闇に葬れ恋の詩
「…………丹、え!」
ああ、俺のことを好きになる前はそんな呼び方だったっけ。嬉しくなって思わず暗幕を超えようとして……ギリギリ踏みとどまる。俺は悪趣味な人間とは違う。わざわざ好きこのんで重傷を負った同級生なんて見たくないし、それで嫌な思い出を忘れられなくなる自分も想像に難くない。
「お、お、俺が分かるのか!?」
暗幕を押した手が、押したまま固まった。掠れて、弱弱しく、だから声なんてそよ風のように小さくて気のせいとも思ったのだが、しかし俺を呼ぶそれは間違いなく昔の彼女で。
「…………あ、丹春……だよな?」
「…………わた…………」
「いやいい! 喋るな! いいか、ちょちょ、ちょっと待ってろ! 今呼んでくる! だからちょっと待っててくれ! な!」
俺だけが話を聞く訳にも行くまい。ヤミウラナイには俺一人で挑んでいる訳じゃない。それならとっくの昔に負けている。慌ててテントの外に出ると、バーベキューの片づけは殆ど終わっていた。知尋先生の姿は何処にも見えず、主に錫花と夜枝が黙々と片付けている。
「ちょ、え。あ。二人共! 目覚めた目覚めた! き、来てくれ!」
「分かりました。新宮さんも手伝って下さい」
「センパイの手を煩わせるなんて―――」
「霧里先輩」
「―――まあ、もう今日は十分愉しんだからいいや。さっさと終わらせよ」
バーベキューであんなに騒いだから疲れたのだろう、珍しく清楚後輩は素に戻っている。先生は酔ってて役に立たなそうだったから先に休ませたそうだ。ここで混ぜてくれるなら何で最初は弾いたのだろうなどと思いながら、錫花が持つのに辛そうな大きさの物を―――もう殆どないが、優先的に運んでいく。
「なあ。もしかして俺と関わってる時以外、アイツって静かなのか?」
「殆ど喋らないし、結構素っ気ないと思います。私の知る限りでは」
「へえ…………そんな側面が」
片付けも済んだので、二人を連れてテントに戻る。俺と夜枝を置き去りに、錫花だけは暗幕の向こう側へと潜って行ってしまった。
「…………だ…………」
「初めまして。水鏡錫花です。諸々の怪我で口を動かすのも辛いと思いますが、貴方を助ける為にも事情を教えてください」
「錫花。早瀬はどうだ?」
「…………口元の損傷が酷いので、仮に目覚めても喋るのは難しいと思います。いずれにせよ本気で治療したいと思うならリスクを承知で病院に任せるしかないと思います。私は万能薬ではないので、これだけ重傷……重体? だと、良くて延命なので」
それぞれ両腕と両足を失って、早瀬の方は喋る事も出来なくなったのか。病院に預ければと言うが、やっぱりそこにはヤミウラナイによって暴徒と化した女子の襲撃リスクがつき纏う。このリスクは何も対策しない限り付き纏うなんて生易しいものじゃない。何か対策したとしてもまず回避出来ないだろう。勿論、何に代えても守るくらいの意思があれば話は別だ。この二人の安全と引き換えに俺が女子全員と付き合うとか。
手段を選んでいるなら諸々の想定は過言という意見も分かるものの、人はこれを本末転倒という。
「あんまり喋らせると状態が悪化する可能性があります。手短に質問してください。聞き取りは私がします。桜良さんは、大きな声を出したり発音するなどの配慮はしないでください」
との事で、夜枝は質問を全て俺に任せるようだ。見覚えのある表情で欠伸をかみ殺しているので、多分眠いのかもしれない。責任重大だ、気になる事は色々あるが、これから先に役立ちそうな情報しか聞かない方がいいなんて。俺の個人的なモヤモヤは今後一切解明しないのかと思うと、少しだけ悲しい。
「……丹春。俺をパシって、色んな女子となんか。隼人に対しておまじないしてたよな。木箱と袋の奴……何処かに埋めたとか隠したとか。場所を教えて欲しい」
「………………ぁ……」
「……グラウンドにある木の下。そう言っています」
―――知ってたか。
心の何処かで安堵する自分が居た。もうこれ以上の騒動なんて御免だ。付き合わされる身にもなれ。早く終わらせる事が出来るならそれに越した事はない。
「お前達は一体、何を願ったんだ?」
終わらせるだけならもう質問を切ってもいい。しかしこれだけはどうしても気になる。彼女達は隼人に振り向いてほしくてまじないを行った。たったこれだけの単純な願いが、どういう歪みを経て俺に降りかかってきたのか。幸いこの道に詳しい中学生も居るし、全く無駄な質問ではないだろう。
「…………ぁ」
「………………………」
「錫花?」
「―――もう大丈夫です。これ以上喋らないで。おやすみなさい。死にに行くのは駄目ですよ」
何か喋ってるのは聞こえたが内容までは分からない。程なく錫花が暗幕から出てきて、俺の前で正座をした。
「私は色恋が良く分かりません。経験がないからなのですが……信じられない発言を聞いてしまって。お二人のどちらでも構わないのですが、聞かせてください」
「早く言って」
「何だ?」
「『自分以外の告白を拒否する』という願いは一般的ですか?」
「一般的じゃないけど、気持ちは分からなくもないかな」
「……すまん。夜枝大先生に後は任せる。『無害』な俺には良く分からん」
「当たり前ですがおまじないに空気を読む力などは備わっていません。願いの通り忠実に実行されます。この言い方では間違っても告白を受けるかどうかは運任せという事に」
「だって、央瀬先輩って告白は拒否るけどなんか思わせぶりっていうか、脈がある感じでフってたよね。そんな事ズルズルしてたら気持ちだって重くなるでしょ」
「お前も告白してたのか?」
