打ち出の小づちって奴だ」
「はい?」
「無尽蔵に湧き出るお金の出所だね。カシマさまの頃は羽振りが良かったんだろう。使い道が想像もつかない物は幾らかあるが……何となく分かる物はある。それでも分からないのは、腐敗について対処してない事だな。食品として売ってるとは思えないし、その辺りをどうやって対処してたんだろう」
「腐敗問題どうにかしてたら、使い道が分かるんですか?」
「……顔だったら好きな男女を殺してもらって、その顔を貰って飾るとか。手だったら感触を楽しむとか、ああ着けられるなら自分の手に被せて生活するとかもあるよね。顔も、飾ると言わずに抱き枕にするという使い道もある。薬指は結婚指輪でも嵌めるんじゃないかな」
「え。なんかやけに具体的……俺が知らないだけで一般的なんですか?」
「入り口で刺された時からどうも、何となく分かるんだよね。影響受けてるのかな。あはは」
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