処女は憑き物ハマる恋
致命的に倫理観のイカれた女子達の影響で、俺の恋愛観は歪みつつあるのを自覚している。まず俺の事を好きじゃない所から始まると言えば、この難儀さと複雑さが理解出来るだろう。モテすぎて困るは嫌味で言っている訳じゃない。今でも交代出来るなら是非もなく代わらせてもらいたい。
ハーレムを受け入れられるなら、楽になる? それはどうだろう。もっと俺がろくでなしだったら楽だったかもしれない。残念ながら『無害』と呼ばれたくらいには誰にでも優しく、ろくでなしとは言い難い性格だった。単に喧々する必要が無かっただけの話だが、そんな自分にはハーレムを享受しておいてその周囲で他の男子が蹂躙される事が我慢ならない。
隼人を好きな女子に、お近づきの踏み台にされた事もあった。
隼人が好きな女子に告白して、玉砕した事もあった。
優しいだけで、異性としての魅力がない。俺の恋愛とやらは決まってその文句がつきまとっていた。だからって隼人の事は少しも恨んじゃいない。俺にとってアイツは聖人で、世界一の男だった。だから断られても納得していた。隼人に惚れていたなら仕方ないと、それで幾らでも踏ん切りがついた。
だが俺のせいで周りの男子が酷い目に遭うのは堪えられない。フられたり、離婚していたり、浮気されたり。この気持ちは……特定の単語で表せるとは思わないが、今まで踏み躙られる側だった事に慣れすぎると、踏み躙った時の罪悪感に押しつぶされるみたいな。
もっと人の事をゴミと思える性格だったなら幸せだったのに、なんて。寝る直前の、或いは繊細な瞬間に。時々思う事がある。
「すみません、ハンバーグを一つ」
「私はパスタランチでも……」
でも今は、こんな自分で良かったと思っている。そうでないと得られない繋がりが、確かに傍にあるから。
デートと言っても、ただ俺が楽しくなりたいだけのお出かけなのであまり深く考えていない。錫花も『新宮さんの好きにしてください』と言ってくれたし、先生は単純にお腹が空いていた。なので出来るだけ女子と遭遇しなさそうな目立たないレストランを探して入ったのである。
幾らお洒落していても笑顔の仮面を被る女子は絶対に目立つ。着た服が服なので着やせも期待出来ないとなると、惜しげもなく晒されるグラマラスボディ(下着が透けている気がするのは見せブラという奴だろうか?)が大衆の目を引く―――訳ではない。そんな事よりも仮面が気になる人の方が多いだろう。
本人は気にしていないし俺も今更だと思っているのだが、それで女子の目につくような事があれば今後は彼女も命を狙われる。ここに来たのはある意味それを避ける為でもあった。
「外食か……久しぶりでもないんですけどね、懐かしい感じがします」
「前は央瀬隼人君と?」
「そうですね。それより前だと揺葉っていう……遠くで俺に協力してくれてる女友達がいるんですけど、そいつも一緒だったかな。下らない事話してたし、別に話さなくてもなんか気まずくなかったし……遠い昔みたいな言い方ですね」
「本当に心が通じ合っている相手とは、会話がなくても安心すると言われています。私は新宮さんと央瀬さんの交友を知りませんが、本当に仲良しだったんですね」
「そうだよ。本当に自慢の親友だった。大好きだった」
俺が先んじて頼んであったポテトが到着したので、三人で綺麗につまんでいく。仮面が微妙に外れたかと思うと、隙間からもぐもぐする錫花はなんだか小動物みたいで可愛らしい。割れた場所から見える瞳がニコニコする様に細まっている。
「いつも気を張ってるんだ、こういう時くらい君にはゆっくりして欲しいけど、私達じゃまだ駄目か?」
「―――いや、そんな事ないですよ。先生も錫花も今じゃ数少ないまともな人です。夜枝はちょっとまともとは言えないけど、他の女子に比べたら正常……うーん、無理があるか」
「デートの最中にすみませんが、少し気になる事があります」
「なんだ?」
「何故新宮さんの妹さんが影響を受けていないのかについてです。ヤミウラナイなら、話は分かります。例えば湖岸先生の様に血液を介したなら、同じ血縁の者がその力に当てられないのは自明の理です。しかし実際は違った。妹さんは新宮さんを恋愛対象として見ていますか?」
