夜空の恋は星の数
「はいセンパイ。あーん」
「いやいいよ。自分で食べるから」
「目の前でラブラブされると、不思議な気分ですね」
「ラブラブしてない。こいつが勝手に………んぐ。美味しい」
「錫ちゃんが焼いたんだけど、私が焼いたって事にしていいよね?」
「はい」
「違うだろ!」
丹春と早瀬の容態は錫花から見てもあまり良くないらしく、今は無理に意識を起こすと絶命させる危険があるとかないとか。病院が頼れないなら胡散臭くても今は彼女を頼るしかない。オカルトも陰謀論も大して好きじゃないが、今はこうするしかないのだ。
「バーベキューか……初めての体験かな。まさかこんな年にもなってする事になるなんて」
「先生、どうぞ」
「ありがとう。脂っこい食べ物は年を取るとあんまり好きじゃなくなったりするけど……今日は食べるよ。マッサージのお陰で体の調子も少し良くなったから」
「胃を整えた覚えはないんですけどね」
任せたつもりはなかったが、その場の流れで錫花と夜枝が網を仕切っている。俺はなし崩し的にもてなされているし、知尋先生はそんな俺の隣でビールを飲んでいた。未成年の比率が多いからって咎めるつもりはない。先生だって酔って忘れたい事の一つや二つあるだろう。たかがビールを横で飲んでいるだけだ。
アルコールの匂いが気になるとかそういう話なら、俺はもっと酷い臭いを知っている。血みどろ臓腑の現場はこんなもんじゃない。それに比べればマシというか、人間がちゃんと嗅いでいい匂いだ。
「センパイ、どの食材が一番美味しかったですか? 今、 貴方の舌が問われています」
「え……? 安い肉と高級肉がどうのこうのみたいなあれか? ……全部美味かったんだけど、馬鹿舌か?」
「新宮さん。そもそも買ってきたのは湖岸先生であって、私や霧里先輩では」
「あーあー、バラしちゃって。あたふたしてるセンパイ、可愛いのに」
「人を愛玩動物扱いとか、やっぱりこの後輩危ないな」
「今度は私に食べさせてくださいよ。あーん」
「しかも強引かよ。人の話を聞けって」
「あーん」
その場の勢いとノリだけで会話しているのか、そもそも愉悦に浸りたいからその場その場で悪意のある言い回しをしているのか。良く分からないが、真面目に付き合うだけ馬鹿を見ている自分が居た。黙って肉を口に運んでやると、彼女は美味しそうに舌で運んで、綺麗に咀嚼する。
―――発言はともかく、綺麗過ぎるな。
食べ方の話だ。錫花は良い所のお嬢様だとして、夜枝にはギャップがあり過ぎる。いや、初めて見た訳ではないのだがやっぱり発言が酷いとどうしても清楚と呼ぶにふさわしい様な部分が見えてしまうというか。この場で一番汚いのは俺であり、普通に恥ずかしくなっている。
「バーベキューも悪くないですね。センパイと二人きりが勿論理想ですけど」
「容態の確認は誰も行かないのか?」
「お気持ちは分かりますが、流石に間隔が短いと思います。気を張り詰めすぎない様にこうしてバーベキューをしているのですから、もっとゆっくりしてください」
「……分かったよ。じゃあ先生とのんびり……って。ビールたくさん飲んでるかと思いきや意外とちびちび飲むんですね」
「………………」
「え、先生?」
俺の方を向いてはくれるが、言葉を奪われた様に喋らない。錫花が顔を覗き込んで、頭を振った。
「湖岸先生は酔ったら無言になるタイプなんですね」
「因みに私は淫乱になっちゃいますよ。ギャップ萌えですね」
「お前は通常営業だよ。泣き上戸とかは知ってるけど無言になるってのもあるのか」
「耳が聞こえてないとかではないので、ちゃんと言葉は通じていると思います。ただ、判断力が鈍っているので―――寝起きに近い状態と言えば分かりやすいかもしれません。相手の言葉は聞こえていて、意味も理解しているがそれとは無関係に言う事を聞いてしまう状態」
「…………先生。頭撫でさせてください」
