愛もまた呪いの形
あそこあそこって、まず俺とその場所に縁がなかったので 夜枝に案内してもらった。知らないという点で彼女は非常に驚いており、見覚えはあるが、元々そんなつもりはなかった様に思う。真意をはかりかねる発言の多い後輩だが、わざわざ聞き直したくらいだから本当に通じると思っていたのではないか。
「心霊にもそんなに興味ないし、エッチスポットにも興味……っていうか縁がないし」
「初心なセンパイですね。中学校の頃から有名な場所で、私の同級生には毎日張り込みに行ってそういう動画を撮影しに行ってる人も居たんですよ」
「居た?」
「同級生が先輩と付き合ってる事で巻き込まれちゃって、それで殺されました。センパイの騒動とは何にも関係なくね」
「本当か? ヤミウラナイ関係ないなら凄い嘘っぽいが」
「センパイを騙して私に利はありますか? ワンチャン慰めてくれるみたいにおいしい思いを期待してるとでも? あ、自分で言っちゃいました。でもセンパイは、そんな事で嫌いになりませんよね!」
気まずくはある。
発言の真偽はさておき、心霊スポットだというならそういう行為はリスキーだと思うのだが、やっぱり遠回しにお化けなんて信じていないという意思表明でもしているのだろうか。
手を繋いで歩いていると、トンネルが見えて来た。小さなトンネルだ。まず存在を知らなかったのでそもそもの目的も分からない。向こう側には山があるだけで、別に山の中を掘った訳でもない。ただ暗い道がほんの数十メートル生まれてるだけだ。ここで性行為する神経も理解出来ないが、そもそもの心霊スポットからして、何か未練が生まれる程の役目がここにあったのかと。
「センパイは青姦は嫌いですか?」
「……外でやると誰かに見られて恥ずかしいだろ。真面目に答えさせるな」
「モテモテだった友人の陰で女子のアフターケアに努めたり、誰かに見られる事を恥ずかしがったり、そういう奥手で繊細な所はキライじゃないですよ」
「外でヤるのは誰でも恥ずかしいと思うが……」
「恥ずかしいからいいって声もあるんですよ。センパイには分かりませんか」
「あんまりとやかくは言わないけど……俺の趣味ではないよな」
「良き良き♪ あんまり私も好きじゃないんです。どっちかって言うと暗くて狭い場所でセンパイと二人きり、飢えた獣みたいに求められて、嫌がる私を抑えつけながら日にちの感覚も忘れて襲われる方が…………」
「先生も何でこんな場所に隠したんだか……」
後輩の捕食願望には付き合いきれない。適当に話を流しつつトンネルの中へと入っていく。知尋先生に土地勘がないにしても、ここは無いと思う。重傷の人間を安静にさせられるとは思えないし、そんなに有名なスポットなら女子も探しに来る筈だ。携帯のライトを頼りに奥へ進んでいく。小さなトンネルには違いなかったが、奥は行き止まりだったか。そもそも役割が死んでちょっとした窪みの様になってしまったなら心霊スポットになるのも頷けるというか……壁の落書きは来訪者のだろうか。
「新宮さん。こんにちは」
「え……錫花?」
トンネルの脇の壁は崩落しており、そこからまた外に繋がっている。奥にはキャンプ地の様にテントとバーベキューセットが立ち並んでおり、避難所と呼ぶには賑やかそうな雰囲気を感じる。
「錫ちゃん。こんにちは」
「霧里先輩。ご無沙汰しております」
「うん。久しぶりに会った人に言おうか、それ」
「……助ける時にたまたま会ったっての、嘘っぽいなー夜枝?」
「あははなにいってるんだろあはあはあはは」
「湖岸先生に呼ばれたので、急遽早退する形でやってきました。お二人はあの中です。先生は食材の買い出しに行っております」
…………。
「ごめん。何かその、当たり前だろみたいな流れで状況説明されても困るんだけど。このキャンプみたいな状況は何だよ」
