ハーレム・キング・パラドクス

「…………は?」

 女子が来ない内に俺達は学校を退散し、錫花の元へと戻ってきた。これは只ならぬ話だ。俺はこの手の話に詳しくないが、今までの前提が全部ひっくり返された事くらいは理解出来る。今までの苦労とか苦難とか、そういう物は全てヤミウラナイの仕業だと思っていた。ヤミウラナイのせいで女子はおかしくなったし、隼人は死んだし、俺は酷い目に遭っているし、警察は正真正銘の無能になったのだと。

 それが全部、ただの思い込みだったなんて酷い話があってたまるか。

「……………………何も、見つからなかったですか」

「空っぽだったよ。ほら」

 木箱は持ってきた。どうせ誰も何も言わないなら持ってきたところでバレないだろう。というかバレたから何なのだ。ヤミウラナイは成立していない。夜枝との間ではその解釈で一致した。しかしそれは素人の意見の一致だ。お互い詳しくないから常識的な観点から見て、そうとしか考えられなかった。それだけの話。

 ここに専門家が居るとすればそれは目の前の中学生だ。相手が年下だろうと侮るなかれ、俺よりは間違いなく詳しいし、頼りになる。

「錫ちゃんどうなの」

「…………ええと、そうですね。まず、呪いを成立させたくないだけなら、箱を壊すだけでも大丈夫です。呪いの基本は誰にも見られない事。構成する要素を閉じ込める事に意味があります。また、最初は成立していた物を無理やり引きずり出した場合、呪いは触れた者へと伝わります。ええ、これだけ大規模な効果を降ろしてしまうのですから、それくらいは当然です。詳しければ話は別ですが……その場合、犯人は私の身内、もしくは私という事になりますね」

「でも違う……その場合お前が俺に協力するとは思えない。接点もないし」

「そうですね。犯人は詳しくないでしょう。ですが全く知識がない訳でもない。ここには一つ抜け穴があります。そもそも成立する前に中身を抜いた……」

 俺達の結論と一致したが、専門家なりに道筋を立てて同じ結論に来てくれたならそれで良い。多少遠回りでも事実を共有して行こう。食い違いや思い込みは何処かで取り返しのつかない結果を招くだろうから。

「しかし、これも不自然ですね。央瀬さんに対して呪いを掛けようとするなら、成立するその瞬間まで見届ける方が自然です。そして見届けた後に掘り返しに行くのは流石に不自然というか、実行犯として考えにくいですね。なのに、現実的に実行出来るのはこの呪いを作成した主要人物です」

「そうとも限らないんじゃない。横から見てたら幾らでもちょっかい掛けられるでしょ」

「それ、どう考えても止められますよね。多勢に無勢です。多勢に多勢と抗争状態なら新宮さんにも思い当たる節はある筈」

 つまり…………犯人は呪いを掛けようとした人物の中に居るという認識でいいだろうか。錫花は「合っています」と言ってくれた。

 それなら話は早いと言いたい所だが、早瀬も丹春も重体だ。病院に行かせる事もままならず、というか行かせれば誰の思惑がどうあれ結果的に口封じとして殺される。このまま二人を拉致しておくのが一番安全みたいだが、人の良識に基づいては信じられない行動だ。

「私はあの学校に居ないので分かりませんが、犯人は同学年の可能性が高いと思います。勿論、人脈次第なのはそうですが」

「……同学年だよ」

「夜枝。言い切るな」

「そりゃ、私。これでも女子の一員だからね。交友関係くらい把握してる。センパイにまとわりつきそうな悪い虫の調査の一環でもありますね♪」

「眠いんだから演技しなくていいんだぞ」

「…………はーい」

 夜枝は俺の肩に寄りかかって目を閉じた。ここで寝ろとも言っていないが、邪魔でもないから放っておく。

「霧里先輩がそう言うなら間違いないと思います。犯人は同学年ですね」

「後輩だからかもしれないけど信用し過ぎだろ。言っちゃ悪いけどこいつめちゃめちゃ性質悪いからな」



「新宮さんへの想いは本物だと思いますよ」



 本人の目の前でそれを言うのかと思いきや、夜枝は本当に眠ってしまっていた。静かな寝息を立てて全体重を俺に預けている。少し体制を崩すと、膝の上にぽてんと頭が乗っかった。

「―――今日はもう、寝ましょうか」

 錫花が正座を崩して立ち上がった。

「無駄に時間をかけて考えればいいという事でもないです。今日はもう寝ましょう。明日学校行くかどうかはお任せしますが、行った方が良いとは思います。犯人なら掘り起こされた事には気づいているんじゃないでしょうか。それだけです。テントに戻りましょう。大きめのテントを買っておいて良かったです」

「ちょ、おい。こいつはどうすんだよ」

「新宮さんにお任せします」

「…………お任せするなって」

 縁もゆかりもない女子なら放置する所だが、夜枝の働きに対してあんまり無礼で返すのも人としてどうかと思う。腕が手遅れなくらい痛くてどうしようもないのだが、こんな所に置いておく訳にもいかないだろうし、仕方なくもう一度お姫様抱っこをして彼女をテントの中へ。

 ああもう、俺もどっと疲れてしまった。女性三人に囲まれてる事が全く気にならない、気にしている余裕がない。本当に本当に本当に本当に、もう今日は頭が一杯になるどころか身体もくたくたで、どうしようもなくこれと言って抗いようもなく本当の本当に疲れた。

 夜枝を丁寧に寝かせると、俺の就寝に待機する錫花を抱きしめて目を瞑る。恥ずかしさがどうとかじゃない。女子がどうとかじゃない。眠い。柔らかくて暖かいモノに触っていると眠りやすい。それ以外の感情はない。

「おやすみなさい、新宮さん」

「………………」

「幸せって……難しいですよね」





「全部手に入っても気が済まない、そういう人も居ますから」






















「センパイ、大好きです」

「センパイ、愛してます」

「センパイ、恋をしてます」

「センパイ、貴方だけが私を選んでくれました」

「センパイ、私も貴方だけを選びます」

「センパイ、お嫁さんにしてください」

「センパイ、センパイ、センパイ―――」

「………………」

 寝起きに愛の告白をされる事には慣れていないが、これはちょっと不気味過ぎてまさか起きているとは言い出せない。耳元でぼそぼそとつぶやく夜枝の声に演技は感じられない。それどころか、殆ど寝起きの様に上擦っている。

「…………央瀬先輩は嫌いでした。私から沢山の友達を奪っていくから。男の好みが合わないだけで友情って亀裂が入るんでしょうか。そこまであの人は魅力的だったんでしょうか。私は死んでもらって清々してます。でもセンパイが悲しむくらいなら、生きててほしかったです」


 …………ますます起きられない。


 何を急に、ここは教会の懺悔室だっただろうか。神が全てを許した所でヤミウラナイは終わらない。俺が黙って聞くしかないのか。

「センパイには私がどんな女に見えますか? 答えとかは要らないです、考えておいてください。その内聞きます。その時はちゃんと答えが欲しいです。私には自分が分かりません。分からない自分に愛着が持てません。センパイが誰かの好きを信じられないように、ずっと不安です。今日の私は好きですか? 明日の私を好きになってくれますか? 昨日の私は…………どうでしたか」

 語尾が弱く、声が小さくなっていく。立ち上がる音が聞こえて、言葉は次第に遠ざかって行った。

「でも、どの私もセンパイが大好きですよ。それはきっと明日になっても…………変わってないと、信じたいです」

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