その結末は許さない

 生を諦める。

 それは隼人も先生も居なければ俺が早々に取っていた選択肢だ。今も生き残ろうとはしているが、生きる希望自体はまだそこまで感じていない。どうせ死ぬと思っている自分は確かにいる。

 勿論、今は死ぬ気はない。死ぬ気はないが高い所に出ると自殺するイメージが湧いてくる。そして足が竦み、口が震え、息が荒くなる。


 学校の屋上に、こんな目的で来たくはなかった。


 でも仕方ない。単に割って入るだけでは逆効果なのだから、注目を浴びるにはこうするしかないだろう。おかしくなった女子達は、自分の身に危険が迫ると俺の事など途端にどうでも良くなるっぽいが、俺自身が己を危険に晒した場合はどうなるのか。これは少し気になっている。

 校庭を見下ろすと、既に準備は始まっている様だった。カメラの中心に横たわっているのは腕と足をそれぞれ片方失ったまま気絶している丹春と早瀬。止血もいい加減で放っておけば今にも死んでしまいそうだが、死んだら死んだで強姦が死姦になるだけだ。結局男子の弱みにはなる。

 

 ―――癪だけど、助けるよ。


 男子を助けるつもりは全くないが、今犠牲になってもらうのは困る。



「そのカメラはああああああああ! こっちに向けろおおおおおお!」


 

 さあ、新宮硝次。たった一人の大舞台だ。夜枝の様な演技とはいかないが、破滅願望を演じよう。そうでなければ騙せない。死ぬ度胸が無いと分かれば俺は単なる観客の一人だ。イベントなどやっている場合ではないと、思わせろ!

「しょ、硝次先輩!?」

「何で!?」

「うぅぅぅるるるるささああああああああい! お、俺はなあ! 女子同士で争うのがもううんざりなんだよおおおお! 男子は勝手にハーレムがどうとかって嫉妬するし! 知らねえよ! 俺が望んだ訳じゃねえ! お前らが勝手に進めた事! 俺はさあ! みんなで仲良くしてくれたら何にも文句ないのに!隼人もお前らと仲良くやる気はないしもう嫌なんだよおおおおおおお!」

 喉が痛い。大きな声は慣れていない。拡声器を持ってくるべきだっただろうか。いいやそんな準備もする暇がないくらい必死なのだと印象付けないといけない。屋上の縁に片足を掛けると、死を促す風が吹き出した。

「やめて、硝次!」

「はぁ、はぁ…………やめる訳ないだろ! 全員醜い! こんなの俺の望んだ学生生活じゃない! だから俺は死ぬ! お前達の顔なんか見たくもない! ほら、撮影しろよ! 俺の死にざまをさ! 好きな人の最後の姿を誰も見たくないってのかよお!」

 両足を掛けると、一気に不安定になった。ああ、風が強く吹くだけで、それは死神の手と変化する。死を間近に自覚すると心拍もどんどん高まっていく。気分は不思議と高揚して、何を想おうとも笑みが零れる。一部の女子は撮影を放棄して俺を受け止めようと真下に集まっていた。気遣わない。誰かを巻き込みたくなという慈悲は捨てろ。本当に自殺したい奴はそんな事を考えない。全部罠だ。何もかも俺の真意を探る為の嘘だ。

「俺を受け止めるなんて無理だと思うけどな! 受け止めてみろよ! 受け止められた奴の事を好きになってやるからよおおおおおお!」




 ………………調子に乗ったかもしれない。





「え!」

「え!」

「ええ!?」

「ほんと!!!!!」

 ああ、本当に調子に乗った。女子は一斉に色めきだって俺の真下で手を掲げている。これだけの人の壁があれば何人か殺して生き残るだろう。飛び降りる抵抗感がほんの少しだけ減って―――しかし降りるつもりはなくなった。死ねもせず、知りもしない誰かを愛する人生なんてそれこそ生きる価値が無い。

 それにもう、抵抗しなくても注意を引けている。男子はこの一瞬の隙に蜘蛛の子を散らす様に逃げだし、丹春と早瀬は俺の言葉に惑わされなかった女子が無事に助け出してくれた。

 残りは俺が、この後始末をするだけだ。

「…………………………」

 どうやって?

