えっちぃの勘繰り禁止
『…………はぁ。はあ! はあ…………ど。ど』
『…………………』
『何処が…………落ち着くんだこれ…………! ま、マジでな……なあ! か、か、顔が熱いんだが!?』
恥ずかしさを押し殺して全力で応じた結果がこれでは報われない。俺だって年頃の男子だ、幾ら妄想でもここまで真面目に付き合ったら興奮するに決まっている。何が賢者タイムなのか分からないが、先程から体の震えが止まらない。
『おま……お前ずるいぞ! 電話から離れて一人で落ち着いてるじゃねえか! 戻って来い卑怯者!』
『あの……ねえ。んっ……ふう。こっちだって抑えるの大変なの。ん……はぁ。大体、興奮したくなかったらこっちの声とか……ぅ。聞かない方がいいって』
『……あ、あんまり詳しくないんだけどなんか微妙に俺と反応違うな。女子はそうなるのか……?』
『―――あんまり、聞かないで。私、今凄くしあ―――しんどいから。ていうかあれね、やっぱり落ち着くの無理よねこれ。まあでも楽しかったから成功?』
『楽しかったかあ!?』
『私はね。電話越しでもアンタと馬鹿な事で盛り上がれたから楽しかった。またやりたいかどうかは別だけど、いいかなって』
元の調子に戻った揺葉が自分達を揶揄うように笑う。俺も、ちょっと素直じゃなかった。楽しくなかったら途中で切り上げているし、ここまで付き合わない。楽しくてやり切ったから、後になって文句を言っている訳で。
目を閉じれば、揺葉が居る。
顔は覚えていないけど、傍に居てくれるみたいで嬉しい。
『そろそろ三〇分くらいでしょ。戻った方がいいんじゃない?』
『……そうする。お礼言うのも変だけど、ありがとな。色々変な気持ちになったけど、つまんないっていう感情なら払拭出来た。残りのデート頑張る』
『はいはい、頑張ってね。私は後始末しないといけないから、これで。バイバイ親友。あ、親友と書いてカノジョと読んだ方がいい?』
『それはもういいんだよ。じゃあな、ありがとう』
空想の関係を引っ張るな。
電話を切って三人の方に戻らないといけない。そうしないといけないのは分かるが、この時間を名残惜しく思っている。電話えっちが良かったかどうかというより、揺葉と話せる時間が愛おしくて。
『……どったの? 別に切っても良いよ』
『…………今日の夜、また電話してもいいか?』
『んー。いいよ。勝手にかけてきて、起きとくから』
直前の行為のせいかもしれないが、凄く嬉しい。実験的なロールプレイでも精神的な安心感は得られるようだ。こんな恥ずかしい妄想のやり取りは錫花や先生、夜枝にはとてもとても行えない。
何故、を聞いてこないのも彼女のいい所だ。必要性を求めない、解決を強いない。したかったらすればいいと無暗に肯定してくれるその姿勢が好きだ。
『…………ありがとう』
未練を断ち切るようにお礼を残す。今度こそ電話を切って元の場所に。やはり心残りはあったが、いつまでも拘束するのは申し訳ない。あんまり戻らないと怪しまれるという状況もある。家庭用品を見るとかいう謎の嘘は、彼女たちの所に戻ってしまえば追及される事もない。
「…………?」
三人の姿は、何処にもなかった。
「え……?」
安堵よりもまず戸惑い。そして疑問。置き去りにされたとは思わない、自意識過剰のナルシストと揶揄されても構わないが、控えめに行ってあの三人は俺の事が好きだ。いないならそこには何か理由がある……思い当たるのは、夜枝が何かしたくらい。だがこれだけの目があって誰にも気づかれずに事に当たるのは無理な気がする。
店員も、行方は見ていないらしい。
「……夜枝。居るかー?」
「呼びました? セ ン パ イ ?」
待ってましたとばかりに背後から声が聞こえてきた。振り返ると頬にハートマークを描いた後輩が見覚えのある表情で微笑ん……でいない。声音とは裏腹に無表情だった。
「ずっと見てたので何処に行ったか分かりますよ。教えて欲しいですか?」
「話が早いな。まだ何も言ってないのに」
「どさくさに紛れて私も服を見てたので。三人は電話を受けてケーキを買いに行きましたよ」
「電話?」
「電話口の声は聞こえてなかったんですけど、話してる時の三人は怯えてましたね。デートなんかしてる場合じゃないとも言ってました」
――――――なん、だと。
優先順位の変化が起きた。または正気への覚醒。それは体育館に放火された時でもあるし、瀕死の重傷を負った丹春が辿り着いた境地だ。誰が何の目的で電話したかは定かではないものの、それで三人は身の危険を感じた。
「ケーキって何処だ?」
「一階の端っこにあったと思います。センパイ、行くんですか? またデートが始まっちゃって辛いかもしれませんよ」
「そりゃ嫌だけど、優先順位が変わった今ならまともに話せる可能性が高い。錫花も言ってたろ、神様が関わってる可能性があるって。あの三人は知らないだろうけど、三人に何かした奴は知ってる筈だ!」
「行かない方が良いと思いますよ」
焦りから直ぐにでも走り出そうとする俺を制するように、後輩が呟く。心からの忠告なのは、短い付き合いでも何となく分かった。
「…………理由は?」
「私が見た所によると、今は危ない状態です。ケーキだってまともに買うとは思いません。後は私が監視するので、センパイは帰った方が良いと思います」
「……撮影くらいは頼んでも良いか?」
「それは勿論。私の忠告を素直に聞いてくれるなら従います。センパイに行きたい理由があるなら止めませんけどね」
夜枝は基本的には関わり合いになりたくない害悪な人物だが、それは露骨に低俗な女子を演じている時で、素の彼女は真面目だと思っている。前者は色々な意味で信用ならないが、後者は話が違う。
「……信じるぞ。後は任せた」
「はい」
お言葉に甘えて、俺は帰宅する。何でも一人でやろうとするのは間違いだ。危ないという事ならたまには退く。そういうのも大事だろう。
「…………無理はするなよ」
「―――それは自己紹介ですか? 親友が死んで泣きそうになってるのをずっと堪えてるのは、センパイの方なのに」
夜枝の忠告からデートを脱出したが、今日の予定は一日それで埋まっていると思ったので途端にやる事を見失ってしまった。どうすればいいだろうか。家に戻ってゆっくりするのは全然ありだ。ていうかしたい。二度寝がしたい。夢の続きでも何でもいいからゆっくり休みたい。
誰に憚る事もなく、ただただ惰眠を貪りたい。
「…………」
夜枝が気にならない訳ではないが、信じたのなら最後まで信じよう。心配なんて言葉は字面が良いだけで、不信に近い。ここで引き返すのは「お前の事は信じていない」と言うようなものだ。
「…………」
家で眠る事も考えたが、妹はまだしも両親が面倒な絡み方をしてくるリスクまで考えたら選択肢としては最悪だ。ここは錫花の家―――もとい、隼人の家に行って寝た方が良いだろう。あそこの住人は、今となっては事情を知る人間しか居ないのだから。
『なんか知らんけどデート抜け出せた。俺って運がいいな』
揺葉には一応、伝えておく。迷惑を掛けた最低限の礼儀という奴だ。人の流れに逆行してモールから離れるように帰路についていると、返信がきた。
『良かったじゃん』
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