「湖岸先生は、『裏切者とされる人を逃がすなんて央瀬隼人君以上にあり得ない。何処の建物でも危険だ』との事です。それで私に助けを求めてきたので、僭越ながらキャンプセットを用意させていただきました。応急処置こそしてありますが、お二人は生きているのが不思議な状態です。話を聞くにしても様子を見ながら……近くで監視する必要があるでしょう。なので、今日一日はここで生活した方が良いだろうと」
「へえ。愉しそうですね。私も混ぜてくれませんか?」
「俺はいいんだけど…………バーベキューはちょっと暢気すぎだろ。そりゃいざという時に居なくなられたり容態が見えなかったら困るけど、お前等の存在がバレたら大変な事になるぞ」
「心配してくれてありがとうございます。でも、大丈夫です。そういうの、協力を続けてる時点で今更ですから。それに、心配するなら霧里先輩を心配してください。一番危ないのですから」
「こいつはキモいから心配しない。愉しんでるしな」
「現状は今後に期待くらいですけどね」
錫花の案内で寝室代わりのテントに案内される。人数分は用意出来なかったらしく、大きなテントが一つだけだ。恐らく撤収の手間を省いたのだろうが、ヤミウラナイの成り行きで狂った男女比はここでも露骨に現れている。錫花、夜枝、知尋先生。女性三人に対して男子が一人。三人とも俺が好きではないものの、大丈夫だろうか。身体は理性とは無関係に反応してしまう。
「センパイ、ちゃんと真ん中で眠ってくださいね。私と錫ちゃんで挟んであげますから」
「言うと思った。そんで、本当の所はいつから知り合ったんだ? お前が嘘吐くならあっちから聞く。錫花はお前と違って正直者だし、裏表がないし、清楚だし」
「最後は私に対する当てつけですよね? ふふ、私が清楚じゃないなんて……センパイだけですよ。そんな感想を持つのは」
それはない。
夜枝の本性を知れば、誰だって清楚という印象を捨てる。シシシと八重歯を見せて笑う後輩にやっぱり既視感を覚えて。もう一つの顔を思い出す。彼女は生粋の嘘つきで……それを知るのは、現状俺だけだという事。
嘘…………つき?
早瀬と丹春はそれぞれ両足と両手を失っていた。部位切断の時点で病院を頼った方が良いのは自明の理だが、やっぱり被害を広げる可能性を考慮するととてもとても。何にも関係ない患者とか医者に被害が出ようものなら、責任を取り切れなくなる。
先生が買ってきた食材は夜枝と錫花が並べてくれるらしい。一日を過ごす為に相当な量を買い込んだようで、俺達はテントの中で夫婦水入らずの時間を過ごしていた。
「ああああ…………うぁぁあ……そこ……いいッ」
「……あんまりこういうのやった事ないんですけど、大丈夫ですか? 身体痛めたりとか」
「年は……取りたくないもんだな。腰や肩……あぐぅ。マッサージされる様な。人間になるなんて」
「整体行った方が良いと思いますよ。俺なんかより……絶対上手いし」
「…………お金、掛かるしさ! ひぅ! たまにでいいから……君に頼みたいぅふ……駄目、かな」
「いや、いいんですけどね」
妹にはまた外泊の事を伝えておいた。両親に直接伝えない事に大した理由はないが、妹だけを頼っている事を敢えて伝わらせる事で信頼を高めている。現に冬癒は友達に文句を言われてる事にぎゃあぎゃあと嫌味を言いつつも、言伝はすんなりと聞いてくれている。順調だ。
「…………先生はさ。もし、先生が好きだった人が目の前に現れたらどうしますか?」
「……さあ。それは現れてみないと分からないな。でも今は君の奥さんだから…………んっ。尻軽な真似はしないよ。約束する」
「そういう事聞きたかったんじゃないんですけど……また好きになるのかなって」
「分からないよ。そういうのは」
背中から離れると、仰向けになって先生が溜息を吐いた。
「好きになるって事がどういう事か分からない。強制的に誰かを好きに出来てしまうなら、もう何も信じられない。心なんてなければいいのにね。私の身体だけが君の傍にあれば、裏切る可能性もないのに」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます