生姦してもハメられる

 この作戦は非常にリスクがある。まず俺が積極的に動く事で今度こそ監禁される可能性。先生が動く事で新しく標的になる可能性。特に先生は正真正銘の裏切者になるか。せっかく死にたがりから一時的に引っ張り戻したのにそうせざるを得ない状況では俺も説得なんて出来ない。


 だが何より存在するリスクは、『ヤミウラナイ』が再現可能な事。


『や、ヤミウラナイの力……?』

『飽くまで性質の話ですね。何を利用したかによって中身を変える必要があるので、これを使って手順を踏んでもどうにかなるという訳ではないです』

『―――あんまり詳しくないけど、呪い返しみたいな事?」

『返してはないですね。この方法で終わらせる事は出来ません。ヤミウラナイ―――正式名称はあると思いますが、それも現物を確認しない事には何とも言えません。一つの呪いにつき出来る事は一つ……そういう単純な構造なら、もっと早く解決出来たのですが』

『申し訳なく思うなよ。お前みたいな専門家が居ないと多分どうしようもない。少し情報出してくれるだけでもありがたいよ。ほんと、錫花様様だよ』

『…………私は敷地内に入れませんが、無事を祈っています』






「無事……無事かあ」








 登校の時間になって、先生の車で向かう選択肢もあったが考えていたリスクが遥かに高まってしまう。先生は裏門から、そして俺は正門から、それぞれ登校する事になった。俺の姿が見えなくなるまで錫花は玄関から見送ってくれる。割れた仮面から覗く瞳がいつまでも見つめていた。

 無事で済むとは思わないし、成功するとも思わない。例えば、現物とやらを確認出来る代わりに先生が死ぬなら俺は確認をしない。リスクを何よりも重視しているのは、果たして良い判断なのか。

 俺は、自分だけが生き残ろうとは思わない。隼人が死んでしまったなら、先生も錫花も死なせないまま、その前提で初めて生き残りたい。それが無理なら一緒に死ぬべきだ。もしくは俺が死んで、二人を助けるか。


 ―――いや、強気に行かないとな。


 弱気は病気。病気なのはどう考えても女子達だが、生き残るにはそれくらい強引に考えないと。とにかく、リスクばかり見ても仕方ない。監禁されるとは言っても俺は無理に拒絶しなければ危害を加えられる事がない。一人だけ安全地帯に居るも同然だ。

 だから俺は強気に出ても良い筈。監禁は困るしそれ以外の行動も基本的には歓迎していないのだが、死ぬ事はない。誰かにリスクが行くのを嫌がるなら俺だけでも無視しないと駄目だ。俺を甘えさせてくれる人はもういない。頼れる親友は、これから先も、ずっと死んでいる。

 おそるおそる学校に足を踏み入れた瞬間、茂みの中から俺を掴む女子の手が。抵抗しようと考える暇もなく引きずり込まれ、全身に枝が突き刺さる。

「いたたたた」

「センパイ、そんな堂々と入るなんて襲ってくれって言ってるようなもんです。それとも本当にそう思ってましたか? 逆痴漢期待者?」

「夜枝…………あ、そうかお前は怪しまれないか!」

「仮にもセンパイは大好きですからね♡ だからってみんなでシェアしようというつもりはないですよ。だから無防備な貴方が本当に気に喰わない。恐らくあのまま進んでいたら昇降口辺りで女子に襲われみぐるみを剥がされ、その場でインチキハーレムが始まっていたでしょうね」