「まさか。ただずっとクラスメイトが告白してたら分かるでしょ。女子ってほら、話したがるし」
そういうお前も女子なのだが、という言葉を飲み込んだのは正解か。眠気で剥き出しになりつつある素を見るに夜枝は元々隼人に対して好感を持っていた訳ではなさそうだ。
「だから多分、こういう解釈。思わせぶりなのは他の子も告白してるから。他の子からの告白が無くなれば私の告白を受ける筈って」
「集団でやったのは? 一人でやったら意味ないだろ」
「わざわざ恋敵になろうとするのは、フェアなレースをしたかった……という建前が欲しかった、かな。表面上は全員で『私の告白を受ける』って書く話だったんじゃない? それで出し抜こうとした……みたいな?」
「霧里先輩は耳が良いんですね。確かに『私はそういう願いを書いた』というニュアンスです。尤もこの状況を見るに、全員が同じ発想をした可能性もありますが」
「裏を掻いたつもりが裏を掻こうとする人間が多すぎて裏になってないみたいな状態か。全員が全員の告白を拒否すると書いたとすると……こうなる、のか? 別に俺は関係なくないか?」
「百聞は一見に如かず。見に行ってみましょうか。幾ら危険な状態だとしても相手は人間です。当てもなく探すくらいなら眠る筈です」
「待って。錫はここに居て。私がセンパイと一緒に行くから」
「え? でもお前は眠」
「眠くない。早く行きましょう。夜更かしはお肌の天敵ですが我慢してあげます」
と言いながらやっぱり目を眠そうに擦る夜枝を見ると、凄く申し訳ない気持ちが強くなってきた。
―――何とか仮眠くらいは取らせた方が良い気がしてきたな。
身体を横にするだけでも結構違うという話があるし。何かこううまいこと…………。
「センパイもひょっとして眠いんじゃないんですか?」
「何でそうなるんだよ。重大事実発覚で冴えまくりだわ」
「だって、普段の貴方からは想像もつかない行動だから」
あの場所から学校まで、後輩をお姫様抱っこで運んだ事については何も否定しない。夜枝が少しでも眠れるようにと頑張った結果だ。幾らスレンダーでも人間は重いが、想定していた重さよりは軽かったので何とかなった。流石にぶっ続けで運ぶのは体力が無かったので何回か休んだものの、達成出来たのは奇跡に等しい。これが深夜テンションの力だ。
「…………感謝してあげます。お陰で少しだけ眠れました」
「そりゃ良かったな。俺は腕が筋肉痛で翌日酷い事になると思ってるよ」
「後で埋め合わせしますね」
健全な夜枝はどことなく発言がツンっと素っ気ない感じになるのか。それとも少し眠れただけで実は余計眠くなったのか。俺の看護をしている時はこんな感じではなかったので、場合によりけりなのは間違いない。
グラウンドに女子が待ち伏せしている不運もなく、木の下に辿り着いた。グラウンドの木というと、グラウンドの端っこに生えたこの大きな木くらいしか思い当たらない。それ以外の周囲の木も可能性はあるが、それなら『林の中』とかもっと範囲を広く絞る筈だ。
「スコップ持ってくるの忘れましたね。手で掘りますか?」
「園芸部の所に
何部とかではなく、どの部活にも道具の管理が杜撰な奴は居る。園芸部も花壇に置きっぱなしは規則ではないだろう。携帯のライトで適当に照らしてみると、あった。たかだか小さな箱を埋めるのに大規模な穴を掘ったとは考えにくい。
戻ってくると、夜枝が携帯を弄って待っていた。
「やっぱずぼらな奴居たわ。実際はこの騒ぎで片付けるどころじゃないんだろうけど」
「じゃあ掘りましょうか」
片方を渡して、二人で木の周辺を手当たり次第に掘ってみる。深い穴になると埋めるのが大変だから、本当に程々の深度を願うばかりだ。
「センパイはどうします? 自分の知らない内に呪いを掛けられたら」
「知らないんだからどうも出来ないけど……でもそれがあるってのを知った今は、怖いよな。自分を好きって言ってくれる声は、知らず知らずこっちを操作しようとしてるのかもしれないと思うと……裏があるかないかは証明出来ないから、その辺は信頼の問題なんだろうが」
「今に限って告白するって事は、そういう事ですもんね」
「じゃなきゃ『無害』な俺なんか見向きもされないよ。人間、優しいだけじゃモテたりしない。親友みたいに魅力がないとな。まあ、打算的に人助けしてた訳じゃないから、その辺は後悔のしようもない」
「…………央瀬先輩に一番惚れてたのは、実はセンパイって説を提唱したいですね」
「アイツは聖人だからさ、モテるのもしょうがねえよ。俺もアイツみたいになれたらどんだけ良かったか」
コツン、と何かに当たった感触。ライトを向けてもらうと、土塗れの木箱があった。
「やった……あったぞ!」
これをどうすればいいのかは錫花にでも聞くとしよう。全体を掘って取り上げると、木箱の全体にライトを当てた夜枝が首を傾げた。
「…………え?」
「ん。どうした? 俺の見た木箱は間違いなくこれだ。ていうか木箱って早々あるもんじゃないだろ」
「そうじゃなくて、底……」
「底?」
少し持ち上げて底を見る。箱の底は壊れており、中はすっかり空洞になっている。
「………………え!? ど、どういう事だ? えっと。え? 中身が空って事は―――?」
「そもそも最初、センパイがパシられた呪いは成立していなかったって事ですね。ヤミウラナイでしたっけ。だったら話は簡単だ。センパイは単純に誰かに別の呪いを掛けられてるって事になりますから」
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