メスの覚悟はかく語りき排卵期
トイレから戻ると、接待バドミントンの続きが始まった。夜枝に殺意があると分かると、途端に様々な事が心配になってくる。愉しければ何でもいいとばかりにあの後輩は自由だ。殺して面白くなるなら殺すだろうし、無抵抗で殺されるとも思っていないが、アイツが怪我を負うのは、それはそれで俺の不本意。
あれでもデートするくらいにはまともな感情を抱いている。
どちらにしても女子同士の争いはその発端から止めないといけない。今にも嘔吐うしそうなくらいこのバドミントンは面白みもなければ人の体調を悪化させる違法スポーツだが、笑顔を装って凌ぐしかない。錫花みたいに仮面を付けられたらどんなに楽だろう。
楽がどうと言い出したら昨日のデートがまず楽だった。デートをしていない人間にこの苦しみが分かる事はないだろう。疲れる事すら馬鹿馬鹿しく思えてくる虚無だ。
「きゃ~すごーい♡」
「かっこいい♡」
「硝次さんって何でも出来るんだー! 凄いなあ、憧れちゃうなあ!」
「有難う。これでも学校で何回かやったくらいなんだけど」
本当は学校でやるよりも妹と二人でやっていた回数の方が多いと思うが、わざわざいう必要はない。冬癒に対する感情は友達にしては善からぬ空気を感じた。間違ってもシスコンとは呼ばれないくらい兄弟仲は普通だが、兄心にこんな友達とは言葉の上でも関わらせない方がいいと思った。
―――命が危なそうだからな。
比喩でもないし冗談のつもりもない。いずれにしても俺に近づく女子は刃物より危険だ。安全かもしれないのは俺だけで、それも見せかけかもしれない。ヤミウラナイが成立してなかったにせよ、周りでおかしな事が起きているのは事実。神様だか何だか知らないが、そいつの力が働いているなら女子という概念は危険物に分類されるべきだ。
空しい時間は一時間も続いた。一度二度と打ち返しただけで褒められる。褒めて伸ばせの教育方針は、高二にもなると流石に遅すぎる。心が読める訳ではないが、彼女達も俺に好意を抱いているというよりは呪いのせいでこうなっているのだ。
愛想も求愛も過食気味で、胸を打たない。
普段は嫌悪感が勝るし、こういう時には痛々しさが勝る。好きでもない相手に本気で求愛する事の悍ましさ。俺には到底理解出来ないし、したくもない。
「疲れたから、そろそろやめよう」
「「「はーい!」」」
聞き分けがいいのは気のせいだ。たまたま自分達の考えと一致したから従っただけ。今や様子がおかしいどころではなくなった同級生だって、『毎日俺の性欲管理をしろ』なんて言い出したらやっぱり従っただろう。
『惚れてる』という事がそれでいいのかはさておき。
「次はどうしよっかなー!」
「何でもいいよね、硝次さんが格好良ければ♡」
なんて会話は聞き流す。中心に居るようで、蚊帳の外。主導権が渡される日は来ないし、期待してもいない。何度だって確信する、これはデートなんかじゃない。男女のどちらにも同等の権利があって初めてデートだ。じゃあこれは?
拷問。
デートに関しては圧倒的ワースト。自分のデートには至らぬ点が多々あると思うが、それにしてもこれはない。あり得ない。本音が許されるならありったけの語彙で罵倒して、泣かせるまで喚き散らす。
それをすれば、或いは俺を嫌ってくれるかもしれない。だがそれで嫌ってくれなかったらどうなる? 変に自分の弱みを見せたみたいで、普通に対応されたら罪悪感もあるし。分からないことが多すぎて、だからこそ都合の良い仮定は出来ない。
何故未知の出来事が思い通りになると思う?
強奪した道具を元に戻そうとして、それも止められた。晴れて俺も共犯か。その辺に捨てておくなんてマナーが悪いとは思わないのだろうか。夜枝の良識を信じて任せる……自然な方法で抗うにはそれくらいしかないか。
トイレに視線を流しながら、女子に連れられその場を去る。あのナイフを使わせる機会が来なければいいが、これがそのきっかけになれば僥倖だ。
「ね、ね! 硝次さんの好きなタイプ教えてくださいよー♪」
「この中だったら誰が一番好みですか? 中身じゃなくて見た目だけで!」
「全員」
「「「きゃー♡」」」
先生の頃のヤミウラナイは、協力はしても最終的には恋敵。
同級生も性質は殆ど同じ。だからこそ誤認していた。
だがどうも、この子達は違う。ハーレムを許容している。誰が一号で誰が二号になるかも分からないのに、それでもいいから俺が欲しいと欲望をむき出しにしている。それは妹と会話していた一瞬から何となく察せられた。
「ゼンインタクサンコドモヲウマセテヤルカラナ」
お望み通りの言葉を言ってやると、顔から火が出るほど恥ずかしい。こんな事言う奴じゃないぞ俺は。妹の友達……なのかも今は怪しいが、それに対していう言葉ではない。三人は顔を真っ赤にして嬉しそうに顔を見合わせている。
夢なら覚めてくれ。
一方、夢のような時間とも言う。覚めてくれるならまるでこの悪夢がそう言われる時間でもあったみたいで癪に障る。だから一向に覚めなくても結構。出来るだけ早くこの時間が終わったら……嬉しいかな。
接待の運動でも腹は空く。俺から言い出したのではなく、何でもない話の流れからそう言えば、と昼食の話になった。朝食を抜いたので腹の具合だけで言うなら腹ペコだ。
だが早く終わらせたかったので耐えていた。無駄な努力となったが。
レストランに好みは無いようなので、出来るだけ空いている場所を希望したら、なんと客の何割かを叩き出した上で座りたい席に座ってしまった。そんなつもりではなかったのに、と言い出しても後の祭り。仕方なく窓際に座って、なんとなく、外を見遣る。
「俺はいい。実は意外と小食だから」
「そうなんですねー! 可愛い―♡」
頼んでも頼まなくても、口移しを求めてくるだろう。無いならそれでいい。この予想を外した所で微塵も恥ずかしくない。ただこのデートが早く終わるなら脳内ピンクと言われようと心の準備だけはしておく。最終的に何人から唇を奪われるのかと思うと、今から怖気が止まらない。
恋愛だの初恋だの、そういうのはもっと神聖な現象、感情だと思っていた。こんな思い込みは俺が童貞だからこそと言われたらそれまでなのだろうが、だからって軽々しいにも程がある。
―――まさか、そういう対策だったりしてな。
錫花は、ヤミウラナイに限らず呪いについて詳しかった。万が一にもキスをしない様に……というのは考え過ぎか。目つきを隠す為だとか本人も言っていたし。
「……え?」
窓の景色に特別興味を引くものはない。そう思っていたが。水都姫が立っていた。
こちらを見ている。おどおどした様子だが、確かに視線が合ってしまった。挙動不審も甚だしいが、逃げようとはしていない。
試しに手を振ってみると、振り返すというか、痙攣で返してきた。ああこれは間違いなく怪しい。警察が通りがかったら絶対に声を掛けるだろう。
…………
『何頼もうかー』なんて会話をする少女達を尻目に、俺は身体の向きを外に変えた。
何故あんな所に居るかは分からないが、アイツと遊ぼう。
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