酸いも甘いも恋愛も

「美味しかったです」

「なんか、彼女と一緒に居ると高い店に来たのかなって思うよ」

「同感ですね……」

 何故先生に同調しているのだろう、と自問。理由は言うまでもなく錫花の食べ方があまりにも綺麗で、皿が綺麗サッパリ片付いているからだ。ご飯には一粒の残りもないし、デミグラスソースは何処にも零れていない。俺達も汚く食べているつもりはないがそもそも意識していないのでその辺りに差が生まれている。

 そう言えば隼人の好きなタイプを聞いた時は『食べ方が綺麗なタイプ』とか言っていたっけ。女子に教えた時には、それはもう給食でも弁当でもとても綺麗に平らげていたが、どうも女子の中の競争意識がいつの間にか『誰が一番食べられるか』という歪みを生んでしまったようで……『無害』だった俺は当時、ノーコメントを貫いたが、あれは流石に意地汚く見える。綺麗に食べようとする意思は分かるのだが、がっついてる感じがこう……綺麗さ、繊細さ、優雅さ。そういうのとは無縁なのだと何より教えてしまう。

 何度も告白して来た事も踏まえて、隼人は『まあ、残さず食べるのは良い事だよな』と笑っていた。俺には『こいつらと付き合うのはないかな』という意思表示に聞こえたが、それを当時言うのは憚られた。別にヤミウラナイとかなくても、俺がそんな風に言えば首とか絞めてきそうな勢いだったし。

「無残に食べると、叱られてしまいますから」

「無残って……いやまあ、本当に食べ方が汚いと焼き魚なんかは本当に無残だけど。そういえば彼も綺麗だったね。家柄なのかな」

「彼?」

「水鏡の彼。昔、私を助けてくれた人」

「ああ…………因みに錫花は先生と交流があった水鏡の人って分からないのか?」

「水鏡と一口に言っても数は多いですからね。年功序列という訳でもなく、当主や本家への出入りは資質でのみ決まります。そうでなければ特別な催事などで招集されるくらいで……例えば現在の当主様は二十三……四? その辺りは曖昧ですけど、歴史ある家系にそぐわないのはお分かりいただけるでしょうか」

「因みにその当主様とやらは全員納得してるの?」

「納得してるから当主なんじゃないんですか?」

「それで話が済むならサスペンスドラマなんかでありがちな後継者争いなんか起きないよ。家によっちゃ遺産相続より揉めるだろう」

 そういう感覚は、実は良く分かっていない。遺産なんたらも財産分与なんたらも、学生の俺には遠い未来に思える事だ。両親がいつか死ぬと分かっていても、そのいつかはいつかで、永遠に訪れない『いつか』だと。身体は教えてくれている。自分が生きている間は死なないという謎の確信が確かに満ちている。

「納得はしています。当主様は仕事の時以外で水鏡の姓を名乗りたくない変わり者ですが、それとこれとは話が別ですから」

「家が嫌いなのか?」

「いえ、『最愛の姓を名乗って何か問題があるの?』とは言われました」


 ―――気のせいかな。


 多分だけど、呪いでおかしくなっている女子も同じ事を言いそうだ。状況を整えればの話だが。揺葉に言わせる所のヤンデレちゃん? ならお決まりの文句なのだろうか。

 じゃあ水鏡自体も警戒しなくてはいけないかというと、錫花はまず俺の事が好きじゃない。目を見れば分かる。嘘、見つめ続けられない。視線だけで殺されそうだ。

「少し気になったんだけど、もしかして水鏡の人って一途なの?」

「先生。当主がそうだからってそれは早とちりじゃないですか」

「いや、彼もさ。『こういう面倒くさい感じの女性は見慣れてる』みたいな事言ってたの思い出したんだよ。自分の血縁だとしたら納得だ」

「――――」

 割れた仮面越しに見える瞳がいつになく泳ぐ。泳ぐ。泳ぐ。泳いだ末に溺れてストンと落下、俯いて動かなくなった。

「そう、です、ね。そんな事は、ないと思いますよ」

「おい。いつになく歯切れが悪いぞ」

「当主様の悪口はちょっと。咎められる事は無いと思いますが、私自身当主様の事は心から慕っているので」

 それが答えみたいな物だが、錫花は誤魔化せていると思ったらしい。今の当主は二十代で、先生の事件は二十年前。つまり先生の同級は今の当主より年上という事になるので、血縁による慣れだった場合は水鏡家全体が面倒くさいという結論に終わる。

