理解ある彼君
会計を済ませて外に出るまで、やっぱりトラブルは起きなかった。これを単なる幸運と捉えるか、嵐の前の静けさと捉えるかはその人の感性次第だ。俺は後者と見ている。こんなに何も起きない日は珍しい。家に引き篭もっているでもなく歩いているのに。
ネガティブな思考回路がなくてもここまで非現実的な状況に晒されて楽観的でいられるか。俺は親友を失っているのだ。実を言えば揺葉にも『隼人を殺した奴を殺したい気持ちは分かるけど、あんまり思いつめてるとかえって失敗するから気晴らしになんかすれば?』と言われていた(たった今気づいたが数時間前に送られたメッセージだ)。
大丈夫、これで十分気晴らしになっている。
「花畑は大丈夫なのでしょうか」
「ん?」
「新宮さんのクラスメイトは、呪いの影響かどのような犯罪も見逃される状況です。恐らく認識がすり替わっているだけだと思いますが……お花くらいは平気で摘むでしょう。そこにばったり遭遇する可能性を考慮しています」
「ちょっと錫花ちゃん。何言ってるの?」
「いえ。ですから新宮さんに送る花を選別しているかもと」
「何で俺へのプレゼントに花?」
「…………花言葉」
そんなロマンチックな要素に縁もゆかりもなかった二人の間抜けな声が「あー」と流れる。
先生の反応を見れば分かる通り、女性だったとしても縁がない事はあり得るのだ。俺がピンと来なくても仕方ない。多分隼人は詳しかった。アイツは中学生くらいの時なんか、いつも開店祝いか何かかってくらい花を贈られていたし。流石に置き場所に困って俺にも何束か渡してきたっけ。揺葉に電話して郵送しようと思ったら怒られた記憶がある。
「うちの女子にそんなロマンチスト居たかな……おかしくなってても元が元だからさ」
「メジャーではないんですね。すみません。私が世間知らずでした。当主様が以前九九九本のバラを送りあった話をしていて―――そういう物なのか、と」
「うわ、激重だ。詳しくないつもりだけど、流石にその意味は分かる」
「どんな意味なんですか?」
「何度生まれ変わっても貴方を愛しますとか、そういうの」
うわ。
「花言葉なんて花屋が売る為につけたとかそういう冷めた構え方もあるけどね、それだけの本数を送りあって、しかも成立してるって時点でさ……ゲン担ぎとか縁結びとかそういう部分を超えてるって分かるよね」
しかも九九九本という、一見も何も普通に馬鹿げてる数字がポイントで、女子達が知っていればもれなくやる可能性が高い。どうせやるなら花屋で奪えとか物騒な事を言いたいのではないが、どうも理性の欠片もない女子には鎌を片手に花を刈り取る絵面が想像しやすい。
「俺、送られても拒絶するぞ。普通に置く場所ないし」
「そういう物なんですね。その場で腰が抜けて泣き出したという話を聞いたので、無条件に喜ばしい物だと思っていました」
「君、今の聞いたか。余程世間知らずなお嬢様だぞ彼女は」
「それは大分前からなような。俺にはあんまり想像つきませんね、好きな人から貰ったとしても一本とか十本くらいならまだしも、それは流石に」
そもそも好きな人が居ないという話は置いといて。
全員、隼人が好きだった。それは納得しているが、納得しているから俺は誰も害さない自分を受け入れた。今は今でそんな悠長に恋愛を考えられる立ち位置でもないし、この手の事は錫花を馬鹿に出来ない。誰かを好きになる気持ちが―――いや、語弊はある。健全な夜枝と錫花と先生は恋愛対象として見られる。好きになる気持ちはある。実際好きだが、恋愛に繋げられるかは別の話だ。
そんな余裕はない、というだけ。
「まあ、大丈夫じゃないですか? うちの女子なら花なんてロマンより避妊具とか渡してきそうですから。大体夜枝みたいな感じですもんね」
「……適度な性交渉は関係を維持するのにも必要だが、それはちょっと現実味が過ぎるな」