「兄妹でそういう事って中々ないと思うぞ。俺もアイツも論外だ」
「本当に?」
「本当に」
物的証拠を用意出来る訳じゃないが、あれが好きな人に対する態度だとは思えないし、仮にそうなのだとしたら夜枝の買収手段がお菓子な事にも説明がつかない。アイツは愉快犯だ、協力はしてくれるが愉しくなりそうなら多少引っ掻き回すくらいやるだろう。悪質な事に定評のある後輩がお菓子なんて当たり障りのない物で買収するのだから、妹は俺に対して特に何の感情も抱いていないと分かる。
「範囲が……釈然としません。いえ、貴方を視界に入れた全ての女性が好きになるとまでは言いません、それがあり得るとすれば本物の生きた神の力でしょう。呪いは飽くまで縁に基づいた負の力であって……すみません。分かりにくいですね。妹さんは、まあいいです。それよりも妹さんの友達とは縁もゆかりもない筈。何故同じ影響を?」
「俺に聞かれても困るけど……何でだろうな」
「ヤミウラナイじゃないんだろ? 私も素人だからあんまり的確な事は言えないけどさ……今の発言だと、呪いは縁があれば行けるんだろ」
「そうですね。神を介すのは飽くまで周辺環境の整備みたいな目的ですから。呪い自体はそれが必要になります。無差別にかける呪いはそれだけ返りやすいし、返しやすい。返さなくても自滅すると思います」
「その辺は分からないから説明しなくていい」
「お待たせしましたー」
会話を遮って店員が料理を運んできた。錫花が頼んだホイルで包まれたハンバーグと、俺が頼んだスパイス増し増しのカレーが先に来たのは意外だった。普通はパスタが先に来る筈だ。かなり遅れて、パスタも机に並べられる。
「なら単純な仮説があるよ。彼の妹が彼の身体の一部を持って行ったっていう仮説なんだけど」
「は? どういう事ですか?」
「ヤミウラナイはそもそもネットにも出回っていないし、君のクラスメイトが何処から仕入れて来たかも不明だ。私の頃もね。ここは同一人物じゃないと思うけど、同一人物じゃないなら、君の妹のクラスメイトにも黒幕みたいな感じで誰か居るんじゃないかなって」
「…………先生。俺の妹を疑うのはちょっと」
「新宮さんの妹は事情を知っているんですか?」
「巻き込みたくないから説明はしてないけど、俺が異様にモテてるのは分かってる」
「つまり知らないんですね。だったら幾らでもやり方はあります。湖岸先生の仮説の通りならですが、新宮さんの妹は体よく使われた可能性が高いです。それを確かめる為にも、やはりデートはするべきなのでしょう」
食べる時は静かに食べて、喋り出す時は手を止める。仮面を被っているのになんて綺麗に食べるのだろう。俺や先生とは大違いだ。立ち振る舞いから発言まで、あんまりにも良い子すぎて、その言葉にはついつい信用を置きがちだ。だけどその仮説は、ちょっと信じたくない。
「……帰ったら聞いてみる。そんな訳ないと思うけどな」
「事情を把握していない人にどう尋ねるつもりかは分かりませんが、くれぐれもお気をつけて。同一人物でないのに手段を共有しているなら、当然連絡も取っているでしょう。私の方も少し調査をしてみます」
「なら俺の事より自分の心配をしてくれ。お前まで命を狙われるのは困る……相手がよっぽど過激派じゃなきゃ俺に危害は加えてこないからさ、危なくなったら俺を頼ってくれ。盾にはなる」
「新宮さんが居なくなったら霧里先輩が困ります。私も……悲しいです」
俺を見る彼女の目つきは鋭く、睨んでいるようにしか見えない。だけれど気持ちはハッキリと伝わった。自己犠牲精神は歓迎されていない。幾ら安全でもナンセンスだと言われている。
「しかし大好きな男の子が女の子とデートしてると知ったら君のクラスメイトはどう反応するんだろうね」
「縁起でもない事言わないで下さいよ。発狂一択に決まってるんですから」
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