錫色処女とカシマの嫁入り

夏こそ叫びしラブコール

「お兄ちゃん、今日こそ私の友達に会ってもらうんだからね!」

 俺が学生である限り、家からは逃れられない。というか家が一番安全の筈だ。これが何かの間違いで寮暮らしとかになると、遠慮なく女子が入ってきてプライベート空間を失ってしまう。勿論、自分の家だからって入ってこない訳ではないのだが。SNSを見た感じだと、潜伏した男子を炙り出すのにそれどころではないようで、俺が追い回される事はなかった。


 ―――優先順位が何で変わってんだろうな。


「お兄ちゃん!」

 優先順位が変わるのは命の危機に瀕した時という予想は外れていたのだろうか。いや、今度は合理的に考える事は出来るので、おかしいとは思いながらもそこまで不思議には思っていない。女子の頭はぱっぱらぱーになっており、隼人がまだ生きていると謎の錯覚までしている。Y葉こと才木都子……架空の存在が俺を手籠めにしようとしている前提がある事で、今の女子の脳内では他の男子が全て手先とされている可能性が高い。だから優先順位から俺が外れて……。

「こらー! 妹を無視するな―!」

「え?」

 休み慣れた自室にて、妹の声が響き渡る。今日は女子の都合がどうあれ休みの日だ。家に来ないなら学校に行く道理もないし、とにかくゆっくりしたい。もしくはデート。先生の事とか錫花の事をもっと知りたい気持ちはある。とはいえやっぱり今日くらいは休みたい。

「何だよ……疲れてるんだ。もう色々あってさ」

「お兄ちゃんってばお父さんみたいな事言うね。急にジジイにならないでよ、モテすぎて困ってるんでしょ?」

「困ってるよ……それはそれとして疲れたんだ。まあいいや……用件は何だ?」

「何だじゃない! 私の友達に会ってほしいって話だよ、覚えてないのっ?」

 今まで散々文句を言われたので忘れる訳がない。最初に言われた時は夜枝のせいで話がこじれたというか、お菓子如きに買収される妹に頭を抱えていた記憶がある。

 布団にしがみつく妹を引っぺがすと、欠伸をかみ殺しながら上体を起こした。

「覚えてるけど。この感じだと脈なしって言っても紹介するだろ」

「だって煩いもーん…………いやさ、正直言って怖いのよ。マジで怖い。何なのって感じ」

「はあ?」

「お兄ちゃん、私が言ったとか漏らさないで欲しいんだけど。ごめん、ちょっと布団の中で話す」

「懐かしいなおい」

 子供の頃、内緒話がある時は妹と布団の中に潜って話していたっけ。お互い身長も伸びてどう考えてもそんな年ではないが、よっぽど誰にも知られたくない話があるようだ。

 身体を縮こまらせても布団に潜り込むのは無理があるので、その大部分を妹に明け渡すように俺はベッドの外へ。上半身だけを布団の中に潜りこませれば当時の再現としては十分だろう。

「で、何が怖いんだ?」

「その前に教えて欲しいんだけど、お兄ちゃん年下は守備範囲? 好きなタイプとかある?」

「それは前も聞かれたな。それで真面目にタイプ答えたとしてさ、例えば面食いだったとか、身体がエロければいいとか言ったらどうするつもりなんだよ」

「絶交します。中学生にそういうの求めちゃ駄目でしょ。居る訳ないんだから」

 …………錫花の存在を教えたら、冬癒はどう思うだろう。好奇心はあるが、あんな良い子をよく分からん実験に付き合わせたくない。悪意に触れすぎるとほんの少しの善意も嬉しくなる。彼女には善意しかない。

「顔くらいは……まあ。私もイケメン好きだし。良いと思うけど」

「―――いずれにせよ、どうせ紹介するつもりならノーコメントにしておく。お前も兄の好きなタイプとかどうでもいいだろ」

「関係なくは無いよ。彼氏色に染まるとか言い出す子多いからさ~。私も友達の役には立ちたいじゃん?」

「……察しろ。簡単に変えられるもんじゃないんだよ」

「あっそ……じゃあもういいや。私が怖いって思う理由は単純。みんな妄想に憑りつかれてるの。お兄ちゃんと結婚した後何人子供産むかとか、どんな家に住むかとか、家族計画? 良く分かんないけど、そういうの立て始めちゃってさ」

 え?

「もう聞いてるだけでぞわぞわすんの! つーか何で聞かせるのって感じ。友達の役に立ちたいとか嘘だよ嘘。出来るだけ関わりたくないからさっさとお兄ちゃんに押し付けたいだけ。いや……お兄ちゃんの事は大好きだよ。なんだけど、なんかさあ。分からない? 見知った人を相手に延々妄想を垂れ流されてるきつさっていうか。他人だったらまあいいじゃん。テレビに出てる俳優さんとか、私よくやるし。でも知ってて、家族で……」

「あーもういいもういい。聞いた俺が馬鹿だった。やめろ、こっちまでゾクゾクする。笑えない」

 悍ましい、というのが正直な感想だ。というか、何故同級生より酷い事になっている。暴力的な手段に訴えたりしないという意味では軽症だが、精神的には取り返しがつかない事になっているような。