「なーんか考えてみると、身体を求められて、接触を求められて既成事実を……あー。なんか勝手に腑に落ちました。アイツ等、俺を好きっていう体で求めてくるのが身体の繋がりばっかりだから冷めるんだ。隙あらばベタベタ触ってきて、情緒的な部分がどうも」
その点、夜枝はというとちゃんとデートを楽しんでくれたし、多少ベタベタはするが過度とは言い切れない。それはどっちかというと健全じゃない時の言動の方。いや本当に、ずっと真面目で居てくれるならべた惚れする可能性がある。それくらいちゃんとしてる時のアイツは魅力的だ。
「ロマンチストは君の方だったか」
「恋愛って心も身体も満たされないと駄目かなって。理想高い事言ってますかね、まあ…………この状況が続く限り交際とか結婚とか論外なんでいいですよ別に」
だってそんな事したら、好きな人に被害が及ぶだろう、と。
将来好きになる誰かを気遣った発言をした事に気づいたのは、自分でも十分後の事だった。
美其フラワーパークは、デートスポットとしてはメジャーどころながら、学生の間ではあまり利用されていない。それこそ全くはあり得ないとしても、学生のデートの多くは喧騒から得られる自失的な中毒性から始まる。遊園地にしろカラオケにしろ、騒がしいと経験の共有も簡単だ。それが悪いとは言わないばかりか、俺もそれ自体は好きだ。
そしてそういう傾向が学生に多いからこそ、やはりここは学生の来る場所ではない。花に楽しみを見いだせない人間は、ここに来ても何を楽しんで良いかさえ分からないだろうから。
「落ち着いてますね。花摘み大会が開催されてなくて良かったです」
「ほんとだよ」
色鮮やかな花々は、人の事情など我関せずとばかりに咲いている。そうであるなら手入れの行き届いた花のなんて身勝手たるやと怒っても良い。お前達は人間が生かしているのに、一切の事情を知らんぷりかと。
しかし許される。花は綺麗だから。人は見た目で判断出来ないという言葉もあるが、花には見た目しかない。心があった所で、人間とは決して通じ合わない。よって残された見た目が綺麗ならどれだけ我儘であろうが許される訳だ。その結果が広大な色彩の地平になる。
「ああ……ここに居ると、外の出来事が嘘みたいに感じるよ」
「何にも事件が起きてないのは良い事ですね」
緩く駄弁る俺と先生を尻目に、錫花は興味深そうに至近距離から花を眺めている。九九九本摘んでいってもバレないかも……なんて考えてたりはしないか。声を掛けるまで一か所に留まろうとする辺り、並々ならぬ関心を持っているのは確かだ。
―――花が好きなのか?
当主様の話と言い、鵜呑みにしてはいけないような場所で信じている辺り、もしかしたら声に出ないだけで花自体が好きという可能性。自分が好きなら相手も好きに違いないというのは押し付けがましい偏見だが、そも花の話題を振られる機会さえなかったなら、その思い込みも矯正される機会はなかっただろう。
「私に余生が許されるなら、こういう眩しい場所をのんびり歩いてたいね……」
「…………今だけは、同意しておきますね」
結局、俺も喧騒の者。静かな場所は性に合わないが、今日という日まであまりにも騒がしい日々が続いた。たまには先生に付き合ってもいい。前方の休憩所に先生を誘おうとすると、
「あ、待って」
錫花を多少置き去りにするような形に。でもこんな開けた場所でそれが大事になる事はない。ベンチには見知らぬ学ランを来た中学生が座っている。一人で来たなら花好きか、単に落ち着きに来たか。
なんにせよ女子ではないので、警戒する必要はない。
「へえ、デートっすか。あんな事があったのに随分余裕があるんですね」
学生は、俺に声を掛けると、タレ目を細めてにやりと笑った。
「あ、待ち伏せしてた訳じゃないっすよ。姉ちゃんと待ち合わせしてたんです。こんな形で会うのは、こっちも予定外みたいな所ありますし」
「君は…………」
「苗字は勘弁してください。名前は
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