凪いだ心にトキメキもなく
「お兄ちゃん、何処行ってたの!」
家に帰るなり、妹にどやされた。両親は我関せずの態度で、これを兄弟喧嘩だとと思っているようだ。彼女も勢いで怒ったはいいものの、その感情の扱い方に疑問を抱いている様子。確かに、あんな相談は両親に聞かせられない。
それに怒っているというか、これは多分心配だ。兄歴の長い俺には手に取るように分かる。部屋に招くと妹はほいほいついてきた。小さく息を切らしているのは、あれか。怒鳴る練習でもしていたのか。
「お前、演技派女優だな」
息を合わせるように妹は扉を閉めて、へへっと得意げに笑った。
「お兄ちゃん居ないのは怒っとかないと、後でなんかありそうだったんだよね」
「なんかって何だよ」
「……その、お父さんとお母さんの話なんだけど……あっちいい?」
「念入りだな」
また布団の中か。そんな年でもないが繰り返されると年齢が若返る。これでも妹は真剣だ、茶化すのもどうかと思ってやっぱり俺も顔を潜らせる。見た目はしょぼいかもしれないが、布団の中が俺達兄妹の秘密基地……なんちゃって。
「なんか、デートの筈じゃん。明日。今日来たかと思ったらさ、うちの両親に挨拶したんだよね。結婚の挨拶って言うのかな……あれ、結納だっけ」
「結婚の挨拶でいいと思うぞ。結納ってプレゼント交換みたいな奴だろ」
「そう、それそれ。それでなーんかいやーな感じに下手に出たっていうかさ、二人共なんであんなデレデレしてんだか分かんないの。だってキモくない? 何の接点もないのに急にお兄ちゃんに求愛するんだよ。お兄ちゃんもキモいでしょ、急に公認の仲として扱われるの」
「…………」
言葉が出ない。あまりの気色悪さに総毛だったところだ。まともな頃の同級生でもそんな真似はしなかった。いや、もしかしたらしたかもしれないが、基本的には俺の事ばかり見ていて、外堀を埋めるというよりは正々堂々とした直球勝負で攻めていた。
それも十分気持ち悪かったが、これは別格だ。単純に卑怯。同級生達はとにかく俺に媚びてるのが駄目だったが、妹の友達は外圧で俺をどうにかしようとしている。
「それで……まあ私は関わりたくないんだけど、一応友達だからさ。関わるしかないの。今日はお兄ちゃん居なかったから早めに帰ってくれたんだけど……だから、私は感謝してる。でも二人はちょっと気にしてたからさ。形だけでも怒っとかないとなんか、危なそうじゃん」
「お前……我が妹ながら素晴らしい嗅覚だ。感心するよ」
「えへ。もっと褒めてくれてもいいんだゾ?」
「褒めたいけど、そんな暇なさそうだ。って事はあれか。デートで脈なしと思わせるとかは無理か……」
ヤミウラナイではない他の呪いの影響なら、小細工はどうせ無意味かもしれないが、一応やりたかった。気のせいだと思いたいが、ヤミウラナイの真実が判明してからというもの、状況は悪化しているような。
男子に逃げられてからの女子の様子はおかしいし、逃げた男子も音沙汰がない。休日だから良いが、これ以降学校はどうなるのだろうか。
「冬癒。お前って今日出かけたりしたか?」
「友達から家に来るって連絡されたら待つっしょ。今思うとお兄ちゃんに付いていった方が良かったかも。何処行ってたの?」
「美人二人とデート」
「あー。うん。言う気ないのね。私が行ってもつまんなかったかー。苦痛よりはマシだけどなー」
信じてくれなかった。モテすぎて困るという悩みが本当でも嘘でも、まさか今の発言が真実とは思えないから当然だ。デートするなら困ってないし、モテてないならデートは成立しない。
箇条書きマジックではないが、正確な表現というのは難しい。細かい話をし出したら個々人の美の価値観みたいな話にもなってくるし、若さが正義の人なら先生は美人判定にならないし、年上好きなら錫花は美人判定にはならない……かは分からない。俺は違うので。
布団から出て、秘密の会話は終了。辻褄を合わせるべく妹には適当に喚き散らしてもらって、それを全て聞き流せば両親が望む流れは構築完了だ。階段を先に降りてもらう直前、妹からのグーにタッチで応じた。
―――デートしてるのを見計らったとか、ないよな。
元々予定があったデートじゃない、殆ど突発的な思い付きだ。心の中を覗けるなら話は別だがそんな人間は居ないとして。偶然ならば今度のやり口は手が込み過ぎて恐ろしい。
家族団欒も、今は全く楽しめる気配がない。家の中にも本格的に敵が生まれてしまったら、今度はどうすればいいだろう。
誰かに、聞いてほしいかも。
答えなんて出なくても良いから。
『へぇ~今度は妹ちゃんの友達か。マジでモテんね』
『……もう本当にしんどくなったらお前の所に逃げてもいいか? 家賃払う』
『やーよ、面倒持ち込むのはナシ。それに全部終わってから会った方が楽しいわ』
こんな情けない恐怖を聞かせられるのは、今の所揺葉だけだ。親友はいつもみたいに応対して、何でもない事だと聞いてくれる。
目を閉じればそこは放課後。二人は長い間顔を会わせておらず、そもそも覚えてもいない。けれどもありありと、まるで在った過去のように想像出来る。
誰も居ない教室。俺は席を後ろに引いて、背もたれを肘置きに。
暇を持て余した彼女は本を閉じて、俺に「どうしたの?」と視線を送る。
気楽で、けれど尊い関係。隼人が居ても居なくても、この関係に変化はない。珍しく、揺葉は俺と先に知り合っていたのだから。
『注意した方がいいかもね』
『そんなの分かってるよ。ただ……巧妙になってきたら次第に手遅れになるんじゃないかって思ってる。今はまだ気づけるけど、これ以降は気付いた時点で手遅れみたいな』
『そうならないように頑張んの。それよりアイツを殺した犯人は分かった?』
『……いや、分からないな。一部の女子はおかしくなっちまったし、今日は休みだ。絞り込む方法は検討もつかない』
『そ。こっちから調べるにもSNSの監視しかないし。期待してる。協力出来る事があったらするから頑張って。いや、頑張れ。捕まんのが怖いなら完全犯罪まで考えるから』
「じゃあどうして新宮さんは、外部に協力者が居るんですか?」
隣に錫花が現れたような幻聴。ふと思い出してしまった。全幅の信頼と、頼もしいばかりの度量を見せてくれる親友に、こんな事は聞きたくないが。
『……変な事聞くんだけどさ。お前が呪いの影響受けないのって何でだと思う? 遠くに居るから、ってのはナシで』
『へ? どしたの急に。んな事私に言われてもな…………』
揺葉は少し黙ると、わざとらしく声音を変えて言った。
『アンタが好きだから♡』
『…………聞いた俺が馬鹿だった』
『だって分かんないし。変な事聞かないでよ、原因知ってたら教えてるわ』
電話越しに鈴を転がしたような綺麗な笑い声が聞こえる。笑い声美人という部門があったら間違いなく一位だ。それくらい、俺の中ではドストライク。
声のみの出演という条件付きだったら世界三大美女にでも入れるのではというくらい。
『でも良く分かんない奴と付き合うのは癪に障る』
『俺ってそんな尻軽に見えるのか』
『だって、モテてるんでしょ?』
揶揄われている。弄ばれている。
そんな気楽さが、深く思いつめるなと俺を励ましてくれる。
ああ、電話した相手は、今回も間違えなかった。
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