「乱痴気の間違いだろ」

「インチキですよ。だってモテる理由が無いんですから。それとも、一人だけじゃ不満ですか? センパイはご自身の塔に絶倫的自信があるみたいですね」

「何も言ってねえよ! お前の不健全トークには後で付き合ってやるから……教えてくれ。杏子達はどうなった?」

「さあ?」

「は?」



「私も、今来た所ですから」



「―――え。じゃあお前、今来た所で、俺を出待ちしてたのか?」

 悪戯のバレた子供の様に、夜枝が上目遣いに苦笑した。見覚えのある表情は、しかし全く反省などしていない。

「お前本当に…………はあ。まあ、こっちの事情とか知らないもんな。分かった。もういいから、一緒に三人探してくれよ」

「それ、見つけられたら愉しいですか?」

「お前が何を愉しみにしてるかにもよるけど……まあ、興味深い事にはなるかもな」

「…………」

 夜枝は素早く携帯を取り出すと、カメラを回しながら茂みの中を飛び出した。

「………………いいですよ。ではでは、ビッチ犇めく学びの園へいざ行かん、ですね」

「何か分かったら頼むな。お礼は…………いや、今のお前は変な事言うからしない」

「今度電車で痴漢してください」

「キモすぎるから二度と喋らないでくれ」

 まともな夜枝は可愛いのに、どうして直ぐこの状態に戻ってしまうのか。演技なのは分かっている。何か事情があってこういう発言をしないといけないならせめて二人きりの時だけでももっと普通になってくれれば……好きになってしまうのに。

 予期せぬ協力者を得られた所で、馬鹿正直に校舎へ入る選択肢は排除された。どうせ授業なんて始まらないのだから、入る意味がない。登校するのも助けに行くためだし。

 しかし建物に入らないのは入らないで、見つかりやすいのではないか。体育館は全焼したし、校舎には入れない。かといって夜枝の情報待ちというのも恥ずかしい。またリスクから逃げているみたいだ。

 男子が隔離されていた別棟から入るくらいか。今も隔離されているかは分からない。奴隷にするとか何とか、現代では考えられない発言もあったし。また、俺は女子を敬遠しているが男子には親玉として嫌われている事もハッキリした。まだマシというだけでリスクから逃げるならやっぱり入る意味がない。


 でも入らないといけない。

 

 教室棟と別棟とを繋ぐ渡り廊下は外に剥き出しになっているので(廊下という名前でコンクリートが敷かれているだけ)、入るだけなら簡単だ。

「…………………いっ」

 入って、後悔した。窓から様子を窺うべきだったと、心底己の浅はかさを呪った。逆に気づかれるリスクをやっぱり避けてしまって。だから―――腰が抜けてしまうのだ。

「あ、あ、ひ、え…………」



 

 別棟の化学室の前に配置されていた男子二人は、門番の様に椅子に縛り付けられていた。包帯で目隠しをされているが、その程度では隠し切れない出血が帯を赤く染めて、吸収しきれなかった血液が涙のように滴っている。口は呆然と開けたまま、涎が溜まって口から垂れてもお構いなし。よく見ると椅子の下はびしょびしょに濡れており、身動きの取れない状況から尿を漏らしたのだと推察出来る。




「ぎゃああああああああああばばばばばばばば! いびぎゃあやああがががあがあががああああああああ!」

「いだいだいだいだいだいだいだぢあいだだああああああああああああああああ!」

「やだあああああ! もうやめ、やめてよおおおおお!」




 そして部屋の中から聞こえる、三人の悲鳴。しかし腰が抜けて立ち上がれない。そんなときに足だけ動かしても、夢の中で走る様な物だ。大した成果は得られない。見計らった様なタイミングで、携帯に夜枝と先生からメッセージが入った。


『男女混合で募った拷問を視聴覚室に中継してるみたいですね。パイプ椅子が事務室からごっそり消えてました。みんな笑ってます』

 

 ついでに添付された画像には、涙が出るくらい笑う生徒達の顔が映っている。見覚えのない、欺瞞のない、心の底から溢れた喜楽。


『保健室にあった薬品とか道具が全部なくなってた。校庭に並んだたくさんのカメラは、一体何の意味があるんだろうね』


―――カメラ?


 文字通り公開処刑をしよう、という腹か? いやしかし、それだと視聴覚室にわざわざ中継している意味が分からない。同時にやればいい筈では…………って違う! 俺は三人を助けようと思ってここに来たんだ! もうリスクなんてどうでもいい! 後の事は後になって考えるべきだ、違うか!

 体勢を立て直して化学室に近づくと、廃人みたいに動かなかった男子がじろりと無い目でこちらを見て、唾を飛ばしながら叫んだ。








「「硝次だああああああああああああああああああああああああああああ!」」

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