 これに対する反論として、やっぱり錫花だけは違うのだが……。

「―――っと。食後の休憩はこんなもんでいいか。次に行こう二人共」

 まあこんな会話に深い意味なんてない。錫花も答えに窮しているみたいだし助け舟を出したつもりだ。先生は納得いってない様子だが、年下を虐めるのはどうかと思う。

「やれやれ。次は何処に行く?」

「フラワーパークにでも行きましょうか。意外かもしれないですけど、こういうまったりした楽しさって好きなんですよ俺」

 水族館や映画は夜枝と被るので何となく嫌だった。それにそういう場所は明日に取っておいた方が良いだろう、何が起きるか分からない。過激な発言が目を引く後輩も、過激な言動と思想が常に好意の足を引っ張っている女子も居ない。俺はこの二人なら、静かな楽しさを味わえると考えている。

「俺が楽しむ為のデートですけど、名案あったらそっちでもいいですよ。じゃあちょっと支払いを済ませるので、二人は先に外に出てってください」

「奢るのかい? 学生の懐事情は侮れないね」

「二人を付き合わせてるのでそのお詫びも兼ねて。後は今までの協力とかも込みで」

 むしろ安すぎるくらいだと思っているが、俺の感覚がおかしいのだろうか。先生はいつも通りの白衣にしても、錫花は明確に服装が違って、雰囲気も変わっている。仮面は否が応でも目立つが、俺に言わせれば仮面を付けていても気になってしまって、ほんの少し意識するだけで会話の最中からでもドギマギしそうだ。

 首回りには傷もシミも、肌を毀損する様な要素は存在しない。むき出しの鎖骨はそのまま警戒心の薄さを表しているようで、薄手の服はそれをフィルターに下着もといインナーを見せる事で、その規格外の膨らみと艶やかささえ感じるボディラインをこの上なく引き出している。

 デニムパンツは動きやすさを重視したのかもしれないが、足首から太腿まで、滑らかできれいな肌を惜しげもなく晒している辺りが仮面の不気味さに反して健康的で、眩しい。

「…………あの、新宮さん」

「ん?」

「あんまりジロジロ見られると、恥ずかしいです」

「あ―――すまん」

 今更見惚れていたとはとても言えず、俺は逃げるように会計へと向かった。

















「因みに、錫花ちゃんの好きなタイプはどんな子なの?」

 とても興味がある。

 こういう話題は女子……もう私は女子という年齢ではないけど……だけの方が話しやすいだろう。彼に忖度させるとか緊張させるとかそういう狙いは一切なくて、これはただの興味。別に彼が見惚れていたからとか、そりゃ若い子の方がいいよねとか、そんな私的な理由は全くない。

「……交際した事がないので、分かりません」

「それはないでしょ。順番が逆だ。交際したから好きになったってパターンもあると思うが、多くは好きだったから交際したというパターンの筈。今まで出会った男性に当てはめる必要はないよ、ただ好きなタイプを言ってくれればいい。ああしかし、彼と話してるみたいだな。要するに、この人とだったら子供作ってもいいかもって思える性格を言ってくれればいいんだよ」

「…………行動力のある方は好ましいですね。暴力的な方は……それと、軽薄な方も……真面目過ぎても困ります。機転が利く方も、凄く素敵です」

「容姿は?」

「それほど気にしていません。事なかれ主義の方も……狡賢い方も好ましくはないですね。生き方としては素晴らしいと思いますが……」

「人間的に好きとはまた別って話だね。それにしても随分かかるんだな」

「…………」

 彼が返ってくるまでのほんの数分で、頭を捻りに捻って水鏡錫花ちゃんが出した結論は、とても結論とは言えない、苦し紛れだった。






「無害な…………方? 人?」

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