半信半疑で言ってみると、知尋先生が当た頭を下げながら俺に寄りかかって来た。本当に本当だ。実際に頭を撫でるつもりはないのだが、ちょっと驚いてしまった。
「錫ちゃん」
「はい」
「駄目。そういうの」
「お前が言うのかよ! 錫花が素直だからって随分グイグイ行くじゃないか……何となくだけど、お前がお酒飲んでも淫乱にはならなさそうだな」
「は、はあ? それはまたどうしてです?」
「いや、何となく」
自分を納得させられる理由もといこじつけはあるが、それを他人に出してもこじつけはこじつけだ。お酒は本性を出すと言うが、それで現れた本性がこれなら先生はサバイバーズギルトによって性格がおかしくなっただけで本来はもっと素直な性格だったという事が窺える。通常営業の夜枝の本性が言葉通りなんて、そんな筈はない。彼女は意図して下品で悪質な後輩を演じている。
何故かは分からない。お酒を飲ませれば判明する? 未成年飲酒は駄目だろう。この場合、俺から強要した形になるだろうし。
「もう……センパイ。自分の理想を女の子に押し付けちゃ駄目ですよ。普通に嫌われますからね」
「今の状況だったら是非もないんだがな」
嫌ってくれ。頼むから。それで俺の肩の荷も下りるから。
「あれは特別です。実際、自分の理想を押し付けるのは彼氏側も彼女側も上手く行きませんよ。大切なのは相手の何処に惚れたかです。自分の理想に一番近かったから惚れたとかは、要するに恋に恋してますよね」
「言葉に厚みがあるな」
「霧里先輩、たまにこうなるんです」
「条件は勿論大事ですよ。結婚も恋愛も。でも条件は絞り込みであって狙いの的なんかじゃない。そこがスタートラインで、そこから相手の何処に惚れるかっていうのが……恋愛だと思いませんか?」
「取り敢えず肉焼けたから食ってくれ」
夜枝の口にカルビを押し込む。こいつ、酒が入らなくてもダル絡みしてくるタイプか……! ってこれも通常営業だった。
「錫ちゃんはどんな男性が好み?」
「私ですか。………………すみません。ちょっと思いつきません」
「お、恥ずかしがるね。イケメンとか浅い事言っても良いのに」
「客観的にイケメンと呼べる人は、血縁内で過剰に間に合っています。交際経験とか……デートもなくて。すみません」
「おーおー。今時見ない発言だなあ。純朴そうな事言って本当に純朴なのは珍しいよね。因みにセンパイは、錫ちゃんタイプですか?」
「…………色々と差し障りそうだからノーコメントで頼む。でも健全なお前は滅茶苦茶タイプだと思う」
「わたしは」
「うぇ!」
背景になりつつあった先生が割り込んできて、俺に限らず夜枝も驚いていた。酔った先生は瞳の圧が妙に強い。人殺しの眼をしているなどと言い出した日には傷口に塩を塗っているだけなのだが、そうとしか言いようのない迫力を感じる。
「せ、せせ、先生は………………ぎゃ、逆に聞きますけど。
バーベキューの盛り上がりは程々に、三人が片付けている間に俺は丹春達の様子を見に来ていた。設営にしろ肉の分配にしろ片付けにしろ、先程からどうも爪弾きにされている様な気がするのは、気のせいだろうか。一応力仕事だろうからとやる気を出してみればあっち行けだのこっち行けだの…………気を遣っているのだろうが、俺がパシっているみたいで凄く気が重い。
錫花の胡散臭い治療で安定しているらしい二人は、暗幕の奥で横たわっているらしい。姿を見るなとは一言も言われていないが、『見たらセンパイは忘れられないでしょ』と図星を突かれたので、仕方なくここに居る。
「丹春。早瀬。俺の声。聞こえてるか?」
様子を見るという行為は何も視覚が伴う必要はない。声に反応さえあればそれもまた様子を見た結果だ。
「…………に……いみ…………や……………………?」
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