 殆どその場しのぎを繰り返して生まれた状況だ。アドリブでまた返してやらないといけないが、俺にそこまでの閃きを求めるな。そんな優等生ならもっと学校が楽しいだろう。

 もし俺に才能があるとすればそれは人に頼る才能だけだ。普段は危なっかしくて出来ないが、屋上まで足を運ぼうという愚か者は一人もいない。今ならアイツにかけられる。

 

『もしもし?』

『揺葉か。助けてくれ。女子の注目を俺から逸らしたい』

『どういう状況な訳よ……あーまあいいや。スピーカー。音量最大。後カメラ』


 隼人に頼りっぱなしだった人生は、もう一人の親友こと揺葉に押し付けられる。同じ親友を失った彼女は事情も貸し借りもなく、俺の頼みに応えてくれた。


『あー! 男子が全員居なくなってるうううううううううううう!』


 顔も忘れてしまった親友の強みは、何より遠くに居る事だ。これまでの傾向を見るに、ヤミウラナイは何故か影響のない人間には干渉しない……という言い方もどうかと思うが、とにかく遠くまで効果は及ばない。そして遠くの人間はそもそもこの異常事態を認知していない。女子達も多分、それは分かっている筈だ。

 しかし何事にも例外は存在する様で、揺葉は遠くに居ながらヤミウラナイを認知している。そうでないとデマを流して煽動とか出来ないから当たり前なのだが、そんな事を女子達が知る由はない。ここの事情を知っていれば同じ場所に居る人間だと思うだろう。しかも女子だ。

 一年生から三年生まで全員があらゆる女子の声を覚えているとかでもない限りはひっかかる。揺葉の声に色めきだっていた女子が一斉に振り返り、静まり返る。

「―――誰! 二人逃がしたの!」

 男子の方はどうでも良いらしく、それよりも丹春と早瀬を逃がした事が気になっているか。少し結果は違ってしまったが、これで俺の任務は完了した。大人しくまた、学校をバっくれよう。


『ありがとな、揺葉』

『いいって事よ、親友……アイツの真似してみたかっただけ。役に立ったならそれでいいんだ』

 

 





















「んーちょっと面白かったですね?」

 町を出て、売りに出されている土地のど真ん中で、夜枝は俺を待っていた。学校から少し離れた所とはいえ、こんな見通しの良い場所で棒立ちはどうかと思う。しかしそんな細かい事など気にならないくらい、後輩の手柄は大きい。人目も憚らず抱きしめると、彼女の顔は見えなくなった。

「センパイ、こんな所でまた随分と情熱的ですね。でも痴漢するにはちょっと雰囲気が足りないです。ロマンチストをちゃんと発揮してください」

「よくやってくれた……俺の意図、伝えてないのに」

「好きな人の気持ちは心で感じ取るんですよ? センパイもきちんと感じ取ってください。私の心臓の音とか、子宮の降りてる感じとか、ちょっと濡れてきてる所とか」

「お前がノーマークなのはマジで助かった」

 二人を助け出したのは夜枝と知尋先生だ。何処へ行ったのかは分からない。俺も慌てて屋上から脱出したから。この発言のひどさときたら平常運転にしてもナンセンスだが、どうしてもおでこにキスして欲しいと言われたので望み通りにしてやった。夜枝は見覚えのある笑顔を浮かべながら自分の額を撫でている。

「それで、何処に居るんだ?」

「何処も何も、私が隠せる場所なんてたかが知れてますよ。だから今度は湖岸先生に引き渡しました。センパイの時とは逆なんです」

「じゃあ先生は?」





「廃トンネルに居ると思いますよ。ほら、あそこですよ。心霊スポットというよりカップルがエッチな事するスポットになってるあそこ! 心当たりありますよね?」





 ないが。

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