真実と恋の万華鏡

「何だ君も隅に置くのはもったいないな」

「は?」

 先生にはそんな風に言われたが、何の話をしているのだろう。錫花に聞いても


「湖岸先生の言いたい事は良く分からないので、気にしないでいいと思います」


 と、心なしか下手な芝居を打った様な言葉で同調された。でも実際分からない。水都姫に影響が及んでいないのも水季君が普通なままなのも後々問い質したい所だが、それよりもやっぱりデートが先。

 その後はちょっとした余興のつもりでバドミントンを行った。

「あー……バドミントンね。私の足を壊す気らしい。成程、ご老体に鞭を打つとはこの事か」

「そんなマジでやるつもりないんですけど。気楽にラリーみたいな」

 読心技術は持ち合わせていないものの、先生の脳内にはテレビで中継される様なプロシーンがありありと映っているのだろう。本気でやるのはいいが、俺はバドミントンのルールを知らない。点数とかアウトとか小賢しいルールはごめん被る。

「本当に気楽にやってもらって……錫花の方は、やる気満々だな」

「運動は好きです。家に居た頃は弟たちとよく遊んでいました」

「へえ……仮面つけて?」

「…………」


 黙らせてしまった。


 他意はない。皮肉ったつもりなんてこれっぽっちも。その時から仮面をつけていたのかどうか聞いただけ。本当にそれだけだったのにただ空気を悪くしてしまった。

「すまん。配慮が足らなかった。一緒に寝た時仮面は好きにしていいって言ってたから。目を隠す為だっけ。いや、いいんだ」

「……それもありますが」

 先に謝られた事で当惑している。まるで蚊帳の外な先生はぐちぐちと文句を言いながらストレッチしていた。誰が悪いとかではないが、かえって気を遣わせたのか、俺は。錫花は言い淀む視線を泳がせて、思考の中をかき混ぜている。

「……そうだ。聞きたかった事があります。それです。好きにしていいって言ったのに、どうして取らなかったんですか?」

「…………? 理由なんかないぞ。ただ好きにしていいって割には一回も外さないから、何となくだ。お前の顔、見たくないって訳じゃないけど、なんか卑怯じゃないか、寝てる時に見るのはさ」

 睡眠とは無防備の一瞬である。それは言葉が違うだけで意識が喪失している事には変わりなく。立った状態から突然睡眠するようならそれは気絶に相違ない。どんな強者でも寝ている時だけは無力だ。銃弾を躱せる反射神経も、寝ている時には関係ない。

「…………そう、ですか」

 好きにしていいと言うが、その割に錫花自身が好きにしていないので、俺が自由を謳うのもどうかな、と付け加えておく。俺を好きな女子は好きになれないと宣っておいて、女体の柔らかさにドキマギしてしまった負い目とかも、ある。錫花が特別柔らかいのだとしても、相手は中学生で、それに善意で俺を助けてくれている。

 

「あ~ストレッチ終了しただけで死にそうだ。じゃあ始めようか」


 張りつめたと呼ぶには気恥ずかしい雰囲気を、先生の情けない一言がぶち壊した。それで馬鹿馬鹿しくなってきて「適当に始めるか」と言ってみると、彼女の方も静かに従った。




 


 と、それが一時間前の話。






「誰かと買い物なんて初めてだな。君は?」

「妹に引きずりまわされた事なら」

 昼食も兼ねてショッピングモールにやってきた。時間帯もあって人混みは至る所で発生しており、お陰様で錫花の方は目立たない。風船を持って遊ぶ子供か、おもちゃ売り場で買った―――にしては趣味が悪いお面―――物を付ける子供。いずれにせよ幼少期特有の感性だろうと結論付けられたのか。

 むしろ目立つのはくたびれた白衣を着る先生の方だ。

「……先生。服買いに行きません?」

「えー」

 それだけだと目立つから他の服を吟味した方がいい、と暗に言ったつもりだが、返って来た間抜けな返事に目を細めてしまった。

「先生!」

「え? 何?」

「服! 行きますよ!」

「あ、ああ……ちょっと、どうしたの?」

 

 アンタの服は目立つ!


 そんな益体のない発言をした所で、何になる。服を買わせたいならその気にさせるのが一番だ。ただ俺にはその手のセンスが欠落しているので錫花にも協力を求めたい。一瞥すると、彼女は別の方角に目を取られていた。

「?」

 それは丁度正反対。なので振り返る。



「男子。あんた。男子。男子。男子」



 休日のモールに女子達が居る。七人岬かそれとも笠地蔵の様に整列して人の流れを遮っている。そこを通らなければいいだけと切り捨てるには状況が不可解だ。通りがかる人々は、すぐ近くに居た男性が撲殺されているのに気にも留めない。返り血が、ぶちまけた脳漿が、臓腑が、千切れ飛んだ手足が。非現実的な色合い確かな現実で以て塗りたくっているのに。

 幸い俺達には気づいていないが、俺達の方は釘付けになった。先生も最後に気づいて、目を奪われている。悪用方法が最低だからとか、それもあるが。


 女子達の目は、不自然に開いていたから。


 瞼が切除されると目を閉じられなくなるのは当たり前の話。そうとしか思えない程まん丸に目を見開いて、血走らせて、実際に血を噴き出しながら淡々と近くに居る男性を殺し続けている。あれを血涙と呼ぶのは違う。目のあらゆる方向から出血しているのに。


「な、何?」

 便宜上ヤミウラナイと呼ぶが、それで狂った女子には、狂ったなりにも理性や行動筋があった。今もそれを貫いていると言えばその通りだが、にしては無機質すぎる。元より支配されていた、俺以外の男子への攻撃性。それを人間らしさと言えるなら、この場に居る女子達は人間らしい分別の中で、機械か虫のような無機質さで行動している。


 異常まともじゃないと言うにはあまりにも、


「…………最悪だろ」

 いつ見ても、死体は嫌いだ。遠目から眺めているだけならまだ大丈夫。そう思える自分もまたおかしくなっているとしか言いようがない。死体とは暴力。見る者を不愉快にさせ、時に精神的な攻撃性は単なる狂気をも上回る。

「新宮さん。服屋さんに行きましょうか」

「―――は?」

 正常まともじゃない発言に気が逸れる。錫花に手を引かれて俺達は奥の洋服屋へと足を踏み入れた。店員の挨拶も聞き流し、一目散に試着室へ。三人も入ると流石に狭く、またそれはおかしな行動に移るだろう。遠くの残虐行為はノーカウント。

「貴方はあれに慣れちゃ駄目です。一度慣れたら戻れなくなります」

「だ、だからって何でここに連れてく―――ぐぅ」

 有無を言わさず胸で抱擁。顔の両側面に広がる弾力は母性その物への回帰。

「今は私の事を考えてください。身体で感じてください。貴方だけは、あちら側に行っちゃ駄目です」

「…………先生として止めるべきだろうか。私は。これを。果たして」

「慣れた方が楽なのは間違いないです。でも、何事もなく日常に帰りたいと思うなら、慣れないで下さい。貴方には変わって欲しくないです」

「………………」

 黙って顔を挟まれている。呼吸が苦しくても抵抗する気にならないのは何故か。『無害』として女子と隼人の仲介をしてきたお陰か、俺にはある程度察する能力がついてしまった。錫花の純粋な善意に、俺は決して攻撃できない。

「…………変わって欲しくない、か。そうだね。私も君には私みたいになってほしくない。慣れたらもう手遅れだ。一度血に慣れれば最後、権力よりも、人生という奴は足の腐りが早くなる」

 抱擁が終わって、解放される。足りなかった酸素を取り込むように深呼吸を数回。錫花は真剣な眼差しで俺の意思を確認している。

「…………気持ちは嬉しいよ。けど、俺は隼人を殺した奴だけは殺すつもりだから。慣れた方が良いとは思うんだ」

「―――殺人に手を染めるのと、死に慣れるのは違う。君は非常に大きな勘違いをしている。錫花ちゃんが悲しむぞ」

「…………」

 先生が言うと含蓄がありますね、と嫌味を言う気にもならない。そこまでしたらいよいよ悪者だ。二人は心から案じているのに。ひねくれた答えを返すのはそれこそ悪党。

「服、買いましょう」

「昼食は?」

「というより夕食でいいと思います。デートの続きは家でも出来ますから」

 こんな状況でまでデートを続けようとするのも。元を辿れば明日の俺の為だ。




 突拍子が無かったり、タイミングがおかしいだけで、錫花はずっと俺の事を考えて行動している。その気遣いが嬉しいから、やっぱり俺は彼女を攻撃する事は出来ない。



 

 

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