「なんか、いつの間にか変わっちゃったっていうかさ。ああいう子に渡すくらいだったら夜枝さんにお兄ちゃん渡した方がいいよねって思う」

「アイツもアイツでかなりヤバい奴だけどな」

 悍ましい怪物となり果てた妹の友達に脈があるかどうかと言われたら今後一切生まれる事はないと断言してもいい。流石の俺も妄想癖がある子はタイプじゃない。外見にせよ内面にせよ惚れる要素が一ミリたりとも考えられない。妹と同じ感想で申し訳ないが、普通に気持ち悪い。

 ただ、解決にあたっての方針の事もある。それに、俺が断れば冬癒はそれを伝えるだろうが、その妄想癖の酷さだと既に冬癒が俺と恋人になっていて~とあらぬ疑いをかけられる危険がある。それだけならまだいいが、隼人の一件もあるのだ。殺害される可能性まで考慮すると、とてもとても断れない。

「……滅茶苦茶タイプじゃないし、聞いてる感じキモすぎて近寄って欲しくないけど。分かった。会うよ。ただ家には来ないで、デートって形にしてほしいって伝えてくれ」

「…………ありがと。マジ助かる。ほんっとに怖いの。ってかキモいの」

「同感だ。お前はあんまり関わらない方が良い」

 


















「デート……かい?」

「よく受けましたね」

 ヤバイ奴等とのデートを前に、何もしないはあり得ない。唐突に用事を思い出したという体で俺は隼人の家に立ち寄った。居るのは錫花と知尋先生だが、隼人がいきているという勘違いが残っている為にそう呼ばせてもらう。

 錫花の仮面は劣化が激しいのか、左目からこめかみの部分までが損壊が広がっていた。

「妹が危なそうなんでね。ただ錫花。女子の精神状態がおかしい件は神様と何か関係あるか?」

「断言出来ませんが、可能性は薄いと思いますね。新宮さんの同級生は、新宮さんに直接触れ合えます。一方妹さんの同級生は触れ合えませんから、精神的に拗らせたとしても無理はないかと思いますね」

「そういうもんか……」

「……私としては凄く複雑な気分だけど。君らしいと言えばらしいのかな。そこまで付き合いが長い訳ではないけど、何となくね」

「それで、用件は何でしょうか。報告だけなら電話でも」 






「三人でデートしないか?」






 多分、言い方が悪い。けれどもそれ以外の言い方が思いつかなかった。

「や、違うんだ。えっとな。真面目なデートだったら勿論二人きりでするよ。そんな時間があればだけど。そうじゃなくて、飯食ったりカラオケ行きたいなっていうノリでさ……明日どう考えても拷問だから、今の内に楽しまないとって」

「また堂々と浮気されるのかと思ったよ。それなら私は付き合う。錫花ちゃんはどう?」

「今日は休みなので、構いません。ですが制服姿で行くのは抵抗があります。着替えるので、少し待っていてください」

「仮面はつけたままなの?」

「はい。ですが新宮さんが嫌がるようでしたら外します」

 錫花は上の階に上って行ってしまった。先生の視線がこちらを一瞥する。

「どうするの?」

「本人が付けたいって言ってるなら付けたままでいいと思いますよ。今更気にする様なもんでもないし」

 仮面があってもなくても錫花は良い子だ。彼氏が居ないどころか交際経験もないのが信じられないくらい。先生と肩を並べながらのんびり待っていると、不意に先生が俺を横目で見て、首を傾げた。

「所でデートなんだが……その、あまり淫らな事はしないようにね」

「……は!?」


 不意打ちだった。


 先生から言われるなんて。

「する訳ないでしょ! え、先生も頭ピンクですか!?」

「違うんだよ。私の知るデートはさ……こう、昔の話だけどさ。女子が二人で好きな人の腕を肩に回してさ。胸をね? こう……ガシっと。なんか、うん。その……さ。そういうのじゃないよねっていう」

「俺の方からそんな真似する訳ないじゃないですか。認知が歪んでますよ先生。デートは流石にもっと健全ですから。今度二人でデートしたらちゃんと教えますから」」

「………………ふふ。そう? だったらその時を、楽しみにしておくよ」

 年不相応に子供っぽく笑う先生を見ると可愛いと思う反面、悲しくなる。やっぱりこの人の時間は、昔で止まったままなのだと。



「お待たせしました」



 降りて来た錫花は、羽織にも見える白のシアークロップドシャツに着替え、スカートをデニムパンツに履き替えていた。仮面はそのままなので、何かとんでもない物を見たという感想しかない。

「デートがあるなら、もう少し気合を入れるべきでした。反省しているので、今度デートする時は予定を教えてください。その時は手を抜きません」

「いやあ十分手を抜いてないと思うけどな。私は白衣しかないし……」

「……………か、可愛い………………」

「有難うございます。新宮さんにそう言ってもらえるなら、この服を買った意義がありました」

 心なしか足取り軽く、錫花は玄関で俺を待っている様子。先生に手を引っ張られ、俺達は外の世界へと踏み出した。 

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